望まぬ開戦①
旅立ちの日まで、残り2日。
毎日欠かさず通っていた狩場には、長らく行ってはいない。
俺がこの世界で最も信頼できる者、ガンドルグが一切顔を出さないのが理由だ。
俺を初めて友だと呼んでくれたガンドルグ。
ヤツに会いたくてしばらくは毎日顔を出していたのだが、一向に姿を現さない。
最初は体調を崩してしまったのかと思っていた。だが、あいつはそんなガラじゃない。
あんなに律儀なやつが何も言わずに約束をすっぽかす訳がない。
身体を引きずってでも狩場に来るはずだ。
だとしたらあいつは自らの意志で俺を避けている、ということになる。
……理由はわからないが毎日胸が締め付けられるように痛む。
それを紛らわすために、3ヶ月前から子供達を使った新しいビジネスを始めた。
最初に倒した薬のゴブリンが持っていた調合のスキルを用いた薬品の販売だ。
子供達に材料集めと販売を任せて、俺は製作に没頭する。
あの子達には当然給料を払うし、彼らも俺達が旅立つ前に商売に必要な技能が身につく。
win winというやつだ。
今日はアテルの町南東、獣牙の森に薬草集めと食材集めに来ている。
久々に3人揃っての冒険だ。
俺が犬共に食い殺されかけたこの場所が新しい職場になるとは皮肉なものだ。
「九条のお兄ちゃん、フリシュ草いっぱい取れたよ!! これだけあったら沢山お薬作れるよね!?」
生い茂る葉のざわめきと木漏れ日。
木陰でうとうとしていた俺の前に、体力回復薬の材料を抱えた子供達が駆け寄ってくる。
やはり子供はいい。
低賃金で働く割に、仕事を覚えるのが非常に速い。
地面に山積みにされた草束は不純物の混ざっていない純粋な薬草だ。
「あぁ、上出来だ。 薬ができるまで休憩だ。 昼からはもう一働きしてもらうぞ」
「「「はぁーい!!」」」
「やれやれ、随分といいご身分ですこと。 こっちは獲物1匹仕留めるだけでヘトヘトだってのに……」
足場が悪く細い林道の奥から鹿のような何かをロープで引きづりながらフェリシアが現れる。
息を荒くしてこちらを睨む男女。
……脳筋なんだから肉体労働をするのは当然だろう。恨むなら自分が選んだ道を恨め。
「大体!!この森は魔獣が出るのよ!!子供達にこんな危険な仕事をさせて恥ずかしいと思わないの!?」
「夜でなければ奴らは現れないのだから問題ないだろう?獣人も住んでいると聞くが、こちらから手を出さなければ何もしないとエリシアは言っていた。 それに、売上の30%は子供達に還元している。 俺たちが旅に出た後、生活が厳しくなるのは子供達だ。今のうちに貯──」
「──あぁ!!!もうわかったわよ!! あんたと話すと狩りなんかよりずっと体力持ってかれるわ……ほんとにめんどくさい……」
めんどくさいのはどっちだ。
このやり取りも何度交わしたかわからないほど鉄板になってきている。
獲物にナイフをいれ、手慣れた手つきで解体しながら、エリシアが笑う。
「最初は心配してたけど、二人は本当に仲良しになったよね」
「「誰が仲良しだ!!(よ!!)」」
エリシアはどこに目をつけているのだろうか。
こんな粗暴な男女と同レベルに見られている事に憤りを感じる。
仕事でもして気を紛らわそう。
「小鬼薬剤師」
俺は薬草の上に魔剣をかざし、スキルを発動させる。小鬼薬剤師の文字が刀身に浮かぶ。
「薬品生成」
薬草の使用する量、すり潰し、液状にして煮詰める工程。調合後に利用した際の薬効。
その全てを手順通りに思い浮かべる。
一つでも間違えれば失敗。
手間はかからないが、当然失敗すれば材料を失うし、かなりの集中力を要する。
……正直、鹿もどきを一頭仕留めてくるほうが非常に楽だぞ。子供に無償で肩揉みさせてふんずりかえりやがって。恥ずかしくないのか。
薬草の山が光を放ちみるみるうちに形を変えていく。見事に成功のようだ。
思いたってから3日間必死で勉強した甲斐があった。
薬草の山の跡地にガラス瓶いっぱいに詰まった赤色の液剤が散らばる。純度の高い体力回復薬はそこそこの値が付く。うまくいけば銀貨25枚ほどの利益だ。
……毎度思うが、このガラス瓶はどこから出てくるのだろうか。
「火炎!! ……それにしても九条の剣は便利だよね。 倒した魔物のスキルが使えるなんて、そんな業物聞いたことないよ」
比較的、というかかなり強火の火炎魔法で雌鹿の死体を焼却しながらエリシアは言う。
可愛い顔の割に彼女の料理はダイナミックで正直引く。焼き上がりは早いし、なぜだかフェリシアの焼く肉よりは臭みも少ない。
だが、炭化した肉を剥ぎ、可食部にたどり着くまでに時間を要する。
「それそれ!私もそれは思ってた!! あんた本当は魔物ってオチはないわよね?」
「失礼な女だ。ちゃんと開示して確認したのだろ? まさか文字が読めないというのではないだろうな?」
こいつらと生活を共にし始め、フェリシアと二人で過ごす時間が多くなった。
一時期は抑えすぎたためか胃潰瘍になりかけたため、もう取り繕う事はやめた。
荒ぶるフェリシアの腰に必死にすがるエリシア。こんな創作物でしか見られない光景を現実でお目にかかる日が来るとは思っていなかった。
滑稽な男女の様子に、更に罵倒を重ねてやろうと考えたその時だった。
怒りに満ちたフェリシアの表情が打って変わる。
獲物を見つけたハンターの目。彼女はクロスボウに矢を番える。
急に態度の変わった妹の様子にエリシアは何かを察した。前方へ飛び出し、手のひらを俺の背後に向ける。
「──貴様らはアテルの街の者か?」
背後から唸るような低い声。
魔剣握り、振り返った俺は得物を身体の前に構える。
声の主の姿に既視感を感じた。
身長は2メートルほどの痩せ型。
ビロードの短毛に身体を覆い隠した犬頭の獣人。身長よりも少し長めの槍。薄茶色の毛皮で出来た腰巻。
恐らくは……ガンドルグの同族だろう……。
「だったら、どうすんのよ!?」
フェリシアの啖呵に、人狼は視線を落とす。
「そうか…… ならば、討たねばならぬ」
長槍を片手で風車のようにクルクルと回す黒毛の獣人は、肢を両手に握り変え、切っ先をこちらに向けて構える。




