ダンジョンと研修
【ダンジョン】
今から三年前に世界中に突如として出現した謎の異空間。
外から見るとただの穴に見えるそれは、一歩中に踏み込むと過酷な世界が広がっている。
ゆく手を阻む環境、待ち受ける罠、そして・・・凶暴なモンスター達。
それらは内部へと踏み込んできた人間を待ち構えている。
だがダンジョンは人々に大きな利益をもたらした。
モンスターを倒す事で手に入る【魔石】や素材の数々。
或いはダンジョン内に広がる環境が生み出した資源。
資源の無い国にとって、喉から手が出る程欲しい物が数多くあった。
世界はこうしてダンジョンに潜る者達を冒険者と定め、冒険者協会を設立。
ダンジョンに関する権利などを管理する協会は、世界に大きな影響力を持つこととなった。
ダンジョンに潜るには、【冒険者】になる必要がある。
その為の条件は世界共通になっている。
16歳以上。未成年の場合は保護者の許可が必要。
そしてダンジョン内で死亡した際、協会は一切の責任を負わない。
そういった旨が書かれた契約書にサインをしなければならない。
これらを全て終えた上で、研修を受けなければならない。
そして今、その研修に彼はいた。
「つまり、ダンジョンでは~」
「・・・」
どうしてこうなったのか。
考えてみると、思い出すのは一週間前の事。
高校に入学し、新しい生活にも慣れてきたころ。
あるクラスメイトがこう言った。
「なぁ!みんなで冒険者への申し込みしようぜ!」
その一言にクラス中が色めきだった。
冒険者となるには年齢制限がある。
16歳以上で、こうみると高校生になったばかりの我々はなれないことになる。
だがここは良く勘違いされるポイント。
正確には、その年度に16歳になる、が正しい条件なのだ。
つまり高校に入学できる年齢ならば問題ないということ。
どうやら話を言い出した奴はそれを調べてきたらしい。
どうせなら皆でやろうぜ。
今のご時世、よっぽどの理由が無ければ冒険者として登録する。
それが常識となった今、彼の提案を拒むものはいなかった。
・・・ものすごく嫌そうな顔をした奴はいたが。
俺のことなんだが。
しかし態々一人だけ拒否して輪を乱すつもりも無かった。
そんなことをするよりゲームしたかったが、ここは潔く諦めるべきだろう。
それに冒険者になってもダンジョンに行くかどうかは個人の自由。
時間が取られることもあまり無いだろう。
そう高を括っていた。
「ではこれから【魔石】についての説明を始めます」
【魔石】
モンスターの体内に存在する、モンスターにとって心臓にあたる重要な器官。
いま世界でもっとも重要な物だと言われている。
【魔石】の中には【魔力】と呼ばれるエネルギーが存在している。
この魔力には人間の体を活性化する効果があり、魔力を持っているかいないかで同じ人間でも大きな差が生まれる。
魔力を手に入れる為の方法はいくつかあるが、その中でもっとも簡単なのが魔石を握る事だ。
魔石を握ることで魔力が体内に吸収される。
するとその分の魔力が人体に影響を与えるのだ。
モンスターを倒す度に魔石を得られるため、一度の探索でそれなりの数を得られる。
さらに強いモンスターである程質の良い魔石を持つ。
質の良い魔石は高額で取引される。
これは人体に良い影響を与えるだけでなく、他にも様々な利用法があることが原因だ。
その為魔石の供給は全く足りていない。需要があまりにも大きすぎるのだ。
そこで冒険者協会はある策を講じた。
それはダンジョンの入場料として、入手した魔石の一部を徴収すること。
当初これはかなり批判を食らったが、そのうち必要な事だとして受け入れられるようになる。
魔石の値段が吊り上げられ過ぎた結果、本来出回るはずの量を大きく下回る量しかでなかったからだ。
「ここまでで、何か質問はございますか?」
「はい!」
「えー・・・では、そちらの65番の方」
近くに座っていた、65番と呼ばれた青年。
俺達を冒険者に誘った張本人でクラスメイトだ。
彼が元気よく手を上げると、目立っていたのかすぐに指名される。
「魔石の徴収って具体的にはどれくらい持ってかれるんですか?」
「良い質問ですね。基本的には一度の探索で入手した魔石の内2割ですね」
この二割というのは個数で考えて二割だ。十個手に入れれば二個は徴収される。
ここで味噌なのが、どこの魔石でも関係ないということだ。
三層で手に入れた魔石と、五層で手に入れた魔石では当然五層の魔石の方が価値が高い。
では入場料として渡すのはどちらの魔石か。
答えは決まっていない、だ。
三層が四個、五層が六個だとした場合。
三層の魔石を二個納めてしまえば後は自由にしてもいいのだ。
これは下層の魔石の価値を保護する意味合いがあるらしい。
「ちなみに魔石以外のモンスター素材に関しましても、一部の物は納めていただくことになっておりますので注意してください」
「どんなものがあるんですか?」
「主なのは毒ですね」
「ど、毒!?」
にわかに室内がざわざわと騒がしくなる。
無理もない。ダンジョン内で毒が手に入るのかと。
しかし少し考えればこれは当然の事だろう。
モンスターの中に蛇なんかがいれば、そいつが毒牙を持っていても不思議じゃない。
そしてそれらを勝手に売られるのは非常にマズイ。
犯罪に使われる可能性が否定できない以上、しっかりと管理しなければならない。
