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最奥の屋敷へ

 窓のない長い廊下。紫の光を放つ照明は光量が少なく、申し訳程度に内装の輪郭を形取る。

 突き当たりの何もない壁に黒い渦が巻くと、その闇を抜けてドロワとゴーシュの二人を従えたカレンが現れ、続く廊下を進んでいく。その口には薄い笑みが浮かべられている。


「思ったより早く動いてくれましたね」


 どちらとなしにそう語りかけるカレン。応えたのはドロワだった。


「新しい素材というのはそれだけ魅力的なのですね。そういえば有名な収集家が商人ギルドから出向したとか」


「ああ、彼女は珍しいモノに目が無いですからね。でもおそらく今回の件には絡んでいないでしょう」


「なぜですか?」


「情報が耳に入っていれば、仕事を放り出してでも来るでしょうから。その点、異国から来た研究者達は、組織が上手く立ち回れるような振る舞いを心得ているのでしょう」


 なるほどと納得をし、今度は先ほどの異国人について尋ねた。


「彼は優秀ですか?」


「どうだい?ゴーシュ」


 この質問には自分で回答せず、直接の手合わせをしたゴーシュに疑問符を投げ返す。彼は端的に答えた。


「俺は手を抜いていなかった」


「だ、そうだ」


 それ以上の問答を繰り返さなくても十分な返答であった。

 話が切れたところでちょうど廊下も終わり、行く手を遮る両開きの鉄扉を従者の二人が押し開ける。

 扉が開ききるよりも早く、まず豪快な流れる水の音が耳に飛び込んでくる。そして木や金属が擦れあい軋む音がそこに重なる。それは地下に流れる大瀑布と、巨大な水車であった。

 円柱状の地下施設へ、大量の湖の水が流れ込み飛沫を上げて数多の水車を回している。壁面から地下施設を照らす照明用の魔鉱石が放つ光が分散しダイヤモンドダストのような輝きをみせている。

 階段状に設計された建物は精錬所となっており、滝からの水流を取り込みそれぞれの段階で各精錬プロセスが行われている。階層を繋げるパイプや天井へ繋がる煙突が幾重に重なり、まるで一つの巨大な生き物のようにも見える。各階層で粉砕、焙焼、熔解と精錬を繰り返し、一番下の階層で一気に冷却される。その水蒸気と溶鉱炉の熱で、瀑布の中心にあっても渦巻く熱気に溢れていた。

 種族性別問わず多くの人々が従事し、その顔は皆生命力に満ちていた。この街の産業を支える心臓部である大瀑布精錬所である。

 カレンの立つ扉の入り口はこの施設が一望できる高台。カレンはそこからの眺めが気に入っていた。


「歪つで、原始的……ですが、美しいですね。積み重ねてきた歴史、人の営みというのは」


 作業している何人かがカレンの存在に気が付き手を振っているのが見えた。手を小さく上げそれに応える。


「新しい技術にとって代わられたとしても、変わらないのでしょうね……。それを見たいとは、思いませんが」


 カレンの深紅の瞳に暗い影が落ちる。口元から笑みが消える。

 ドロワが「そろそろ」と促すと、何も言わず(きびす)を返した。


   ***


 店を出た三人はとある場所へと向かっていた。先頭で案内を務めるのは堀井。あれから堀井は口を(つぐ)んだまま、佐伯もアウロラも詳しい事情はわからなかった。

 一つ確かなことはカレンと堀井の会話から二人は無関係ではないということだった。カレンは去り際に堀井に向かって「では、いつもの場所で」とだけ残し、付き人を従え渦巻く影の中へと消えていった。

 壊れたテーブルや散らばった食器に気が付いたバーテンは驚きはしたものの、堀井が謝罪をして事を収めた。そのまま店を出て現在に至る。

 何も説明をしない堀井に、佐伯もアウロラも問い詰めることはしなかった。傍から見た堀井とカレンに主従関係が見られなかった。そしてその顔や声音には何かしらの事情を感じ取れたからだった。

 堀井の今までの言動が全て噓だったとも思えない。少なくともヒヒイロカネについて何か知っていることや、魔法を使えないことは本当の様だった。

 どちらにせよ目的地に着けばハッキリする。そう思い何も聞かずに同行した。

 佐伯はアウロラには帰るように聞かせたが、彼女は断固として首を縦には振らなかった。曰く、あのチビ吸血鬼からカルパッチョ代を払わせるまで帰らないとのことだ。慰謝料も上乗せすると息を巻いている。

 頑固なアウロラを納得させる術は佐伯にはなかった。結局は幻術に対処できるのは自分だけなのだからという理由をゴリ押しされ、同行することになった。

 カレンとの力の差も痛感していた。実際のところあの場でアウロラが居なかったらどうなっていたか分からないのは重々承知しており、だからこそ何も言い返せないのだ。

 

 街の最奥に進むと、これまでとは異なる雰囲気の屋敷へ辿り着いた。

 高さのある瓦屋根の塀は幾何学的な模様の格子が等間隔に並んでおり、中央に構える朱を基調とした木製の門は細部まで精巧に彫刻されたドラゴンや鳳凰の意匠が施されている。

 門をくぐると美しく手入れをされた庭園が広がっていた。敷き詰められた珠砂利が波のような模様を作り、その中央に曲がりくねった小道が続いている。池の水面には色を変え始めた紅葉や、風に撫でられたしなやかな柳が映り込み、錦鯉が作る波紋に静かに揺れ動く。

 建物は赤褐色のレンガと木造で作られており、鮮やかな色彩の細い屋根は端部が上向きに曲がっている。複雑な格子のついた円い窓が、それぞれの部屋から庭園を見渡せるように配置されていた。まるで切り取られた絵画の一部のような、外界とは異なる空間が広がっていた。

 屋敷の入り口に佐伯たちの来訪を待つ者があった。カレンが付き従えていたドロワと呼ばれていた女。光沢のある純白の旗袍(チーパオ)は、襟元と袖口には薄金色の繊細な刺繍が施されており、彼女の流麗な身体の曲線をより優雅に際立たせていた。


「こちらへ。カレン様がお待ちです」

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