目覚める■■
仕事で想定していたものと違うジャンルを振られてちょっと困惑することが多くなった毎日。
面白くはあるのがまだ幸い・・・
「ハッ、ハッ、ま、まだなの」
「もう少しだ。頑張れ」
走り始めて数分。遠島が息切れし始めた。
他の二人も似たようなもので、既に一杯一杯だ。
そんな中俺はまだ余裕がある。
多分・・・ここでこいつらを見捨てれば間違いなく俺は無事に逃げられる。
だがそれをするのは夢見が悪くなりそうだ。
それに遠島って多分、あいつの姉だろうし。
「■■■■■!!!」
「ヒッ!?」
「近いな」
桜木さんがやられたか?大分近くに今の声の主がいるらしい。
本格的に不味いかもしれないな。
・・・チッ。これは腹括るしかないかな。
「三人とも、良く聞いてくれ」
「戸村君・・・?」
「今から俺が、今の声の方向に向かって走る」
「・・・え?」
「だからその隙に走れ。多分もうちょいだからな」
多分もう全員で助かるは無理だろう。
なら一番余裕のある俺が足止めを試みるのが最良。
成功する確率何て殆ど無いのは承知の上だ。
だがそれで納得してくれるわけがない。
彼らはただの高校生なのだ。
同級生が自分の為に死ぬと言っている様な状態で素直に頷けるわけがない。
「だ、駄目だよ。一緒に逃げよう?」
「無理だから言ってんだ。我儘言うな」
「でも真昼が」
「・・・まぁあれだ。代わりに謝っといてくれ。代わりに剣だけくれ」
「お、おい!もう行こうぜ!」
「え?」
「そいつが残ってくれるって言うんだから、俺達がいても仕方ないじゃんか!」
「あ、あなたって人は・・・!」
「その通りだな」
「■■■■■■■■■■■■!!!」
また声が近くなった。これは本当に時間が無い。
いや。もう手遅れか?
曲がり角の奥からそのモンスターが姿を現した。
赤いオーラを纏い、その手に持つ真紅に染まった斧を引きずりながらこちらに来るその姿はまさに鬼。
その姿を見ると、一気に空気が凍えたように感じる。
「あっ・・・ああああ!!??」
「さっさと逃げろぉぉぉぉぉ!!!」
落ちた剣を拾い、腰が抜けた遠島を怒鳴りつけて無理やり動かす。
だがその動きは遅い。あれじゃ逃げられない。
鬼はこちらが逃げるしかないのを分かっているのか、ゆっくりとこちらに近づいてくるだけだ。
その表情は嗤っている。自らが弱者をいたぶるのだと確信して、それを楽しむものの笑みだ。
あぁ・・・ムカツク。
「ブチ殺してやる・・・ッ!!」
頭が真っ白になる。怒りで目の前が暗くなる。
だけど、敵だけははっきりと見える。
「ァァァ!!!」
「■■■!!!」
鬼にとって今の俺は取るに足らない存在だ。
そこは覆しようがない。
だからこそそこに油断が生まれる。
ロジックで考えたわけではない、ただ直感的にそう感じた。
真面目にやっても勝ち目はない。
ならば
馬鹿正直に突っ込んできたように見せた俺の動きは、鬼の攻撃を誘発させることに成功した。
上から振り下ろされる斧の軌道を見極め、ギリギリで躱す。
反応される前に斧を持つ手に剣を突き刺す。
「浅いか!」
「■■■■!!」
中途半端な所で剣は止まってしまった。本当なら貫通させるつもりだった。
仕方なく鬼がまた動く前に剣を手放し距離を離す。
思わぬ反撃を食らい怒ったのか、凄まじい形相で雄たけびを上げる鬼。
何とそのまま無傷の方の手で斧を投げてきた。
「なんッ!!??」
不意打ちだった。
だが何とか剣で軌道をずらす事に成功したので直撃はしなかった。
しかし衝撃で壁に体が叩きつけられる。
「グッハ!?」
「■■■」
「・・・余裕ぶってんなクソ」
壁を支えにして立ち上がる。
脳内物質が出ているせいか、そこまで痛みは無い。
けど恐らく骨の数本は折れてると思う。
でも動ける。まだ戦える。
鬼は俺が動けないと判断したのか、またゆっくりとした動きで近寄ってくる。
そして確実に俺に止めを刺す為に両手を組んで振り下ろす。
「舐めんな!!」
拳が俺に当たる直前で横に倒れるように避ける。
大振りの攻撃をした今、鬼はすぐには動けない。
太い腕を足場にして顔まで近づき、油断して馬鹿みたいに開いていた口に剣を差し込む。
「■■!?」
「こいつまだっ!?」
それでもまだ鬼は生きていた。
血をふきだしながらこちらを睨みつけ、拳でこちらを狙っている。
その時、鬼の後ろにやつが先ほど投げた斧を見つけた。
・・・あれなら、殺せるな?
そう思いついた時には体はもう動いていた。
思考より先に動いた体は鬼の速さを一瞬だけ追い越す。
斧は俺がギリギリ持てるくらいの重さだった、これは剣で弾いた際に分かっていた。
「シャァァァァ!!」
「■!?」
振り返りかけていた鬼の左足を切る。
崩れた体を支えていた右脚の膝を砕く。
やみくもに振るわれた腕を避けて逆に攻撃する。
落ちてきた顔面に、斧を叩きこむ。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
気が付いた時には、鬼は既に死んでいた。
あったのは血まみれの鬼のドロップ品と魔石だけ。
「あぁ・・・ハハッ・・・これかぁ」
しかしそんな事まるでどうでも良かった。
敵を倒した。勝てないはずの敵に勝った。
自身を強者だと思い込んでいた、愚かな存在を殺した。
それがとても、俺の気分を高揚させた。
それは、俺がゲームで感じていたことそのものだった。
どうも俺はかなりのヒトデナシかもしれない。
だが今は、この心地よさに浸るとしよう。