犬派とスキル
正式にパーティを組むと宣言して1ヶ月が経った。
エリシアは通行手形を発行するために事務手続きを。
フェリシアはエリシアのサポートをしながらたまに狩りをし、その肉で保存食を作って旅に備えている。
エリシアに至っては夜も家には帰らないことがほとんどなのでもう何日も顔を合わせていない。
お陰様でクッション不在の我が家では、週7で罵声が飛び交う地獄が産まれている。
──不味いものを不味いと言って何が悪い。
フェリシアが狩ってくる獲物は本当に食に適しているのか不安になるほど生臭いし、調理もただ焼くだけ。
スープに至っては妙にヌメヌメしている上に、味の無いシャリシャリとした芋や青臭い雑草が浮いている。
まるでミニチュア古池のようなビジュアルのそれは全く食べれた物ではない。
あいつが食事当番の日は正直、野宿でもしてしまった方がマシではないかと思う。
エリシアさえいればフェリシアの食事を食べる頻度が減るというのに……。
まあ、通行手形は世界中の国の管理者と念話で面談し、全ての国の許可を得られるまで発行されないとのことだったので、エリシアが忙しいのも頷ける。
ちなみに通行手形はこの世界の共通の物で、1人が持っていればその同行者諸共どんな国にも入国する権利が与えられる中々便利なアイテムだそうだ。
金貨10枚もするのだから妥当と言えば妥当だろう。
そりゃあの2人が死物狂いで金を稼ごうとするわけだ。
さて、奴らが働いてくれている間この俺はノイジーピジョンの大木に足を運んでいた。
俺が与えられた仕事は金策だ。
他人のために金を稼ぐなど不本意だが、旅の途中で路銀が尽きてしまう方が耐えられない。
金はどの世界に於いても普遍の価値をもつ唯一絶対の物だ。
……それに、彼女達の装備やコンディションが悪ければ俺にも危険が及ぶ可能性が大だからな。自分が生き残るためだ、仕方がない。
持ち逃げされぬように金の管理だけは自分でせねばならない。
──しかし、何度来ても耳障りな奴らだ。
あの姉妹と来た時よりもだいぶ数は減っているが、かえってちょうどいい。
下ろしたばかりの皮製の胸当てと膝当てが思っていたよりも重く、前回のような大群を相手にするとさすがの俺も擦り傷ぐらいは受けてしまうかもしれないしな。
「喧騒鳩」
剣の切っ先を大木に向け、スキルを起動する。
魔剣の刀身にノイジーピジョンの文字が浮かび上がる。
「戯言鳥の不協和音」
剣が鶏の断末魔のような音を大音量で辺りに撒き散らす。
その後、薄らとした赤い光が一瞬、俺の身体を包む。
耳障りな騒音を上げていた大木は静寂に包まれ、鶏達はこちらを一斉に凝視する。
戯言鳥の不協和音は恐らく、敵の注意をこちらに引きつけるスキルなのだと思いながら使用している。
……スキル名は知らなくても頭に流れ込んでくるのに、説明が見れないのは実に不親切な仕様だ。
「さあ、かかってこいよ。チキン共」
俺は剣を抜き、身体の前方で構える。
「クエエエエェェ!!!」
20羽ほどの鶏共が俺に向かって奇声を上げながら滑空してくる。
真っ直線に向かってくる奴らの頭部をモグラ叩きのようにただひたすらに殴り続ける。
10羽ほどしか仕留められなかったが、単独で捌ききる数としてはこんな物だろう。
全ての鶏を叩きのめした後、俺は茂みに目をやる。
想像通り、5体のゴブリン達が茂みから飛び出し、こちらに向かって疾走してくる。
……5体もいるなら横取りするよりも自分達で狩りをした方が早いような気がするのだがな。その頭は無いのだろう。
確かそれっぽい名前のスキルがあった。
せっかくの戦闘だし、試してみるか。
「小鬼槍士」
刀身に浮かび上がる小鬼槍士の文字。
こちらに向かってバラエティ豊かな武器を振りかざすゴブリン達。
俺は魔剣を両手に握ると、肩ほどの高さで肘を直角に引いて構える。
「突き!」
自分自身で距離を詰めるよりも速く、剣を持ったゴブリンの懐へ潜り込む。
そのまま、俺の身体は勝手に突きを繰り出す。
ゴブリンの喉元に向かって吸い込まれた切っ先は、スッと骨を断ち、小鬼の喉元を貫いた。
「グェッ」
残り3匹のゴブリン達はたじろき、2、3歩後退りをするが、覚悟を決めたのだろう。
手に持った武器を一斉に振りかざし、攻撃を仕掛ける。
さて、次を試すか。
「荒くれ小鬼」
次に刀身に浮かび上がったのは荒くれ小鬼の文字。
頭に過ぎったスキルの名前から察するに恐らくは──
俺は魔剣をバットを振りかぶるように構え、頭に浮かんできたスキルの名を叫ぶ。
「殴打!!!!」
俺が振るった魔剣は、淡い光を放ちながら棘のついた黒鉄の棍棒に姿を変えた。これは想定外だ。
だが、スキル自体は俺の予想した通りだった。
普通に振るうよりも強く速いスイングは1匹のゴブリンの脇腹にめり込み、骨を砕く鈍い音を響かせながら振り抜かれる。
「ヒギャァ!!」
小鬼は弾け飛び、残り2匹の身体に衝突。
体制を崩し、倒れ込んだゴブリン達の心臓に元の姿に戻った魔剣を突き立てる。
何度か戦っているうちに多少なりとも魔剣自体が成長していたのだろう。
肉を貫く気持ちの悪い感覚を感じることなく、全てのゴブリンに引導を渡す事ができた。
……しかし、俺が倒したゴブリンは4匹だ。
最初に視認したゴブリンは5匹のはず。
後1匹はどこに消えた?
