慟哭
陽が落ち、暗黒に支配された森。
紐に括った十数羽の肉を身体に巻きつけ、ガンドルグは獣道を踏み締める。
魔獣が上げる唸り声。
葉と葉が擦れる不気味なざわめき。
その全てを一切気にも止めない様子で、狼男は家路に着く。
(俺がこんな立場じゃなきゃあ、一緒に旅に出るのも悪かなかったな)
ここ何日か、彼は新しく出来た友の事で頭がいっぱいだった。剣に関しては粗が目立つが、大成すれば自らを超えるであろう人間の友。
だが今、彼が旅に出るのであれば、心の弱さが彼自身を殺す。
ガンドルグはそれを案じているのだ。
戦士として大成するまで彼の牙となり、成長を見届けたい。
それほどまでに、九条一星という男を彼は見込んでいる。
「族長、お帰りなさいませ。 翼刃 クラプター殿が集会所にいらっしゃっております」
「おいおい、祭りにゃちと早いだろうが!! ったく、血の気の多いやつだぜ……」
槍を握った茶毛の狼男の言葉に、ガンドルグは小さな子供のように無邪気な笑顔で返す。
軽い足取りで、彼は木製の大門を潜る。
「ぞくちょーー!! 今日も狩りにいってきたのかー!? めちゃくちゃ沢山の肉だーー!」
「おうおう、今日も大漁だぜー!! 父ちゃん母ちゃんのとこに持ってけ!! ほらよ!!」
ガンドルグに駆け寄る小さな子供達。
白、黒、茶、灰。
それぞれ違う毛並みの彼等の前に、ガンドルグは肉を下ろす。
「わぁああい!!! ぞくちょー!!いつもありがとー!!」
我先にとガンドルグの元へと群がる子供達。
尻尾を大きく振るう小さな人狼達。
その喜ぶ姿を見て彼は破顔する。
「今日も元気だな、おめぇら。 悪りぃが客が来てるんだ。ちょいと通してもらうぜ」
子供の1人の頭にポンと手を置くと、ガンドルグは、道端に置かれた松明の列に沿って集会所を目指す。
道すがらに出会う人狼達は、帰還した彼に対して手を振り、思い思いの言葉をかける。
通りすがるガンドルグに声をかけぬ者はいない。族長としての人望が皆にそうさせるのだろう。
「しかし、生真面目なあいつが祭りでもねぇのに喧嘩ふっかけに来るたぁ、珍しい事もあるもんだな」
ガンドルグは集会所の前に着くやいなや、両手に大剣を握り、草で編まれた暖簾を潜る。
埃っぽく古ぼけた室内。中央の囲炉裏を挟んで向かい側の後座。
そこに胡座をかいた半人の猛禽は、軽装のスケールメイルをカチャリと鳴らして立ち上がる。
「天狼断牙!!!」
ガンドルグは、翼人を視認すると同時に踏み込む。囲炉裏に吊るされた鍋が宙を舞う。
部屋の様子など気にする事なく、右手を振り上げ袈裟斬りを放つ。
猛禽の男は物怖じしない。
右翼で半身を覆うと、至って冷静につぶやく。
「鉄鬼兵に捧ぐ狂詩曲」
大きな鐘を突いたような鈍く重たい金属音が部屋中を支配する。
柔らかな翼は一瞬のうちに鈍色の鋼へと姿を変え、振るわれた剣と拮抗する。
刹那、ガンドルグの左手から二発目の袈裟斬りが空気を裂きながら放たれる。
同様に鋼と化した左翼で身を包む。
大気を揺るがす甲高い金切音が室内に木霊する。
ガンドルグの追撃は終わらない。両腕に渾身の力を込め、振り終えた剣を同時に振り上げる。
「ふっ!」
翼人は後ろに大きく飛び渾身の一撃を躱すと、今度は剣を振り上げた無防備なガンドルグの足元に踏み込む。
「今回は私の勝ちだな、友よ」
ガンドルグの喉元で止まった鋼の翼が再び柔らかな羽毛へと姿を変えた。
「けっ。対策してやがったか。 まあ、想定内だぜ、我が友クラプターよ」
ガンドルグは床に胡座をかき、むすっとした顔で頬杖を付く。
