〜メイドと主人のハプニング、前日編〜
放課後の教室にこだまするセミの鳴き声。
エアコンのききも悪く、みなスポーツドリンクやうちわ、下敷きなどを片手に、世間話をしている。
なぜ夏休みなのに学校にいるかというと、今日が登校日だったからだ。
「プール…ですか?」
私は隣の席の主を横目でみる。
夏の日差しにも負けない、キラキラした雰囲気と目で、熱く語りだした京真さま。
「ああ、明日!クラスのやつらと、今年の夏に新しくリニューアルされた、県内でも有名なプールに遊びに行こうってなったんだ。水響も一緒に」
「行きます」
もちろん、即答。
なのになぜか京真さまは、えっと声をあげたっきりかたまってしまった。
思わず眉を上げ、じろりと見つめ返す。
「……いやでしたか?」
「いっ、いや!まさか来てくれるとは思わなくて…」
京真さまが思うことも、少しはわかる。
私個人としてなら、絶対に行かない場所だからだ。
わざわざ人が多いプールに行く理由は、たった一つ。
「あなたさまが襲われでもしたらどうするのです。学校に行くのでさえしぶられているあなたが」
「あはは…自重します…」
ぽりぽりと頭をかく京真さまの、半袖からのぞく男性らしい腕。
私は目を細め、彼の顔をのぞきこんだ。
「必ずお守りいたしますゆえ、ご安心ください。ご主人さま」
「期待してる」
ニッと明るく笑う彼と目線があい、穏やかな空気が流れた。
その日の夜。
「水響!明日の水着用意したかーー」
バンッと思いっきり開け放たれた扉に目を向け、ため息をつく。
「京真さま。私とて高校生です。子供じゃないんですから、用意もしております」
「水響、自分で水着買いに行ったのか?それぐらいこっちで用意してやるのに…」
わざわざ店に買いに行かずとも、自分が用意してやったのにとでも言わんばかりの顔に、思わず半眼になる。
まったくこのおぼっちゃんは……。
「けっこうです。申し訳ないですし」
「そっか。……水響」
「はい?」
急に声のトーンが低くなった彼にみられないように、自分の水着をたたむ。
と、ぐいっと彼に腕をつかまれた。
「…まさかそれを着ていくとかいわないよな?」
掴まれているのと反対の手には、真っ黒なラッシュガード。
それと、真っ黒なズボン。
以上。
ゆっくりと彼から目をそらし、小さな声で告げる。
「……私の仕事はあなた様の護衛なので、めだつわけには…」
「…まだそんなこと言ってるのかバカメイド。つかその格好は目立つ以外のなにものでもないから」
目も声も据わっていらっしゃる。
当日までばれないと思ってたのに……。
自分の水着を思いっきり適当にしているのがバレてしまった。
「もう我慢ならねえわ。こっちにこい」
腕を離されたかと思うと、彼は来た扉からでていってしまった。
私はゆっくりと彼のあとをついていく。
ああ、また怒らせてしまった。
愛想もなくて、女子力のカケラもないようなメイドなんて、京真さまはいらないと思ってしまったかもしれない。
一人になるのも、離れていかれるのも、慣れてる。
慣れてるはずなのにーー。
どうしよう、怖い。
京真さまが入っていった扉の前で、メイド服をギュッと握る。
……私は一人。
誰にも頼らず生きてきた。
これからも、誰も信じず、誰にも干渉しない。
そうでしょう?ナツネ。
ギイイッと扉をあけると、微笑む京真さまとーーたくさんの、カラフルな水着が目に入った。
思わず、扉の前でたちつくす。
「京真さま……。これは…」
「もっとはやくに気づいてやればよかったよ。さっき用意させた。好きなのを選べ」
さっき…!?
