あんた、私服警官だろ?
「あんた、私服警官だろ?」
「えっ」
とある夜道。目の前を歩いていた男が突然振り返り、彼にそう言った。
急に近づかれた彼はたじろぐとともに一歩、後ろに下がる。しかし男はずいとまた一歩、身を寄せた。
「んー、まあ、とぼけるよな。はは、はははっ。でもバレバレ。まず、ラーメン屋で一緒だったよね」
「あ、はい」
事実であった。この夜、早めに仕事を終え帰宅した彼は軽くシャワーを浴びるとラーメン屋に向かった。
そして、確かにこの男もそこにいた。店に入ったタイミングは知らないが、出るタイミングはほとんど同じ。彼は男の後ろを歩く運びとなったのだ。
「で、そのあとコンビニに入ったよね? おれの後ろに続いてさ」
それも事実であった。ラーメンを食べたあと、彼は無性にアイスが食べたくなった。しかし、それだけの話。よくあること。
そもそもハーフパンツにTシャツ。秋の夜の装い。こんな私服警官がいるのだろうか。いや、知らないが、とにかく自分は違うと彼は否定する。
「いや、違いますって、別につけていたわけじゃないですから」
「……そうなのか。でもコンビニから出たあとも、おれの後ろについてきたよね」
「それは、同じ道だからしょうがないじゃないですか……」
彼も彼で男にこうして声をかけられる前から居心地の悪さのようなものは感じていた。夜、前を歩く見知らぬ女性。右に曲がり、左に曲がり……と、道が同じ。こちらの足音を気にしてか、ちらと振り返られ、ストーカーか変質者か何かと勘違いされやしないかと少々警戒する、あの感じ。
相手は男だが、こう指摘されるとばつが悪い思いがした。
「まあ、うん、もうバレちゃってるんだからいいじゃん! ははは!」
信じてもらえていないようだ。肩を叩かれ揉まれ、苦笑いするしかない彼。
……と、ふと気になった。この男、何者だろうか。私服警官を気にするということは、やましいところがあるのだろう。何をやり、そしてまた今夜も何かするつもりだったのだろうか。
下着泥棒? 露出魔? 車上荒らし? 空き巣? 挙動不審な様子からしてクスリの売買を行っているのかもしれない。
そう、挙動不審。肩に置かれた男の手が、そして声も震えている。
「ほ、本当に違うのか? きょ、今日だけじゃない。あ、あんたはおれの後ろにいた。昨日の夜、駅の近くの道でも三日前の夜の牛丼屋でも四日前のコンビニ、五日前のネットカフェそれから――」
男の口から並べられるその全てに覚えがあるわけではなかった。だが、そのうちの一つは確かに思い当たる節があった。思い返してみれば、見覚えのある背中だった気も。だが、生活圏が被っているなら、そういうこともあるだろう。
しかし、まずかった。彼はつい「あっ」と声を漏らしてしまった。男はそれを肯定と取ったらしく、さらに詰めよってきた。
「ほ、ほらな、あ、あんたは私服警官だ。私服警官。そうなんだろ? ん? ん? だろ?」
「ち、違いますよ。ははは、おれは普通の」
と、彼は慄きつつ、そう答える。認めたら大変なことになる。そんな気がしたのだ。しかし……
「そうか、違うのか……じゃ、じゃあ、やっぱり奴らなのか。あ、あ、ああ、もうやるしかないな」
奴らとは。
わからないが恐らく妄想だろう。ただ、ブツブツと呟き、包丁を取り出した男を前に彼は自分が本当に私服警官ならよかったのにと、そう思った。