大広間会談その二
パチパチパチパチ。
話の腰を折るように拍手をして立ち上がるカレン。緊迫した空気の中、表情は相変わらずの笑みを貼り付けていた。一同の注目を引くとニヤリと牙を見せる。そして声高に大手を振って演説した。まるで大衆演劇のようなオーバーに感情を込めた物言いで。
「おやおや、これはこれは素晴らしい友情じゃないですか! ほんと泣かせるじゃあないですか。友を守るためならば我々と戦う覚悟があると。立派で殊勝な宣言ではないですか。世界最高の頭脳たちが調べれば、重匡さんの呪いも解けるかもしれない。危険な調査も彼らに任せればきっと成果を上げてくれるかもしれません。重匡さんのことを思えばこそ、私も愚かな計画はやめてあなたの身柄を引き渡すべきなのかもしれません!」
そしてカレンは佐伯の目を見据えて言い放つ。
「で・す・が・! 丁重にお断りさせて頂きます」
その時初めてカレンの表情から笑みが消えた。全身から冷気が発せられカレンの傍にあるモノから凍り付いていた。
僅かに籠った怒気に佐伯も臨戦の姿勢を見せたが、カレンはすぐに溢れていた魔法の力を止め、戦う意思はないことを示す。
表情にいつもの笑みを貼り付けて。
「ドロワ」
「はい」
カレンが出した手にドロワ一枚の書簡を手渡した。カレンはそれをテーブルの上へ広げて見せる。
何かの契約書のような書類。まだエンバンティアの文字を全て読めない佐伯の横で、書面を見たアウロラは思わず声をあげる。
「これって……」
「そう、私と重匡さんが交わした奴隷契約の誓約書です」
「奴隷……だと!?」
エンバンティアでは奴隷制は国で認められており、法の下の契約をすることで奴隷取引が行われている。だが日本人が奴隷となった例はない。
「国際問題に発展するわよ!」
日本とエンバンティアは対等な外交を結んだ国家であり、当然日本には奴隷制など存在しない。
エンバンティア内でも日本人との交流や文化の流入によって、廃止を求める風向きが強くなっている。そんな中、日本人が奴隷として使役されているという事実が公になれば、世論が大きく動くことは簡単に想像できた。
「これは双方合意の契約です。重匡さんは私の所有物。たとえ国立の機関といえど簡単に手出しすることはできません」
「そんな、どうして……」
「どういうことだよ!」
佐伯の声には怒りの感情が混じっていた。
奴隷制について知らないわけではなかったが、日本で育った佐伯にとってすんなり受け入れられるものではない。人が人を所有するなどあってはならない。
ただ、佐伯の目に映る感情は怒りだけではないように思えた。
そんな佐伯を見透かしたように、カレンは冷めた言葉を並べる。頭に血が上っている佐伯に言葉が届くようゆっくりとした口調で。
「あなたが想像するような下卑た関係ではありません。これはある種の防衛策。あなた方に強硬手段を取られないための、ね」
広げた書面を丸めると、それをドロワに手渡しながらカレンは言葉を続ける。
「あなたの過去に何があったのか興味ありませんが、人の尊厳や命に重きを置いていることは理解できます。ですが私にも退けない理由があります」
「退けない理由?」
「私は先ほどこう言いました。調査に向かった一隊は壊滅した、と。しかしこうも言った。構成員の安否は《《不明》》と。すぐに救助の依頼を出しましたが、ギルドはこの件から手を引きました。私と内通したエルフとは連絡が取れなくなりました。何かが裏で手を引いているとしか思えません」
カレンは真っ直ぐ佐伯を見据える。そこにいつもの笑みは、ない。
「佐伯さん、あなたは先ほど力づくで止めると言いましたね? 重匡さんを救うために。ではどうですか? 安否不明者たちを救うためにあなたは動いてくれるのですか? 救える命があるかもしれませんよ? 重匡さんだけが特別ですか? 奴隷と聞いてどうして怒ったのですか? 重匡さんが日本人だからですか? 答えてください、応えてください、さぁ、さぁ、さぁ」
「カレン! やめろ」
制止したのは堀井だった。
佐伯は何も言えずにいた。ただ空の拳を握りしめることしかできなかった。
「気にするな万桜、アイツが言っているのはたらればの揚げ足取りと同じだ。そもそも原因は危険区域と判ってて踏み入った俺たちにある。お前は悪いことなどない」
そう言って堀井は佐伯の肩に手を置いた。
「カレン、優しく勧誘するんじゃなかったのか? 俺は万桜に協力を強いる気はないぞ。あくまで合意ありきだ」
「……失礼。少々取り乱したようですね。では簡潔に済ましましょう。佐伯万桜さん、あなたとの取引の提示条件をお伝えします。協力してもらいたいのはセレスティアル・エーテルピークの調査及びヒヒイロカネの採取と、未確認のモンスターの討伐及び生存者の捜索。こちらが差し出すのは堀井重匡さんの奴隷契約の破棄と重匡さんの持つ能力の研究協力、明鏡瑠璃丸と採取したヒヒイロカネの半分、加工した製品の優先取引。但し重匡さんの生活拠点はこの街から移さないで頂きたい」
「何よ、結局自分たちの利権があるんじゃない」
アウロラがケチを付ける。
「当然です。我々も潤い、あなた方は新たな研究材料を得る。これがwinwinです」
アウロラはぼそっと私は関係ないんだけど、と呟いた。
「……わかった。少し考える時間をくれ。本部には報告はしない」
「わかりました。部屋を用意するので、答えは明日伺いましょう。ドロワ」
ドロワが畏まって佐伯とアウロラを手で誘導しながら案内する。
退室間際に佐伯は椅子に掛けなおしたカレンに問うた。
「どうして魔法科学図書館に情報を流したんだ? リスクを負って俺一人引き込むより他にやり様はいくらでもあったんじゃないか?」
「末端であれ魔法科学図書館の職員と一緒に成果を持ち帰れば、今回の件を公にせざるを得ないでしょう。それはギルドを追及する材料にもなりますし、我々を護る盾にもなる。あくまで敵対する気はありません。曖昧な情報を流したのは交渉を有利に進めるため。予想通り少数精鋭での調査が入りましたから」
「まるで手のひらの上だな」
ドロワに案内され一同は退室した。
一人残されたカレンは椅子の背にもたれ広間の高い天井を仰いだ。
「あなたのように上手くはいきませんね……レミエネ」