他にも犯罪に使われそうな物。人体に悪影響を及ぼしかねない系の物は全てその対象になっている。
納得のいく説明があったからか、騒がしかった室内は静けさを取り戻した。
それにそういった危険な物が手に入る階層はそれなりに下に行かないといけないらしい。
その上で単純に売ることが出来ない以上、利益が出ず敬遠する冒険者は多いそうだ。
「それでは次に冒険者となった際のトラブル対処について。基本的にはカメラを・・・」
そしてまた講義が続いていく。
しっかりと二時間講義を聞くと、そこから暫く休憩が入る。
ついにその後、ダンジョンへと潜る事になっている。
これも研修の一部になっており、協会に属している研修官一人と研修員四人でチームを組むことになっている。
基本的に冒険者の研修まで行けば、冒険者になれないということは無い。
だが現地研修であまりにひどい行動を取るとそのまま落とされる可能性はあるそうだ。
この時一緒のチームになるメンバーがあれだと最悪だが、
幸い同じチームになったのは全員同級生だった。
研修官の人は
「始めまして!君達Gチームの研修担当官。桜木巴です」
思いのほか若い美人だった。
うちのチームは丁度男女二人ずつなのだが、俺以外のもう一人がガチガチになってしまっている。
どうやら研修官が大人の女性だった為緊張しているようだ。
そんな男子を冷たい目で見ている女子二人。
話が進まないのでとりあえず俺だけでも自己紹介を進める。
「戸村宗次です。よろしくお願いします」
何とか俺以外も自己紹介を済ませることが出来た。
その後ダンジョンへと潜る準備の説明を受ける。
ダンジョンの入口付近にはいくつか協会が管理する建物があり、
そこでは様々な事が出来る。
ダンジョン内の物を売ったり、必要な道具を購入することも出来る。
また少し高いが、武器防具などの販売もしている。
冒険者になったばかりの場合、そういった物を揃えるお金が無いパターンが殆どだ。
なので協会から装備一式と道具をレンタル出来る。
レンタル料は入場料とは別に魔石を一割渡す事。初心者には結構ありがたい措置だ。
何せ慣れて来ればあっという間に金が溜まるからな。
最初は魔石を持ってかれても、すぐに稼げるようになれる。
「何か、戸村似合ってるな」
「そうか?」
「ああ。何かこう・・・着慣れてるって感じ」
防具に慣れてるとは一体。
しかしちょっと心当たりもあるので納得はする。実際に着たことは無いんだがな。
少し待つと女性陣も着替えを済ませて更衣室から出てきた。
防具は基本男女ともに差は無い。
胸を覆うプレートと、籠手や専用の靴、関節部を保護するプロテクターだ。
「えー!戸村君似合ってるね!!」
「そ、そうだね」
「そこまで??」
何度も言われる程似合ってるって何なんだ?
では防具も着て準備完了・・・とはならない。
実はもう一つやらなければいけないことがある。
冒険者カードの作成だ。
桜木さんに案内されたのは着替えを行った建物とは別の建物。
その内部に冒険者総合受付があり、冒険者カードの作成以外にも色々出来ることが多い。
冒険者カードとは、文字通り冒険者が持たなければいけないカードの事。これは法律で携帯することが決められている。
このカードは特殊なカードで冒険者本人の情報が記載される。
何が特殊なのか不思議に思うだろう。
このカードは、実はある魔法の道具の力で作られているものなのだ。
記載情報というのも別に個人情報が書かれるわけではない。
書かれるのも冒険者としての能力について書かれてるのだ。
俺の場合、こんな記載になる。
戸村宗次 Lv1
所持スキル
【】
所持魔法
【】
あまり書かれていないと思ったが、大事なのはレベルなのだろう。
態々説明も要らないとは思うが一応レベルについて話しておく。
レベルはモンスターを倒すか魔石の魔力を吸収することで上がっていく。
協会はこのレベルを基準にして各階層の攻略推奨レベルという物を設定している。
あくまでも推奨の段階なのでこれより低くても攻略自体は出来るそうだが。
スキルや魔法は、ダンジョンを探索していると極稀に手に入る特殊な本を手に入れて読むと覚えられる。
スキルブックやマジックブックと呼ばれている。
これも非常に高額で取引されており、一冊最低でも十数万単位だそうだ。
スキルや魔法の有無はダンジョン探索において大きなアドバンテージとなる。
その為冒険者なら誰でも欲しがるものなのだ。
さてカードも制作し、今度こそ準備も出来たので今度こそダンジョンへ向かう事に。
空間に空いた穴の様な場所に入ると、一気に空気が冷たくなる。
ここが命のやり取りをする場所なのだと、我々に叩きつけてくる。
「一層のモンスターはさほど強くないので、そこまで緊張することは無いですよ」
桜木さんが動きが固くなった俺達を見て声を掛けてくれる。
お陰で少し肩から力が抜ける。
思っていたより俺も緊張していたらしい。
やはりこういうのはゲームで似たような事をしていても意味ないんだなと実感する。
まぁ何度も来る気はないんだ、そこそこに熟して後は流していこう。
ダンジョンに入った時、俺はそんなことを考えていた。
だけどそれが間違いである事に、その時は気づくことは無かった。
ダンジョンの危険性も、戦うという事がどういうことかも
俺自身が、どれだけズレていたか。
この時はまだ、知る由も無かった。