薄れるのは過去
「まぁそんなわけで、体はいたって健康。むしろ色々健康すぎるってさ」
「そうなんだ。あぁ良かった」
「そんななるほどか?」
「心配もするって。私が誘ったからああなったのに」
「気にしすぎだと思うんだがなぁ」
奥多摩食物ダンジョンから帰還し、検査やら何やらで時間を取られて次の日学校休んだりで結局遠島と話せたのは休みが明けてからだった。
久しぶりに会った遠島は少し弱っていた。
さっきも聞いたんだけど、どうも俺が危険な目にあったのが自分のせいだと思っていたようだ。
でもあれは俺が自分で選んだ結果であって、
確かにあの日あの場所に行ったのは遠島の誘いだけど直接の原因ではない。
誘われた所で俺が行かなければよかっただけの話だしな。
「そういや。お前らも結局怪我とかは無かったんだよな?」
「うん。戸村が庇ってくれたからね」
「なら良かった。ダンジョンが怖くなったりは?」
「うーん。前より慎重さが増したくらいかな?昨日も行ったけどやる気自体は変わってないみたいだし」
豊宝竜という圧倒的格上の攻撃に晒されてどうなるかと思ったが、そちらも心配はないようだ。
変わらずダンジョンに赴いて、むしろ今までよりしっかりと意識を持って活動するようになったらしい。
まぁあれがトラウマにならず、いい刺激になったというのなら俺としても良かった。
流石に遠島にまで姉と同じようにビビられたらちょっと凹む。
「そういう戸村はここ数日は何してたの?」
「まぁ基本は検査と・・・後は能力テストだな」
「能力テスト?」
「一定以上の実力があると見込まれた冒険者が受ける・・・何だろう。認定試験的な?」
俺も良く分かってないんだが、とりあえず俺が何が出来るのかを確かめられた。
主に魔法を使っての攻撃や防御に関しては結構しっかりとデータを取られたっぽい。
魔法に関する知識が世界中で不足しているので、その為のデータ収集って面もあるらしい。
しかも俺の魔法は他と比べても特殊な魔法らしい。
色々質問もされたけど、あんまり答えられなかった。
「え?結構自由に使ってたぽいけど」
「あんなの感覚で十分だろ」
「・・・魔法って、結構才能の部分が大きいって聞いたことあるんだけど?」
「らしいな。まぁ俺は才能あるんじゃね?」
「戸村って案外あれだよね。傲慢っていうか」
「そうか?」
「うん。割と誰にも負けないって思ってるところとか特に」
「いや俺も普通に負けるんだけどな・・・」
というかそうじゃないなら俺はムサシを目標にはしないっての。
「あ、そういえばこれの名前も決めたんだよ」
「鎧の?」
あの鎧は、俺の体の中にある。
というか、あのモンスター自体が俺の中に取り込まれたって言った方がいいのかもしれない。
その影響か、俺の意思一つで簡単に鎧の展開が出来る。
一々着る手間が省けるのは非常にありがたい。
地味に鎧って着るの面倒なんだよな。
そしてこの鎧だが、一般的にはドロップ装備として扱われることになった。
厳密にいえば違うのだが、それ以外に言いようもないのでそうなったらしい。
なので世界で初めて発見されたドロップ装備なので、俺に命名権が与えられたのだ。
「色々悩んだぞー。なんせあいつにも似合う名前にしないといけなかったからな」
「あいつって・・・あのモンスター?」
「おう。折角あいつがくれたもんだしな」
俺がそう言うと遠島は微妙そうな顔をした。
まぁモンスター相手にこうも親しげにする奴は普通に変だしな。
だが俺は、誰が何と言おうとこの姿勢を貫く。
出会いが違えば、もっといい関係になれただろう。
もしかしたら友ではなくて無二の相棒とかになる様な気もしているが。
「とにかく。あれに似合う格好いい名前にしたくてな。後『赫爪』も取り込まれたし」
鎧の能力も含めて三つの要素を名前に込めるってのは結構考えさせられた。
でも何とか昨日中に良い名前を思いついた。
何となくそれに決めた瞬間、鎧が喜んだような気もした。
闇魔法、そしてモンスターの友。
「それで?どんな名前なの?」
「『闇夜』」
「あんや?何かそんな小説なかったっけ?」
「それは暗夜行路だな。ちなみに漢字はこう」
