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湖上の都市

 鳥の羽音が響く。飛び去ったのは水鳥。

 空を舞う雲間から眼下に広がっていたのは、まるで大地に青のインクを零したような、広大に広がる碧い湖の風景だった。湖面に反射した太陽の光がキラキラと輝き、空から降ってきた星が地上で(またた)いているようだ。奥には針葉樹の森林が広がり、そのさらに遠方には山脈が連なり、その頂には雲がかかり(かす)んでいる。

 ちょうど現在の真下に見る湖の沿岸から巨大な石造りの橋が、湖面の光を受けて輝きながら中心に向かって延びている。その先に、まるで湖から生えたかのように街が佇んでいた。鋼鉄の壁に囲われた街の上門がそびえ立ち、堅牢さと威厳を備えてる。橋は街の手前で途切れており、上門から降ろされた跳ね橋がそれを繋げていた。仮に魔法を使った建築だと相当な規模の建造物である。

 街からは何本もの煙が立ち昇っており、周囲からは時折湖に向かって放水がされ、静かな湖面にさざめきを作っていた。

 エンバンティアにいくつか点在する工業都市の中でも珍しい、湖上都市である。ここが今回の佐伯と堀井の目的地であった。


「うおー、すっげぇ!まるで要塞じゃん」


 豊かな自然に囲まれてより異質感を増した、見たこともない異様な光景に、佐伯は子供のようにはしゃいだ声を出した。一眠りして体調は取り戻したようだった。


「男ってこういうの好きよね」


 アウロラは手に紙巻の香煙草(かおりたばこ)を挟んでいる。ふーっと煙を吐き出すと辺りに甘い香りが漂った。健康に害のない嗜好品のアロマらしい。


「俺も初めて来たときは驚いたが、上から見下ろすとまた圧巻だな」


 堀井も顎に手を当てて楽し気に話す。こういったところでも気の合う二人であった。堀井は現在この街を生活の拠点としていた。ある目的で旅をしていたところで佐伯と出会いヒヒイロカネの案内人を務めることになったのだ。


「まさか一月(ひとつき)程で戻ってくるとは思わなかったがな」


「街には降りられないから、あの橋の入り口近くに停めるわよ」


 アウロラはそう言って短くなった香煙草を指で宙に弾くと、青い炎が閃光のように(ほとばし)って塵と消えた。あとには僅かな灰も残らなかった。何か恐ろしい片鱗を見た気がした堀井は、平静を装ってクロークを羽織り降りる準備を始めた。

 湖岸に機体を停車させると、3人は上門に向かって巨大な石橋に歩を進める。橋から見渡す景観もまた見事であった。湖水の透明度は高く、見下ろせば色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っているのが見えた。アウロラが「かわいっ」と口にする。


「アウロラも来るのか?」


 ふと純粋な疑問が堀井の口をついてでた。特に悪気があったわけではないが、対するアウロラは不機嫌そうな顔で頬を膨らませた。


「あのね!現地で観光出来なかったら、誰が好き好んでこんな仕事するのよ。長距離の移動って思ったより疲れるんだから」


 思わぬ反論を受けてしまった堀井だったが、そこに佐伯が助け舟を出す。


「まままま、怒った顔も可愛いねアウロラは。遅めのランチ奢るからさ、機嫌直して」


「調子がいいのね」


 アウロラはつんとそっぽを向いた。とはいえ声音から本気で怒っているわけではないことは堀井でもみてとれた。それにしても段々と打ち解けてくると、コロコロと変わる表情は見ていて面白い。と、自分の発言が発端だったことを棚に上げ、どこか他人事のように二人のやり取りを聞いていた。


「なぁしげっち、この街で旨い飯屋知ってる?」


「ん、ああ、そうだな。いくつか心当たりはあるぞ。何か食いたいもんはあるか?」


 二人の視線がアウロラへと向かう。


「え、あたし?んー......そうね」


 アウロラは橋の欄干(らんかん)に肘をついて揺れる湖面を眺めた。そのとき一匹の魚が跳ねて水面に波紋を作った。


「魚介!」


   ***


「んん、おいしーーいぃ!」


 爽やかなスパイスや香ばしい珈琲豆の香りが漂う店内で、色鮮やかで新鮮な野菜と白身魚の切り身を飾りつけたカルパッチョに舌鼓を打つアウロラ。店内は地下にあり、間接照明を使っているためやや薄暗い。いくつかのテーブル席とバーカウンターがあり、カウンターの後ろの戸棚には所狭しとお洒落な酒瓶が並んでいる。夜は酒を提供しているが、昼時は隠れ家的なカフェとしてランチや珈琲と落ち着いた雰囲気が人気の店だ。


「いや、旨いんだけどさ、ファストフードの時も思ったけど、しげっちの店チョイスって見た目より若いんだよな」


「ほっとけ」


「あー、このスープもおいしーぃ」


 アウロラはご満悦の表情である。

 その隣で佐伯は珈琲のカップを手にし、さりげなく店内の様子を伺う。カウンターに一人、昼間から酒を煽る獣人(ビースティア)の男。大剣をカウンターに立て掛けている。カウンターの中でグラスを拭いている人間族(ヒューマニア)の男と親しげに会話をしている。佐伯たちから二つほどあけて奥のテーブル席に鳥人種(バーディアン)らしき女が静かに読書をしていた。昼食時も過ぎて今は店内の客はこれだけである。特に怪しい気配は感じない。


「しかし、この街にこんなオシャ空間があるとはね……やっぱ似合わん」


 ここに来るまでの道中見てきた街並みは、石造りの簡素な家が多くどちらかというと無骨な印象だった。特に武器や防具に関するものを取り扱っている店は途中に何軒もあった。故に武器を持って歩いている者も多かった。また街には大きな煙突のある建物が散見していた。

 堀井が言うに、そのどれもが物作りの工房ということだった。鉱山地帯でとれた様々な鉱石を精錬、鋳造、加工などをし、素材として各地に出荷したり、自身で店を構えて加工製品を売ることを生業としている工業と職人の街。この街の優秀な職人は魔法・科学図書館に引っ張られた者もおり、佐伯の耳にもその話は入っていた。


「おまえが好きそうな店も知ってるぞ?」


 ニヤリと佐伯に目配せをする。


「さすが、しげっち。店選びのセンスが神がかってる、ってかむしろ神っつぅぅ!」


 聞いていたアウロラが机の下で佐伯の脛に蹴りをいれた。分厚いブーツのつま先で。


「!?」


「きゃっ!」


 痛がる間もなく突然、佐伯がアウロラを手で突き飛ばした。

 椅子ごと後ろに倒れるアウロラ。

 佐伯自身も後方に身を引く。

 と、同時に目の前のテーブルが真っ二つに割れ、皿や料理が宙へ放り出される。

 二人の間を掠めたのは六角の鉄棒。

 佐伯は壁に手をついて反転すると、襲撃者の首元に白く光る刃が向けられていた。

 丸腰だった佐伯がいつ武器を手にしたのか、速すぎて堀井は何が起こったのか解らなかった。


「何者だ?なぜ俺たちを狙う?」

アウロラさんは書くのが楽しいです。

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