千尋の戦場
料理中の台所は戦場である。
戦いが大好きな俺だが、それでもあそこに入りたいとは思わない程の過酷な戦場だ。
恐らく俺程度が一歩踏み込んだらその時点で殺されるだろう・・・
「何であいつ殺気立ってんの?」
「今までのストレスをぶつけるそうよ」
「あっそ・・・」
昨日帰ってきてから寝ずに料理してる女は面構えが違う。
今お昼だから・・・え、もう二十時間くらい?えっぐ。
奥多摩から帰った時の千尋の様子は普通だった。
一緒に日坂さんもいたけど、日坂さんから見ても普通だったと思う。
でも小麦粉を渡してから様子が変わった。
急に無言になり、目つきが鋭くなって変なオーラが出始めた。
「戦う前の戸村君みたいだね」
「マジっすか」
「雰囲気だけだけどそっくりだよ」
「血は争えないわね」
まさかの事実も判明した。俺こんなオーラ出してたの?
殺意とか敵意とかそういうものではないけどえっぐいの出てる。
そこから千尋は非常に不気味だった。
ずっと喋んない。黙々とパン作りを始めた。
夕飯をご馳走して、俺が日坂さんを家まで送って戻ってくるまで当然のそのまんま。
最早リアは我関せずの態度を崩すことなくソファで和んでいた。
「あれに手を付けるほど馬鹿じゃないわ」
「同感だわ」
あれは俺も無理よ。
そして今に至るまで千尋の様子はおかしなまま。
でも調理の様子を見る感じ、そろそろ元に戻りそうだ。
そんな時に日坂さんから電話が掛かって来た。
「珍しいわね」
「大体メールだからなっと。もしもし日坂さん?何かありました?」
『あ、戸村君?千尋ちゃんの様子どうかなって』
「あーなるほど。あのまんまっすね」
『千尋ちゃん本当にお料理好きだね』
丸一日分の時間を費やしてもぴんぴんしてるくらいには好きだろうなぁ。
まぁ正直その点に関しては俺は千尋に本当に勝てないなと思っている。
食に関する興味の話では無くて、それに使われている集中力の話だ。
俺も人間の平均で考えたらそれを上回る集中力があると自負している。
そうじゃなきゃアーク内であんなに強くなってないと思うし、ダンジョン内でもあそこまで戦えないだろう。
だが千尋は、俺の妹はそんな俺をはるかに上回る集中力を持っている。
桜木さんとかは俺の戦いの才能がすごいというが、それに匹敵するくらい千尋は集中するのが上手い。
どれだけ集中しても、何に集中しても、それで自分が消耗しきる事が無い。
自分の中で集中状態をキープしながら緩急をつけて体力の消費を軽減しているのだ。
もはやスタミナがあるとかいうレベルではない。
それでいてしっかりと他の部分の才能もあるのだから、我が妹ながら化け物かと。
「まぁあいつはそろそろ戻ると思うんで良いんですけど。日坂さんは何か料理したんですか?」
『私は普通のしか作ってないよ~。パンは作れるようになりたいんだけどね?』
「なら千尋に教わると良いですよ」
『良いのかな?』
「結構喜ぶと思いますよ」
何せ俺もリアも全くその辺の興味があいつに追いついてないからな。
そう日坂さんに伝えると聞き耳を立てていたリアがちょっとだけ顔を逸らす。こいつもその自覚はあるらしい。
『あはは。二人は他の事で頭一杯だもんね』
「まぁそれはそうなんですけど」
片や美味しいなら何でもいいタイプ。
片やそれ以下の食べられるなら良いタイプ。
そんな二人なので千尋も作り甲斐が無いのではと何回か考えた事はある。
その度に結局あいつは自分の為に料理してるなと思いなおすんだが。
今日みたいなの見てると特に。
その後日坂さんのお義母さんとも一言二言話して電話は終了。
タイミングよく千尋の方も調理が終わったようだ。
「・・・」(スッ
当然無言だけど。
皿の上に並べられたパンが焼きたての良い匂いでこちらの鼻腔をくすぐる。
流石に食パンしか作れなかったようだが、それでも一昨日のそれとは雲泥の差だ。
千尋の食パンの好みは、比較的シンプルなものだ。
最近はやりの甘かったり柔らかかったりというパンはそこまで好きじゃない。
主食としてのパンを求めてるので、パン屋で購入する時もそこを考慮しないといけない。
なので当然作った物もそんな食パン。
中身がみっちりと詰まって重い。耳も焼きたてであるからこそサクサクとした触感が既に想像できる。
手に持つ包丁は平刃タイプ。パンくずが出にくい包丁・・・らしい。