「おおー・・・何か厨二っぽいような」
「そこは仕方なかったんだ・・・」
別に俺がいまだに中二病患ってるとかそういうわけではない。
いやゲーム内とは言え最強を目指して色々やってるから否定しきれないんだけど。
この漢字のあてはめ方は、俺の意思とは別に協会からの指示も入っているのだ。
まず世界で初めて、日本で見つかったドロップ装備だから出来るだけ漢字を使うこと。
その中で能力やらが想像しやすいように名前に分かりやすい文字を加える事。
この二つを満たせば後は何でも良い。
ちなみにこの縛りが無かった場合俺は普通に黒鎧って呼んでたと思う。
「え、そんな縛りあるんだ・・・ってあれ、赫爪は?」
「正直難しすぎて萎えた」
「つまり考えるのを止めたと・・・あれ、じゃあ彩菜の武器も同じ法則なの?」
「そうだと思うぞ。実際小鬼の弓なんてめっちゃ分かりやすいだろ」
「意外と身近な例もあるんだね」
ドロップ装備自体は持ってる人は持ってるからな。
一応今確認されているドロップ装備は特定のモンスターを倒し続ければそのうち手に入るようなものばっかりだし。
人気が高いのは確か・・・どっかの階層にいるリザードマンの槍だったか。
多分遠島達もそのうち手に入れることになるだろう。
それこそ人間がダンジョンの資源で強い武器を作れるようになれば話は変わるかもしれないが。
残念なことに今のところそういう鍛冶師や職人何ていないんだよなぁ。
俺も使い捨てになりかねないけど剣とか欲しい。
「あ、そういや肉どうだった?」
実は豊宝竜を倒した後、たまたま近くにいたミートタウロスを二体ほど倒している。
力の確認も含めてちょっとだけ時間をかけて倒した。
それに元々遠島たちの目的はミートタウロスの肉だ。
折角手に入れたんだからちゃんと美味しかったかは聞きたかったのだ。
でも何か予想していた反応と違い、遠島は言いにくそうにしている。
「・・・正直よくわかんなかった」
「はい?」
「いやその・・・・それどころじゃなかったっていうか」
「あー」
妙にもじもじしてたのはその申し訳なさも込みだったか。
まぁ無理もないか。
「気にすんなって。また取り行こうぜ」
「・・・いいの?」
「あの程度なら全然な。前から余裕だったのに今だとさらに余裕だぞ」
何せ火力だけ見れば軽く数倍にはなっている。
特に広範囲への火力が手に入ったのはデカい。
これまでだと一対一を繰り返すような戦いしか出来なかったのが一気に幅が増えたのだから。
恐らく今の俺なら、二十六層もウェアウルフを相手にしつつ、日坂さんを守りながら突破できるだろう。
まぁ諸事情があって、暫く出来そうにないのだが。
「ほ、本当に良いの?」
「構わないって。また松来達連れてきてもいいぞ。むしろその方が良いかもな」
「え?」
「いいやこっちの話」
俺の運だけだとあんな特殊個体には出会えなかったかもしれないからな。
他の奴が一緒にいれば何かあるかもしれないという下心もある。
まぁ口に出しはしない。
ただでさえそれを気に病んでるみたいだしな。
むしろ俺が楽しんでるってしっかりと分かってもらえばそんなこともなくなるんだろうけど。
理想は日坂さんだな。日坂さんは俺がしたいことを理解してくれるから。
「じゃ、じゃあまた今度ね」
「おう。まぁ余裕持って言ってくれればいつでもいいさ。どうせクエストも受けんし」
「それはそれでどうなのかな」
「文句は言われてないので良いんだよ」
浮島さんからも特に何も言われてないしな。
何か見てるだけでも楽しいみたいなことは言われたけども。
「と、ところでさ」
「ん?」
またダンジョンの行く約束して笑顔になったと思ったら、また笑顔が無くなった。
というか、もじもじし始めた?何でこの流れで?
「戸村はその・・・昔の事ってちゃんと覚えてる?」
「は?いやまぁ、物によるだろうけど大体は憶えてる・・・はず」
え、なんだろう。何を聞かれるんだ俺は。
でも遠島は顔を赤くしながら下を向いて中々話を続けてくれない。
何度も深呼吸して、手を開いて閉じて開いては閉じて、落ち着きがない。
逆にその動作が俺の不安を掻き立てる。
マジで何を聞かれるんだ・・・?
