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望まぬ開戦②

 こちらから手を出さなければ大丈夫と聞いていたのだが……襲ってくるなら仕方がない。


 まだ、20メートルほどの距離があるが、子供達を何とかして逃さなければ巻き込んでしまう。


「──俺が食い止めるしかないか。 二人は子供達を頼む」


 ここで貴重な働き手と今後の利益を失うわけにはいかない。

 大見えを切ったものの、手が震える。

俺に……ガンドルグの同族を……斬れるはずがない……。


 フェリシアとエリシアは顔を見合わせる。

いつも柔らかな笑みを浮かべているエリシア。その彼女の表情とは思えないほどの冷たい顔で獣人へと手のひらを向ける。


開示エクスポーズ


 獣人の頭上にステータスが浮かび上がる。

……格上だな。

魔力は最低ランクだ。

 だが、生命力、筋力、俊敏性に於いてはB、更にスキルが4つ。


 認めたくないが俺のワンランク上だ。

近接戦で奴に勝つのは極めて難しいだろう。


「フェリシア、お願い。私がサポートしなければ九条が死んでしまうかもしれない」


コクリと頷くフェリシア。

「みんな、一気に走り抜けるわよ!! 着いてきて!!!」


 俺が作ったポーションを拾い集めると、子供達はフェリシアの声に従い森の出口に向かって駆け出した。


全く、立派な従業員だ。


「……感謝する。 戦士でない者を手にかけたくはないのでな。 我は獣牙の戦士、リガルグ。 ……推して参る!!」


 リガルグと名乗った狼男は、槍を突き出したまま俺へと向かって距離を詰める。


魔力増加マナ・ブースト。 ──麻痺の病(パラライズ)!!」


 エリシアの放った小さな雷撃が、リガルグに向かって迸る。

 リガルグは両足を曲げ、跳び上がって躱す。

槍の切っ先は未だ俺に向いている。


多連獣牙槍たれんじゅうがそう!!」


 超高速で放たれた槍の連撃は、俺の頭上に五月雨の如く降りかかる。


「はぁっ!!!」


 俺は両手で握った魔剣を直角に引き、槍の切っ先目掛けて連続で突きを繰り出す。


 ノイジーピジョン狩りで培った動体視力が役に立った。恐ろしく速いが、目で追えぬほどではない。

得物同士がかちあう音と共に、空中で無数の火花が小さく咲いた。


 先程まで辛気臭い顔をしていたリガルグは犬歯を剥き出しにし、嬉しそうに笑う。


「ほぉ、やるではないか戦士よ!! ……ならば、これならどうだ!! 牙重槍がじゅうそう!!」


 淡黄色の光を帯び、勢いよく打ち出される突き。

乱撃でもないたった一撃を弾くなど、俺にとって造作もない事だ。


荒くれ小鬼(ゴブリン・ラフィアン) ──殴打スマッシュ


 俺は右手の魔剣を斜め下から槍に向かって振り上げる。

刀身に荒くれ小鬼(ゴブリン・ラフィアン)の文字が浮かび上がる。


 魔剣は一瞬の内に黒鉄の棍棒へと姿を変え、打ち出された矛先へと打ち込まれる。


……が、甲高い金属音と共に棍棒と化した魔剣は弾き返され、大きく仰反る。

 そのまま突き出された槍は俺の胸へと吸い込まれる。


──躱せない!!!


体制を立て直す時間が……ない……!


 全ての時間が魔法にかかったかのようにゆっくりと流れる。

槍の切っ先が俺の心臓目掛けて直進する。


守護星の瞬きトゥインクル・ガーダー!!」


 俺の身体を新緑の光が包み込む。

渾身の槍を俺の身体に弾かれ、ぬぅ……!?と素っ頓狂な声を上げるリガルグ。黒狼はそのまま後方へ跳び、体制を立て直す。


エリシアの魔法か……!? 助かった……!!


「……強化魔法。 まさか、防御突破の槍技を無傷で防ぎ切るとは…… 。 相当な手練れと見た」


「お褒めいただき光栄です。 ── 麻痺の病(パラライズ)


エリシアの手のひらに浮かび上がった魔法陣。

その中央からリガルグを目指して雷撃が迸る。


「だが、攻撃には向いていないようだな。 あまりに遅い!」


 リガルグは地面を蹴る。

大木の幹や巨石、森の全てを足場にし、ジグザグに跳躍しながら距離を詰める。


 ……攻撃を完全に防ぐような強化魔法は非常に厄介なはず。


 奴が狙うのは確実にエリシアだ。

俺はエリシアの正面に駆け出し、剣を構える。

予想通り、鈍く輝く槍の先端がエリシアに向く。彼女に狙いを澄ましてリガルグは跳ぶ。


小鬼槍士ゴブリン・ランサー──突き(スラスト)!!!」


突き(スラスト)とリガルグの槍が合わさる。

 ……妙だ。先程受けた乱撃よりも一撃が軽い。

かち合わず、俺の剣に弾かれた槍は、刀身の下を掻い潜る。


 俺の一撃は、奴に届く事なく刃が止まった。

対して、リガルグの槍は俺の肩を貫く程度の間合いがある。


 実戦経験の差か……!