もう一度茂みの方に目をやる。
葉一枚一枚に動く様子もなく、その周辺にも姿は見当たらない。
仲間を見捨てて逃げたか、所詮は小鬼だ。
「ケケッ、火球!!」
薄気味悪い下品な声。
声の方向に振り返ると、ゴォゴォと音を立てながら燃え盛る小さな火の玉が俺に向かって近づいて来ている。
ギリギリだが、躱せる。
咄嗟に横に飛ぶ。
直撃は避けたが、下ろしたばかりの装備に擦り、早くも焦げ目がついてしまった。
上等だ……!!!!! 殺してやる……!!!!
術者であろう杖を持ったゴブリンは再び俺に手を向ける。
「撃たせるものか!!!小鬼槍士!!!」
スキルを起動すると同時に、俺は術者に向かって全力で疾走する。
小鬼の掌の前に魔法陣が浮かび上がる。
「ファイア──」
「── 突き!」
奴が呪文口にするより早く、突きは発動した。
魔法陣の中心に魔剣を突き立て、奴の腕を串刺しにする。
「ギャァアアア!! イダイィィ!! ジニダグナイイィ!!!」
今、こいつは何と喚いた!?
痛い、死にたくないと、そう言ったのか!?
急に足の力が抜ける。
抜け落ちる魔剣と共にガクリと膝から崩れ落ちる。
「ゲボォォォ!!」
胃酸が込み上げ、抑え切らず地面に吐き出す。
口に残る嫌な酸味と喉が焼ける感覚。
ゴブリンは倒れ込んだ俺に向かって、残った掌を向ける。
脱力した右手で剣を握り、小鬼の喉元に向かって突き立てようとするが、届かない。
剣先が震え、奴の喉元の手前から押し込む事ができない。
「ファ……イアボ……」
最後の力を振り絞り、呪文を唱えるゴブリン。
死力を尽くせばまだ避けられるかもしれない。
だが、もう生き残る道は絶たれた。
奴の背後から何かが走ってきている。間違いなく増援だろう。
死にたくない、死にたくない……!!
俺は決められたレールの上をただ走り続けてきた……。
自らが生きる上の目標などはなにもない。
だが、それすらも見つからぬうちに……また死ぬのはごめんだ……!!