「あ、あのさ!!」
「はい」
「スゥー・・・ご、五年前にさ、喧嘩とかしなかった?」
「・・・はい?」
「え・・・み、身に覚えがない・・・?」
「ああいや。喧嘩自体は何回かあるけど・・・ん?五年前?」
五年前って何してたっけ。
まだアークオリンピアも始まってない様な時だよな。
戸村宗次君小学五年生・・・んー?何か言われるような喧嘩の記憶は特に無いなぁ。
「・・・そうなんだ」
「まぁな。アーク前はそこまで変なことはしてなかったはずだし」
「・・・」
それを聞くと、遠島は落ち込んだような表情になってしまった。
横顔しか見えないが、どうも望んだ答えでは無かったらしい。
俺の喧嘩の望んだ経歴って何だとは思うけど、ここまで本気で凹むっていったいどんな思い入れが・・・
「あ、でも喧嘩じゃないけど一個暴れたのはあるわ」
「え?」
「俺もよく覚えてないんだけど、大人ボコボコにしてるらしいんだよね俺」
「・・・らしい?」
「よく覚えてないって言っただろ」
まさに五年前くらいのことだったか。
前後の繋がりも禄に覚えていないが、警察のお世話になったことがある。
悪い事したとかじゃなくて何かこう、保護された感じ?
でもその時の事で覚えてるのって確か・・・誰かの体を踏みつけてることくらいか?
「もしかして何か知ってるのか?」
「・・・うん」
「マジか!へぇ。あれって結局何が『キーンコーン』・・・あらチャイムか」
「そ、そうだね。早く戻ろうか」
「うん?いやそれはそうだけどあの時の事教えて・・・おーい遠島さーん???」
そういうや否やささっと弁当を片付けて校舎に戻ってしまってその時のことを教えてくれなかった。
うーむ。別に何が何でも知りたかったわけじゃないんだけど、じらされたみたいで逆に気になってくるなぁ。
まぁ今日中には忘れそうだけど。それより大事なことあるし。
昔の記憶。
暗い倉庫の中で、椅子に縛られて身動きが取れない私。
私をここに連れてきて、縛った男はにやにやと下種な笑みを浮かべながらその手のナイフを私にちらつかせている。
何度も夢に見た光景。
でもその光景は、必ず次の未来に繋がる。
相変わらず動けない私。
でも目の前に、あのナイフを持った男はいない。
その男は地面に倒れていた。体のあちこちが、ありえない方向に曲がった状態で。
それをやったのは、代わりに目の前に立つ男の子。
何も映していない目で、瞬く間にナイフを持った男を『破壊』してみせた。
「や、やめ」
「ぁぁ・・・よっわ」
「うぎゃぁぁぁぁ!!??」
「・・・」
一際大きな悲鳴を上げると、男はついに動かなくなった。
どうやら痛みで気絶したらしい。ピクリとも動かない。
それをやった男の子は、何もなかったみたいにただその場に立っている。
今まさに人を壊したのだと、まるで分かってないみたいに。
その姿に恐怖を覚える・・・はずだった。
私の心に浮かんだ感情は、恐怖ではなく感謝だった。
人を簡単に壊せる存在への恐怖より、私を救ってくれた事への感謝が勝った。
何より目の前で繰り広げられた圧倒的な力に魅せられた。
そこで記憶は途切れる。そこから先は私も覚えていない。
後から聞いた話だが、その時私の前でナイフを持っていた男は病院で死亡したらしい。自殺だそうだ。
でもこの件に関して私は一つ不満を抱えていた。
意図的に自分の親が彼に・・・あの少年に会わせないようにしていたということだ。
少なくとも病院では会うことは無かった。
その後遠回しに聞いてみてもはぐらかされる始末。
でもまだ小学生だった私は、そのことを割と最近まで忘れていた。
思い出したのは高校に入ってすぐ。偶然見かけた男の子の眼が、妙に頭から離れなくなったから。
それが戸村宗次だった。
時が経つにつれ忘れていた人。何より恩人。
確証は無かったけど、その時点で何となく彼こそがあの時の少年だと分かった。
やっと、やっと出会えた。
あの瞳が、昔に比べたらずっと鮮やかに輝いていたけど、それでも見間違えるわけがない。
今までそれを確信出来なかったのは、違った場合のショックを想像して足踏みしてしまったから。
しかし、ダンジョンの彼の姿を見て、ようやく聞く覚悟が出来た。
そして・・・やっぱり彼は、あの時の男の子だった。
「・・・へへへ」
ベッドの中で、彼のぬくもりを思い出す。
モンスターの攻撃から守ってもらった時の、押し倒されたあの感触。
力強く、絶対に抵抗出来ないあの感覚。
そして昔、顔を撫でるように触れてもらったあの感触を同時に思い出す。
それだけで、体が熱くなる。
「とむらぁ・・・んっ」
本当は名前で呼びたいけど、まだその勇気は出ない。
呼んでも大して気にされないだろから。それだけはちょっと我慢できない。
何より、私はまだ彼の特別にはなれていない。
あの小さな女性より、もっとずっと大切な人になれていない。
名前を呼ぶのは、それを確信できた時だ。
瞳を閉じて、思い出す。
あの暗くて、何も映していない瞳を。
徐々に主人公の謎を深めていくスタイル