「そういうのを負け惜しみというのだぞ。これで99戦 49勝 49敗 1分だ。 まだまだ勝負の行方はわからぬな」
クラプターと呼ばれた翼人はふふん、と鼻を鳴らし、得意げに腕を組む。
「で、なんのようだ? 喧嘩祭りはまだ2週先じゃねぇか」
クラプターは瞳を細め、真剣な面持ちで翼をたたむと、ガンドルグ同様に胡座をかく。
「……鬼人族の村が魔王の配下によって滅ぼされた。それも、僅か一刻の間にな」
ガンドルグは目を見開いた。
獣牙の森を統べる獣人族、翼人の山を統べる鳥人族、そして、鬼神の岳陵を統べる鬼人族。
アテルの街を三つの点で囲むこの3部族は、ガンドルグが知る限り、余所者に敗北したことは一度しかない。他地域の部族の侵略を地の利を活かして幾度も退けてきている。
その中でも鬼人族は3部族の中で最も力を持ち、歴史上敗れた事は一度もない筈だ。
「……なんの冗談だ。 族長のクソジジィは俺たちが束になっても敵わねぇ程だぜ?」
「ラクシャ殿は確かに強い。 だが、その彼が……たった一名の吸血鬼の……たった一撃の下級魔法で倒され、連れ去られたと斥候からは聞いている」
鬼人族は腕っぷしだけでなく、魔法にも長ける種族。当然、魔法に対する対策も重々承知のはず。
ガンドルグは言葉を失った。
クラプターは震えながら続ける。
「私も後に鬼人の村へと赴いたが、酷い有様だ……。女子供に至るまで、全ての遺体から一滴残らず血が吸い取られていた」
「……クラプター、おめぇらはどうするつもりだ? 俺らが共闘して相手になるかも怪しい所だがな」
クラプターは目を伏せる。
彼は無言で懐から羊皮紙を取り出し、ガンドルグに渡す。
「……我は魔王ヴィルスハイト。 魔を従え、王として君臨する者。 愚かな鬼人共は我に与する事を拒絶した。 その結果、奴らがどうなったかを貴様らは目に焼き付けたであろう。 獣人族、鳥人族の長よ。 貴様らがもし賢者であるのなら我が軍門に降れ。アテルの街を攻めることで貴様らの忠誠心を示してみせよ、か。
……また、あの惨劇をくり返せってのか。 こいつをどこで拾った?」
「鬼人の村だ。……幼い子供の胸に短剣と共に突き立てられていたよ」
ガンドルグの鼻息が荒くなり、表情が怒りに歪む。
「クソがぁぁぁぁあ!!!! こんなクズの配下に降れだぁ!? ふざけやがって!!! クラプター!!!! お前まさか降るつもりはねぇだろうなぁあ!!! 戦士の矜持も知らねえこんなクズによお!!!??」
人狼は羊皮紙に力一杯拳を叩きつける。
彼の血を吸って紙が真紅に染まる。
「……鳥人族は……魔王に降る。 族長たる者、一族の存続を第一に考えねばならぬ」
クラプターは瞳を閉じ、小さく、そして確かな声で呟いた。
「てめぇ!!!!また、戦士でもねぇ奴らに剣を──」
「──良いのかガンドルグよ!!! 部族の者が!!!! 貴様の愛する家族達が!!!! お前一人の判断で全てが失われるのだぞ!!!!」
ガンドルグの脳裏に浮かぶのは、彼を慕う、家族同然の部族の者達。
俯き、言葉を失ったガンドルグを前に、クラプターは立ち上がる。
「今一度、よく考えるのだ友よ。 貴様との闘いを失った私は何を楽しみに生きればいい」
クラプターは暖簾を潜るとガンドルグに振り返る事なく、バサバサと大きな羽音を響かせながら飛び去った。
「アオォオオオン!!!!」
一人残されたガンドルグの慟哭。
その遠吠えは月光が照らす森の一面に物悲しく響き渡った。
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