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剣士と戦士

 見慣れた大木の葉を夕陽が照らす。

倒し損ねたノイジーピジョンの群れが大気を揺るがすような羽音と鳴き声を上げながら、赤く染まった山の頂を目指す。


 獲物の数が想定以上に多く、捌き切るのに時間がかかってしまった。


 そのため、今日の夕飯は珍しくガンドルグと一緒だ。焚き火を囲み、狩猟の成果を炙る。


 ガンドルグは焼き上がったノイジーピジョンの手羽先を骨ごとボリボリと噛み砕き、俺が買って来た葡萄酒の瓶を一気に煽る。


 ゴクゴクと喉を鳴らし、幸せそうに大きく息を吐く。 空の瓶を地べたに置くと彼は不意に思い出したかのように俺を呼ぶ。


「なあ、にいちゃんよぉ」


 今日の狩りの事だろうか。

ガンドルグの方にも何羽か飛んでいってしまった。 奴らの攻撃を受けていたように見えたし、あれは確かに怒るよな……。


「今日の狩りの事か? 注意を完全に引き付けられなかったのは申し訳なかった」


「いや、そんなこたぁどうでもいい。 

……にいちゃんは剣の腕はそこそこあるし、その剣に関して言えば国宝級の代物だと思ってるんだが……。 それだけの腕と武器を持ちながら、なんでゴブリンを斬れねえんだい?」


 夕焼けに照らされたガンドルグの眼光はいつになく鋭い。 彼の言う通りだ。

簡単に切り伏せるだけの力が俺にはある。


「……耳を離れないんだ。 痛い、死にたくないって、叫んだんだよ。 ゴブリンの1匹がさ」


 急に食事が喉を通らなくなった。

今まで食べていた肉が、胃の中で鉛に変わったかのように重くのしかかり、腹を圧迫する。


「そうか。 にいちゃんはそれなりに腕の立つ剣士だが、まだ戦士じゃあねぇなあ」


「剣士と戦士、か。 俺には違いがわからないな」


 ガンドルグはいつものように大きな口を開いてガハガハと大声で笑う。


「まあ、そうだろうな。 俺にも確かな答えが出せるわけじゃ無いんだが──」


 立ち上る煙を見つめ、立派に蓄えた顎の白毛をいじりながら彼は続ける。


「──覚悟があるかどうかが、俺は大きな違いだと思ってる」


「覚悟……?」


「あぁ、覚悟だ。 生きるために、仲間のために死に物狂いで踠き、敵の胸に刃を突き立てるその覚悟だ」


 生きるために、仲間のために、か。

あのゴブリン達は魔術士のために命懸けで自ら囮となったのかもしれない。


 そして魔術師も、生き残るために、死力を尽くして俺を殺そうとしていた。


「あのゴブリン達は、戦士だったんだな」


「あぁ、戦場に出る奴ぁみんな戦士だ。 戦士じゃなきゃいけねえ。 俺が牙を突き立てられなくなっちまう」


 ……確かにガンドルグは戦意の無いものを追いかけはしない。 戦士でないものを斬らぬのは彼なりの矜持なのだろう。


 ポン、とガンドルグの大きく、ゴツゴツとした手が俺の肩を叩く。


「いずれ、にいちゃんにも戦士にならねぇといけない時がくるさ。 非情にならねえと守りてぇもんも守れはしねぇ」


「……どうだかな。俺には守りたい物なんてない。そろそろ暗くなったし、今日は解散だな」


 立ち上がり、ガンドルグと分けあった戦利品と、下処理を済ませたノイジーピジョンの肉を担ぐ。


「ガハハハ!! せめて、てめぇの命くれえは守ってもらわねぇと困るぜ!? じゃあな、友よ!!」


「……友?」


前の世界では俺の事をそう呼ぶ人間も、そう呼ぶに値する人間も居なかった。

少しむず痒いな。

──だが、悪くない。


「おっといけねぇや!! 親しくなったヤツを勝手にそう呼んじまうんだ!! 気ぃ悪くしたなら許してくれや!!」


 明るい口調とは裏腹に、ガンドルグの尻尾はシュンと垂れ下がっている。

 実にわかりやすくてかわいい奴だ。

言葉の裏を深く考えなくていいのは本当にありがたい。


 前の世界では自分以外の人間を信じたことなどなかった。 全ての人間は俺を騙し、自らの利益を得るために近づいてくる。


 どんな人間が笑顔で心地の良い言葉を吐いて来ようが絶対に信じるな。

そう両親に言い聞かされてきて育ったからだ。


 だが、尻尾で気持ちを表してくれる愛犬のクリストファーだけは信じられた。


 だからこそ、このガンドルグという存在はこの世界での心の拠り所だ。

こいつだけは信じられる。 人語を扱う者で初めての友人だ。


 しかし、俺が彼を友と呼ぶのはまだ抵抗がある。


 当然頭ではそう呼びたいという気持ちはあるのだが、友という言葉自体を言い慣れていないため、単純に恥ずかしいのだ。


「……いや、これからもたまにはそう呼んでくれて構わないぞ。 またな、ガンドルグ!」


「それならよかったぜ!! これからもよろしくな!!」


 手と同様にぶんぶんと尻尾を振るガンドルグに右手を振りかえし、俺は帰路に就いた。

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