大広間会談その一
血塗られた一族の歴史と、自身に降りかかった呪いの話を語り終え、一息つきながら堀井は冷めたコーヒーを啜った。
「じゃあ、俺を連れてきたのは……」
「もちろん偶然じゃあない。俺はこの明鏡瑠璃丸を使いこなせる人材を連れてくるため各地を回っていた。目的はもちろん、ヒヒイロカネを手に入れるため」
明鏡瑠璃と呼ばれたのは、佐伯がネームドモンスターを屠った一振り。すかさずカレンが口を挟んでくる。
「提案したのは私です。ここからは私が話しましょう。まずヒヒイロカネと便宜上呼ばせていただいていますが、正体は未発見である新素材である可能性が高いです」
「根拠はあるのか?」
カレンはニコッと笑って両手を上に広げると、首を横に振る。
「それを突き止めるのが科学者の仕事でしょう。いちいち根拠を並べないと動けなければ、この魔法国エンバンティアにおいて生きてはいけないですよ? 一つ挙げるのであれば、重匡さんはヒヒイロカネを一度視ています。そしてそれが彼が欲する素材という事実。我々が動くのにこれ以上の理由はいりません」
聞いて佐伯は考え込む。カレンの話は堀井の過去が真実であれば、という前提であった。信じ難い話ではある。
だが実際とある人物を除いて加工ができないオリハルコンの刀が存在している。そしてそれは驚くほど佐伯の手に馴染んだ。状況証拠だけで見れば堀井の話の信憑性は高い。
そこで佐伯はかねてからの疑問を口にする。
「しげっちとカレンさんの話が事実だとして、俺と接触を計ったのはなぜだ? 魔法科図書館に情報をタレこんであんたたちに何のメリットがある? ギルドでもなんでも使って採取に向かえばいいだろ」
当然の疑問だった。秘密裏に素材を確保し独占した方が、莫大な先行利益が出ることは自明の理である。
そもそも佐伯は情報提供の真偽と、素材の所在確認がミッションであり、相当の危険があると判断された場合に単独で素材回収に向かうことは禁じられている。つまり佐伯にとっては今までの情報と、オリハルコンを加工できる堀井を連れ帰るだけでかなりの収穫である。
どんな取引があったとしても首を突っ込むメリットはない。
「ふふ、理解が早くて助かります。お察しの通りあなたたちに情報を流したのは私です。目的は端的に言えば戦力の拡充」
「戦力?」
「我々も馬鹿ではありません。仰る通りギルドに依頼し素材の回収を計りました。霊峰セレスティアル・エーテルピーク。アウロラさんならご存じでは?」
デザートに出されたタルトを頬張りながらアウロラは頷いた。口元に生クリームが付いたままだ。
「知ってるもなにも超危険区域じゃない。っていうか聖域として不可侵を謳っているエルフの一族が守ってるって聞いてるけど」
「それは交渉次第ですよ。彼らの中にも話の解る者はおりますから」
「うわっ、きたなっ」
アウロラが顔をしかめる。コロコロ変わるアウロラの表情は、終止仮面のような笑顔で話すカレンとは対照的だ。
カレンはそのまま続けた。
「結果はご想像されてるかと思いますが、調査に派遣された一隊は壊滅。構成員の安否は不明。帰還できたのはそこにいるゴーシュと、ゴーシュが護衛していた重匡さんだけ。つまり何も判らなかった……ということです」
すると今度は堀井が横から割って入った。
「何も、ではない。少なくともそこで俺が視たオリハルコンを超える素材と、それを護る化け物がいるってことは確認できた」
カレンは肩をすくめる。
堀井の言う化け物が蠢く影の中、僅かに見えた体表に煌く赤い鉱石の光だけが堀井の脳裏に焼き付いていた。探し続けている最高の素材。堀井はそう確信したのだった。
「つまりその化け物と戦わせるために俺を連れてきたと……」
カレンの笑みが大きくなった。それを佐伯は肯定と受け取る。
「話はわかった。だが協力はできない。そもそも取引にすらなっていない。この話は俺の裁量を超えている」
「ではどうしますか?」
「このことは上司に報告をして、然るべき調査をする。しげっちは魔法科学図書館で保護する」
「だそうですが? 重匡さん」
「万桜、おまえのことは好きだが俺は国を信用していない。日本政府が設立に関わっている以上おまえについていくことはできない」
堀井から返ってきた予想外の言葉に佐伯は眉をひそめた。
アウロラが口元のクリームを指で拭って、少し強い口調で言い返す。いつの間にかワンホールあったタルトはきれいに消滅していた。
「あんたねぇ、万桜は心配して言ってるのよ! そんな早死にしたいわけ!?」
「しげっち。あんたが打算で俺に近づいただけだとしても、俺はもうあんたのことダチだと思ってんだ。呪いや力のことだって魔法科学図書館で調べれば分かることがあるはずだ。命の危険がある以上このまま看過はできねぇ。嫌って言うなら力づくでも止めるぞ」