部屋を埋め尽くすほどの水着を、こんな短時間でこれだけ……。
私の主人は、私が思っていたよりも、行動力がはやいということを、身をもってしった。
「ありがたい話ですけれど、私には身にあまります。それに……私は、自分で選ぶなんて、できません」
自分で用意した水着を手に、うつむいてしまう。
ほんとうに、どれでもいいのに。
小さいときから、何かを自分で選ぶなんて、してこなかったから。
わからない。
どうしよう。京真さまが困ってる。
どうしよう。
ぎゅうっと、また服を握りしめたとき、目の前に違う色の水着がさしだされた。
「水響は普段黒のメイド服を着てるから、明るい色の水着はどうかな。肌も白いから、似合うと思う。この黄色とかどう?」
私は彼の顔をみつめ、水着に目をうつす。
提案、してくれた。
ボスや殺し屋の仲間たちなら、こういうとき、私に提案ではなく、強制してくるか、勝手に決めるのに…。
私の意見も交えて話してくれるのって、すごく嬉しいことなんだ。
「きょ、京真さまが提案してくれたこの水着が、気に入りました…」
「え、それでいいの?まだ他にもたくさん見てないのあるのに…」
渡してくれた水着を、胸できゅっと抱きしめる。
「なぜあなた様は、こんなメイドのために、ここまでしてくれるのですか…?」
彼はぱっと口に手をやり、ほんのり赤くなった顔で答えた。
「だって、クラスの奴らもだけど、水響とも遊びにでかけるのって、初めてだろ?俺こんなんでも、明日を楽しみにしてたからさ。……それに、単純に水響の水着も見てみたかったし…」
最後の方は声が小さすぎて聞こえなかったけれど、京真さまが明日を楽しみにしていることは伝わった。
「ありがとうございます。京真さまのおかげで、ちゃんとした水着を選べました」
彼の目をみつめると、いきなり肩をつかまれた。
「いや、別に礼とかいいって!せっかくだし、サイズとか今みてみたら?」
そういって、私のメイド服の胸元のリボンタイの端をひっぱった彼。
スル、と布がこすれる音がした。
「えっ!?ちょっ、京真さまっ…!?」
胸元が見えそうになって、あわてて京真さまの腕をつかむ。
赤い顔で彼を見上げれば、ククッと笑い声が響いた。
そして、パッと手を離される。
「なんてな。びっくりした?おまえがまだ自分のことを卑下してるようだから、ちょっとしたイタズラ」
べっと舌をだされ、私は中途半端な状態のリボンタイをつかみ、わなわなと手を震わせる。
「きょっ、京真さまったらー!!」
夜の屋敷に、私の声が響いた。
そして京真さまの笑い声も。
まさか私達が楽しみにしていたはずの明日、プールで大事件が起こるなんてつゆほども知らずにーー。
つづく
こんにちは!
作者のチャロたんです!
7話を読んでくれて、ありがとうございます!
実は、6話が終わった時点で、ユニーク数が150以上、アクセス数が300ちかくになりました!
ほんとに嬉しいです…!
みなさんのおかげですよねっ!感謝しながらかいております…!頭があがりませんっ!
それと、最近気になるのは、ニュースをみてると不穏なものがたくさんあるということ。
テレビをつけるときに、毎回少しためらってしまいます。
この作品を読んでくれている方は、おそらく大人の方が多いとは思うんですけど、なかには学生さんとかもいますよね。
私は、大人が子供のことを、勉強だけしてればいい、働かなくていいんだから楽だよね、と言う時代は終わったと思ってます。
子供だって、大人だって、ストレスはたまる。
そこで、自分のストレスのはけ口をさがすことは、とても大切です。
だけど私は、自分の日常を、日常だと思わないことが重要だと思うんです。
同期や友達と笑いあったり。
塾や習い事に行ったり。
家に帰ったら、ごはんを食べたり。
爆弾や原爆を恐れることなく、安心して寝床についたり。
私達が、毎日のように繰り返しているそれらが、明日にはできなくなってしまうかもと考えるんです。
地震がきたり、遭難したり、犯罪にまきこまれたりするかも。
そういう場面になったとき、あなたが今抱えている悩みは、一気に無意味になります。
大切なのは、過去にとらわれて今悩むのではなく、明日に希望をもって寝床につくことだと、私は思っています。
そうはいっても、人間は悩む動物です。
他のどんな動物よりも、繊細で慎重でずる賢いですから。
悩みを完全になくすことはできないけど、少しでもその悩みを軽くして、悩んでる時間を減らしたい。
そう思いながら、みなさんのことを思って、小説をかいています。
これからも、作品に寄り添っていただけると、作者として嬉しいことはありません。
読んでくださりありがとうございました!