運搬係と千尋
一時間程度で書いたおまけ
住宅が並ぶこの場所で、ちょっとだけ目立つ一軒家がある。
三階建てのその家は住人も含めて周囲ではちょっとした有名人だ。
そんな家のインターホンが鳴る。
「はーい・・・あれ?日坂さん?」
「こんにちは千尋ちゃん」
訪れたのは日坂巡だった。
千尋の目から見ても十分オシャレをしていると分かる服装。
何故彼女が家に来たのかすぐに察しがついた。
でも残念なことに・・・
「お兄ちゃん今いないんですよねー」
「え?そうなの?」
やはり彼女の目的は兄だったと千尋は納得する。
本来ならば連絡なしでいきなり家に来るのは非常識なのだが、こと千尋の兄に関してはそれに当てはまらない。
あの兄。人の事言うくせに自分だって結構引きこもりなのだ。
しかしだからといってここで追い返すほどの仲ではない。
それに兄の嫁候補筆頭なのだから妹としては仲良くしておきたい。
そんなわけで、家に招いてみた。
「良かったらどうぞー。兄もすぐ来ると思うんで」
「えーっと。じゃあ、お邪魔します」
遠慮がちに家の玄関を潜る日坂を見て、千尋はある事に気が付く。
「あれ?日坂さん身長また伸びました?」
「あ?わかる?」
「はい。まだまだ成長期なんですねー」
「あはは。もうそんな年じゃないんだけどね?」
「いやいや。女の子はいつだって成長期ですよ」
「それはどういう・・・?」
内心では何言ってんだ自分と思いながらも表情には出さずにリビングへと日坂をお通しする。
既に兄に連れられて何回も家に来ている彼女に案内は不要ではあるが、まぁこういうのは家を預かる者の仕事だろう。
でもリビングに通したはいいが、彼女と何を話そうか・・・なんてことで悩むことは無い。
それは千尋の社交性が理由ではあるが、それ以上に彼女達にはある共通の話題がある。
ちなみに言うと、戸村宗次の事ではない。
その話題は・・・料理についてだ。
「この間教えてもらったやり方で漬物やってみたんですよ」
「どうだった?結構手間だったと思うけど」
「いやぁ。兄のお陰で何とかなりましたよ」
「それなら良かった。私も何だかんだ力持ちになっちゃったから」
「・・・やっぱり冒険者っていいなぁ」
冒険者としてレベルを手に入れると、その時点で身体能力は上がる。
それは日坂も例外ではなく。
戦う力がほとんどないとは言え、それでも日常生活を送るのが便利になる程度には力持ちだ。
その為冒険者ではない千尋とは差が出ている。
千尋がまだ中学生であることも関係はしているが、やはり冒険者かそうでないかの差は大きい。
「ところで巡さんの方もやりました?肉じゃが」
「うん!戸村君すっごく喜んでくれたよ!」
「それは何より」
時に日坂から生活の知恵などを教わり、こちらから料理を教えることもある。
昔から家を空けがちな母親に変わって家事担当だっただけあり、二人の家事能力はかなり高い。
さらにこの二人は結構馬が合うのもあり、非常に相性が良かった。
千尋がいつも自分が作っているレシピを惜しげもなく教えても良いと思えるくらいには。
「でもやっぱり戸村君食べるよね」
「ほんっとうにそうなんですよねー」
そんな二人・・・片方は嬉しそうなので違いそうだが、悩みは兄の食事情だ。
元々戸村宗次は同年代と比べても大食い。
運動部かと勘違いされる程度には体も鍛えられている。
それが冒険者になったことで更に食べる量が増え、最近ではもはや人間かと妹である千尋も疑うレベルで食べる。
そんな兄を満足させるだけの量を毎日作り、しかもダンジョンに持ち込む日坂は素直に尊敬に値する人物だ。
自分だったら途中で絶対に面倒くさくなるに違いないと。
「何か・・・コツとかあります?」
「え?うーん・・・戸村君が美味しいって言ってくれるからかなぁ」
「あまーい」
思わぬ惚気にダメージを受ける千尋。
この人本当に兄が好きなんだなぁ。
「でも色々作るのは面倒じゃないですか?」
「流石に私も何品も作らないよ?それに家族分作るのと一緒にやるから」
「あー。なるほど」
うちで言うと姉と自分の食べる分を、兄のダンジョン分と同時にやっているのか。
そう理解した千尋はそれが自分の家では出来ないことをすぐに理解する。
何せ面倒なことに兄と姉は食べる物が違うなんてことがザラにあるからだ。
「え?そうなの?」
「姉は仕事があるんで、食べやすい物の方が好きなんですよ」
「あー。サンドイッチとか?」
「そうですそうです」
具材がそういったものに使えそうなら千尋もまとめて作る時はある。
でも毎回そういうわけにもいかない。
基本作る料理の第一優先は、自分が食べたいものだから猶更だ。
そのことは日坂も知っているので、特に疑問も無くそうだったねーで終わる。
「一つ気になったんだけどさ」
「はい?」
「千尋ちゃんはどうして自分で料理をしようと思ったの?」
「え?」
「いやさ。戸村君に聞いたけど、別にやらなくても良かったんでしょ?」
「あー」
千尋が料理を始めたのは、兄と姉がそろってまともに料理出来なかったから。
それは日坂も宗次から聞いていたが、実際の所それだけではないことはすぐに分かる。
好きな物を食べたいのなら、それこそどこかで総菜でも買えばいいだけだ。
今のご時世大抵のものは売っているわけだし。
取り寄せなんかも利用すれば文字通り食べられない料理は無いだろう。
なのに千尋は毎日料理をしている。