しかし、俺の身体はまだ薄緑の発光を帯びている。攻撃を受けて弾き、体制を崩したリガルグに反撃をすればいい。


 ……そんなことはリガルグにもわかっているはずだろうに……なぜだ!!


「くっ……!!」


 答えは数秒後に明らかとなった。

槍の先端が俺の右肩へと食い込む。

スレスレで身体を捩り、なんとか直撃を避ける。腕を擦り、肌着に血が横一文字に滲む。


「九条!! 強化魔法は時間が経つほど効果が弱くなるの!! 過信して戦わないで!!── 聖者の細槍(セイクリッド・スピア)


 出会った時に言っておけ。

間に合わなければ死んでいたところだぞ。

俺は大きく距離を取り、再び剣を構える。


 エリシアが放った光の矢は、槍を伸ばし切り、無防備なリガルグの肩を狙う。


 人狼は咄嗟の判断で身を捩り躱す。

その後後方へ大きく飛び、犬歯を剥き出しにエリシアを称賛する。


「ふむ、下級魔法でこの速度と重さ……。 賞賛に値する。先程の発言、無礼仕った。名を伺ってもよろしいか?」


「……エリシア。 神に与えられし名は魔童子まどうし


魔童子まどうし……。 その二つ名…… まさか、貴様はあの時の子供か……!!!」


 酷く動揺した様子で再びエリシアへと切っ先を向けるリガルグ。……気に食わないな、俺に興味を失ったと言わんばかりのその態度は。


「どこを見ている、お前の相手は俺のはずだが?」


 魔剣を低く構え、リガルグに向かって駆け出す。対する人狼は、俺の言葉など気にも留めぬ様子でエリシアに向かって地面を蹴る。


「エリシア!! 手は出さないでくれるか!?」


こくりと頷くエリシア。


「わかった。 ……けど危なくなったら遠慮はしないからね」


 見くびられるのは気に食わない……!

俺は希代の天才、九条 一星なのだからな!!


 俺はエリシアを背にし、奴に飛び込む。

顔面へ突き出される槍。

剣を顔の横に持ち上げ、それを弾きながら距離を詰める。一心不乱に剣を振るう俺と、受けとめるリガルグ。


 息が上がる。剣を振る腕が次第に重くなる。いくら魔剣を振るおうと奴の身体には俺の刃は届かない。


……ステータスの差は埋まらない、か。


このままではジリ貧だ……! 手段は、選ばない!


 バックステップで距離を離し、腰に付けたガラス瓶をリガルグに投げつける。

当然視線はそちらへと向かう。

その一瞬の隙を逃さず、俺はスキルを発動させる。

突き(スラスト)!!」


「小細工を加えたところで同じ事。 貴様の剣は俺には届かぬよ」


横なぎに振るわれた槍は風を切り、俺の攻撃を払おうとする。

……想定内だ。


「!?」


 攻撃を中断し、後ろへ大きく跳ぶ。

代わりに攻撃を受けたのはガラス瓶に詰められた紫色の液体。


 破裂音とともに瓶が砕け散った途端、リガルグは鼻を抑えて屈み込む。

案の定この世界でも、犬の嗅覚とやらは相当に良いようだ。


「何だこの醜悪な臭いは!!!! 貴様ぁぁ!!! さては……毒を盛ったのかあああ!!!」


「失礼な。 試作品の魔力回復薬マナポーションさ。 確かに人間でもその悪臭は耐えられないほどの物だけどな。……まぁ、どこかの誰かは好き好んでよく飲んでいるようだが」


 明後日の方向を向くエリシア。

……やはり俺の荷物から毎晩くすねているのはお前だったか。


 のたうち回るリガルグに、ゆっくりと歩みを進め、魔剣を振り上げる。


あぁ、わかっているさ。 ここで決めなければ俺達は殺される。

──仕方がないことだ。


「……悪く思うな」


 脳裏に浮かぶゴブリンの悲鳴。

極寒の地に降り立ったが如く身体が震える。全身が痺れ、握力を失った右手からこぼれ落ちる魔剣。

崩れる膝。


「駄目だ……俺には……斬れない……」


 うめき声を上げながら、槍を杖代わりに立ち上がるリガルグ。


「九条!! 危ない!!聖者の(セイクリッド)──」


「──お前は、戦士ではなかったのだな…… 」


 魔法の発動を止めるエリシア。

目の前の人狼からは敵意が感じられない。

瞳を落とし、全身を小刻みに振るわせるリガルグ。


「すまぬ……族長……。 やはり私は、一族の誇りを捨てられぬ」


 リガルグは消え入りそうな声でそう呟くと、俺達に背を向けて森の奥へと消えていった。


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