それを手にした千尋がゆっくりと食パンを切り分けている。
あちらは俺用だろう。リア分を先に用意して並べた感じか。
「・・・具材は?」
「自由にするのかしら。珍しいわね」
「いやまさかあの千尋はそんな」
食にこだわりを持つ千尋が俺達に自由にさせるとは思えない。
多分具材も目の前で挟んで食べなさいって感じだろう。
それは正解だった。
全ての食パンを切り終わった千尋はそれらと一緒にテーブルに用意した具材を持ってくる。
そのレシピも前回より豪華だ。
自家製ベーコン。アボカドと卵のペースト。サーモンの切り身。
前回もあった具材もあるが、それらも旨そうに見える。
サーモン何て見てみろ、見るからに油の乗っている。
卵とアボカドのペーストをパンに乗せ、それがリアの前に出される。
具材にダンジョン素材は無い。つまり最初はこれでパンの違いを確かめろそういうことか。
「・・・いただきます」
今までと比べても異様な雰囲気にリアも呑まれたのか、いただきますの声がいつもより小さい。
恐る恐るリアがサンドイッチを口に運ぶ。
一回。パンが噛まれた。
「!!」
「リア?」
リアが固まった。予想を超えて来たようだ。
俺も驚いたことがある。隣に座っていた俺にも、食パンを噛んだ音が聞こえてきたのだ。
サクッ・・・その音がリビング全体に響いたようだ。
一度固まったリアだが、そこからは止まることなくサンドイッチを完食した。
「・・・ど、どうだった」
「・・・美味しかったわ」
「そ、そうか」
初めて見た。何かを食べてその感覚を楽しんでいるリアを。
それを見て千尋は満足したのか、俺の方にも同じものを用意して差し出してくる。
何かここまで来ると逆に怖くなってくるんだが、食べないという選択肢は無い。
改めて出されたサンドイッチを見てみる。
分かってはいたが、中身の詰まった食べ応えのあるパンだ。
シンプルだからこそ他の具材を引きたてる。
手に持つ。やはり重い。
千尋の影響で同じ種類のパンが好きになった俺を間違いなく満足させてくれるだろう。
まぁ色々言ったが、そろそろ空腹も限界だ。
リアに比べたらはるかに大きな口で一気にかぶりつく。
次の瞬間、俺の手元からサンドイッチが消えていた。
「ハッ!?」
「・・・」(ドヤァ
目の前で千尋がどや顔をしている。
お、俺に今何が起きた。
「ものすごい勢いで食べ切ったわね」
「マジで!?」
恐るべしダンジョン小麦。
そしてそれを活かしきる我が妹よ。
何でこいつは料理人じゃないのか不思議でならない。
その後はあっという間だった。
次々に並べられた絶品サンドイッチに俺達の手は止まらなくなった。
千尋も俺達に配膳しながら自分の分を食べていく。
するとまた満足そうに頷く。
瞬く間に、食事の時間は過ぎ去っていった。
「「「ごちそうさまでした」」」
「私はベーコンのが良かったわね。レタスとの相性はやっぱり完璧よ」
「俺はサーモンだなぁ。玉ねぎとマヨの相性も良いんだけど、それ以上にサーモン自体が旨い」
だがそれがしつこくないのだ。
食べてもペロッと完食していくらでも食べられてしまうのではないかと思ったくらい。
しかし間違いなく一番良かったのは、主役であるパンだろう。
具材を引き立てると俺は食べる前に言ったが違う。
確かに引き立てはしていが、具材の良さによってパンの良さも引き立てられていたのだ。
まさかの相乗効果。これは手が止まらなくなってもおかしくはないだろう。
「やぁ満足満足!」
「あ、戻ったわ」
ようやく千尋もちゃんと戻って来た。
食べてる途中で既に戻ってた気もするけど。
それにしても今回は長かったな。いつもならここまで引っ張りはしないんだけど。
「いやぁ。ダンジョンだけどお兄ちゃんに態々頼むのもどうなのかなぁって思っちゃって」
「それで余計に溜め込んでたのね」
「そんなに気使わんでも良いんだけどなぁ」
「ああいや。お兄ちゃんじゃなくて日坂さんに悪いかなって」
「なんでやねん」
そこは俺じゃないんかい。
「ところで日坂さんにパンをふきょ・・・作り方教えるのっていつ?」
「聞いてたのかよ。あと布教って言った?」
「言ってない。でもここに日坂さん一家用のサンドイッチは別であります」
「持って行けと?」
別にいいんだけどさ。もうちょい色々隠そうぜ。