それはどうしてなのか、日坂は前から少しだけ気になっていたのだ。
今日はそういう意味ではちょうど良い機会だったのかもしれない。
実際それを聞かれた千尋は、少し悩んだ後にこう答える。
「うーん・・・多分なんですけど」
「・・・」
「母親の影響・・・の、はず」
「はず?」
「うちの親が何してるのかは知らないんですけど」
「知らないの!?」
「教えてくれないんですよ。まぁ興味も無いんで良いですけど」
「えぇ・・・」
この子やっぱり戸村君の妹だなぁと、日坂は内心でそう思う。
前に彼も似たようなことを言ってた。
「まぁ基本家にいない人達なんですけど。たまーに帰ってきて卵焼き作ってくれるんですよ」
「お母さんが?」
「はい。その味がどーしても食べたくなった時があって」
それが千尋が料理を始めたきっかけだった。
まだ家に来たばかりの姉が、兄と一緒に影からこちらを覗いていたのを思い出す。
初めて作った卵焼きは、それはもう酷い出来だった。
「それでもあの二人よりマシですけどね」
「あはは・・・戸村君って器用なのに料理だけは下手だよね」
「お姉ちゃんはカップ麺作れませんよ」
「そんな人本当にいるんだ・・・」
衝撃の事実の発覚に日坂は驚きを隠せない。
ちなみにアメリアがカップ麺を作ろうとすると、何やかんやあって停電する。
「これ実話です」
「えぇ・・・」
「まぁ卵焼きやってから、二人がそんなんだったんでそこからは自然と・・・かなぁ」
千尋にとって母の味とは、その卵焼きだ。
今となってはその卵焼きより美味しい物を作れるようにはなったし、再現も出来ている。
でも千尋の中では納得はいっていない。どうしても同じものだとは言い切れない。
「どうしてなんですかねー」
「それは・・・やっぱりお母さんだからじゃないかな」
「お母さんだから?」
その意味を千尋はよく理解できない。
彼女が育ってきた環境では、母親の愛を正しく理解するのは難しい。
愛されていないわけじゃない。ただ感じることが出来ない。
母親より身近な女性として、姉がいた千尋にとってはそうなのだ。
だからこそ、日坂の言う答えは千尋に一定の納得を与えた。
「親だもん。作ってる時にもきっと私達には無い想いがあるんだよ」
「ふーん・・・そういうものなんですかね」
「多分だけどね。私もちゃんと分かるようになったのは最近だけど」
「え?」
「戸村君に作ってる時に、どんな顔してくれるかなーとか考えるの」
「あー。お兄ちゃんって手のかかる子供っぽいですよね」
「あ、うんそうじゃなくてね?」
微妙に違ったようだが、とにかく納得出来た。
それを言葉にするのは難しいが、無理やり言葉にするならやはり『愛』なのだろう。
千尋が兄や姉に対して愛情が無いわけではない。
ただそれは兄弟間での愛情で、親と子の間にあるそれとは別物であると。
そして日坂が兄に抱く愛情はきっとそれに近いのだろう。
そう千尋は結論付けた。
「私も結婚すれば分かるのかなー」
「あははは。その前に彼氏作らないと」
「え?私彼氏いますよ?」
「・・・え?」
「あれ?言ったこと無かったでしたっけ?」
「き、聞いてない・・・かな」
実際言っていない。
ここで日坂は千尋のスペックを簡単に思い出す。
見た目は流石戸村宗次の妹と言った感じ。可愛い系の女の子。
スタイルだって中学生にしてはきちんと出るところは出ている。
それでも色気は無駄に感じさせず、健康そうな感じにしているのは彼女の性質によるものか。
さらに料理上手で気配りも出来る。
おや?彼氏が出来て当然かな?
家の事情があったとは言え、割と灰色寄りの学生時代を過ごした日坂は嫌な汗をかく。
「お兄ちゃんの数少ない。ほんっとうに少ないお友達なんですけど」
「えぇ!?」
「・・・そんな驚くことです?」
「と、友達の妹って。そんな、漫画みたいな!?」
「あー。確かにお兄ちゃんにも言われたなぁ」
ちなみにそのことを宗次に伝えたときには
「へぇ。まぁあいつなら大丈夫でしょ」だけだった。
信頼しているのかどうなのか判断に困る反応だ。
アメリアの方はアメリアで
「あら・・・避妊はしっかりね」だった。
どいつもこいつも何て奴だと、この時ばかりは本気で二人を罵った。
「二人とも常識が無いんですよ常識が!!」
「う、うーん。戸村君は割と常識的?だよ??」
「お兄ちゃんは外面は良いんです。外面は」
「そ、そうなんだ」
あまりの剣幕にちょっと日坂は引き気味だが千尋はそれに気が付かない。
無神経だとまでは言わない。でももうちょっとでいいから二人の能力を人間関係に割いてほしい。
要約するとそんな感じの事を怒りながら日坂に訴える。
「というか!何で日坂さんはそんな兄が好きなんですか!?」
「え!?この流れで!?」
「助けられたのは良いですけど。献身的に支えるのは意味がわからぁん!!」
「ち、千尋ちゃん?一回落ち着かない?」
「私は常に冷静です!!」
更にヒートアップする千尋に日坂はもうお手上げだ。
そんな時にタイミングよく宗次が帰って来た。
「ただいまーって。日坂さん?来てたんですか」
「あ、戸村君助けて!!」
「え?どういう状況??」
「そこに座れ脳筋!!」
「何でいきなり罵倒された?あとアイス食べる?」
「食べる!!!」
この日日坂は学んだ。
千尋ちゃんはあんまり怒らせない方がいいなぁと。
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