そんな事を考え、目を閉じた時だった。
「ギャァ!」
ブォンと、重い何かが空気を切り裂く音と同時に小鬼の断末魔が響いた。
驚いて目を見開く。
眼前に現れたのは、首を刎ねられ血を噴き出すゴブリンの胴体と、俺の身長ほどの大剣を両手に握った巨大な狼男だった。
「よぉ、生きてるかい?にいちゃん」
犬歯をむき出しに優しげな笑みを浮かべる青毛の狼男。
昔、家で飼っていたシベリアンハスキーのクリストファーを思い出す。
……さすがにあいつの身長は2メートル以上も無かったしガタイもここまで良くは無かったがな。
「ありがとう。生きているよ」
ありがとう、なんて言葉を使ったのはこの世界初だ。
人にはこんな言葉を中々使わないがワンコは別だ。
筋肉隆々で犬の頭骨があちこちにあしらわれた剣闘士のような防具を着ているのは置いといて、顎の下の毛は非常にもふもふしている。
間違いなくワンコだ。
犬派の俺としては最大限の敬意を払わない訳にはいかない。
「はははは!! 獣人にビビらねえなんてすげえにいちゃんだ!!俺はガンドルグ!!重牙のガンドルグだ!!」
ガンドルグと名乗ったワンコの手を取り、起き上がる俺。
吐瀉物をぶち撒けた奴に手を差し伸べるなんて、本当にいいワンコだ。
誰一人として信用しなかった俺だが、既にガンドルグの事は信用してしまっていいかと考えている。
犬は人間と違って感情を尻尾で表してくれるからな。
変に勘繰らなくて済む。
「俺は九条 一星だ。ノイジーピジョンを狩りに来ていたのだが、ゴブリンに襲われて困っていた。本当に助かったよ」
「やっぱりあの鳥の山はにいちゃんがやったのか!!こいつぁ話が早えや!!」
大口を開けてガハガハと笑うガンドルグ。
話の流れ的にノイジーピジョンが欲しいのだろう。
「何羽か持っていってくれて構わないよ。助けてもらった礼がしたい」
「そいつぁありがてえ話だが、小鬼一匹潰したにしては貰いすぎだ。にいちゃん達は肉を捨ててくだろ?肉だけ貰って行っても構わねえかい?」
頭をボリボリ掻きながら、申し訳なさそうに口を開くガンドルグ。
なんて謙虚なワンコだ……
やはりワンコに悪いやつなどいない。
「でもすぐ腐ってしまうのだろ?本当にいいのか?」
「そいつぁにいちゃん達がこいつの捌き方を知らねえだけだからだぜ。 せっかくだから俺様がいっちょ教えてやろうじゃねえか。……にいちゃん、皮袋をくれ」
俺から皮袋を受け取るとガンドルグはノイジーピジョンの死骸を拾いあげ、羽を毟り、袋の中に入れていく。
その後、懐から短刀を取り出したガンドルグはノイジーピジョンの頭を落とす。
「見てな、にいちゃん。 まずは首を落として血を抜く。 ある程度抜けたら今度は内蔵を取り出すんだ」
見事な手際だ。
我が家のお抱え料理人が魚を捌くところを何度も見たが、それよりも早く鳥を捌ける者はそういないだろう。
「ノイジーピジョンが腐りやすいってのは半分正解で半分間違いだ。 こいつらの肉自体は意外と日持ちする。 皮と内蔵の腐敗が早いから勘違いされちまうんだよな」
あっという間に全ての鶏を捌ききり、羽毛の入った袋をこちらに放るガンドルグ。
やはり前回よりも格段に効率が悪いな、半年間フルに通うか。
「なあ、ガンドルグ。俺は半年後に旅に出る。 それまでの間、君がもしよければ俺と組んで狩りをしないか? もちろん素材は山分けだ」
「……いいのかい? 獣人と組んじまってよぉ。 にいちゃんは怖くねぇのか?」
「なぜ怖がる必要がある。 君は俺を助けてくれた恩人じゃないか」
「そうか…… にいちゃんみてぇな人間もいるんだな。 夢に向かって一歩前進だ!! ありがとよ! にいちゃん!!」
尻尾が!!尻尾が揺れている!!
ワンコはいいなあ、本当に分かりやすくて可愛らしい。
人間にも尻尾が生えれば邪推しなくても済むのだが。
ところで、こいつが言った夢とは一体なんだ? 変な興味が湧いて来た。
「夢?」
俺としたことが口に出てしまった。
クリストファーには思った事を何でも口にしていたから、おそらくはその名残りだろうな。
「おう、聞いて驚きな!! 俺の夢は亜人と人間が一緒に住める世界を作る事だ!! そしたら毎日うめぇ酒が飲み放題だろ!? 最高じゃねぇか!!」
ガハガハと大きな声で笑うガンドルグ。
言われてみれば、アテルの街には俺たちの世界と姿形が変わらない住民しか存在しなかった。
この世界では人間、亜人間の交流は皆無に等しいという事だろう。
理由は俗っぽいが、言っていることは立派だな。俺も応援したい。獣人とやり取りする方が何事も疑わなくて済むしな。
「立派な夢だ。 応援するよ、ガンドルグ」
「おう、ありがとよ! これからもよろしく頼むぜ!!」
ガンドルグの青い体毛に覆われた手が差し出された。俺は迷わずにその手を握る。
躊躇いなく握手を交わした俺の姿を見て、ガンドルグは心の底から嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
「あぁ、短い間だがよろしく頼むよ」
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