〜従順メイドは元殺し屋〜
「京真さま。おはようございます」
ぱちっと目をあければ、目の前に銀色の瞳!?
「うわっ!」
「きゃあっ!」
思いっきり起き上がった京真さまと私のおでこがごちんっとぶつかって、二人してうがああともだえる。
「京真さま…もう少し落ち着いて起床なさってください…」
「悪い…てか、なんで俺の部屋にいんの?いつもは入ってこねえじゃん」
おでこをさすりながら問いかけれる彼の目の前に、すっと目覚まし時計を突き出す。
「えっ、もうこんな時間!?やべえっ!」
「急ぎましょう。制服はそこにおいてありますので」
「さんきゅ!」
こんな朝のやりとりも自然になってきたある日。
あくびをする京真さまと車からおりて、学校までの道をゆく。
と、目の前から男子が歩いてきた。
「ナツネさん?」
その男子は目の前で立ち止まったけれど、京真さまではなく、斜め後ろの私のほうをみて、目をみひらいている。
真っ黒なパーカーに、真っ黒なスウェット。
いかにも動きやすそうな格好で、背は京真さまよりも低く、私と同じくらい。
私のことを「ナツネ」と呼ぶのは、限られた人だけ。
そしてこの、やんちゃそうな表情。
「…どなたでしょうか。京真さま、行きましょう」
ここはとりあえず、知らないふりをするにかぎる。
「えー、とぼけないでよー」
くいっと腕をひっぱられたかとおもうと、彼の唇が私の耳の横でささやく。
「こんなとこでなにしてんの?ナツネさん。一年前に足を洗ったと思ったら、今度はご主人様ごっこ?」
少しトーンの低い声でささやかれ、ドクンッと心臓が脈打つ。
京真さまが不思議そうな顔でみつめてくるから、パッと彼と距離をとった。
「えと、君は水響の知り合い?」
「あっ、そうっす!同じ剣道塾の知り合いで!水響さんやめちゃったから、久しぶりに会えてうれしくて」
ちらっとみられて、私はきゅっと口を引き結ぶ。
こんなの、真っ赤な嘘だ。
なぜなら、彼は私の後輩。
剣道塾の、ではなく、裏社会の。
つまり、私とこいつ、「フウゲツ」は、元殺しやをしていた。
私は一年前に殺しやをやめたけれど、フウゲツはまだ続けているのかもしれない。
殺し屋は闇に潜む、悪印象しかない仕事。
けれど、私たちがヤるのは、刑務所から逃げ出した悪人や罪人。
ただ、警察と違うのは、殺し方が残酷だということ。
私は幼少期から合気道や護身術を習っていたから、殺しをやめたあとに、メイドを育成する学校に推薦で入ったのだ。
今さらなんの用?
こんな学校の道路の前で会うのなんて不自然すぎる。
思わずフウゲツをみる目が鋭くなる。
「んじゃ、これで失礼しまっす!水響さん、またね!」
そう言い残して彼は駆けていってしまった。
二人して、彼の後ろ姿をみつめる。
「…水響にも男の知り合いっていたんだな」
「?まあ…」
元殺し屋の後輩っていう物騒な関係だけど。
「…教室いこっか」
コツ、コツ、コツ
古びた商店街の奥の奥、さびた看板が立てかけられている店ののれんをくぐりぬける。
中は外見とは相反して、きらびやかなバーである。
外国産のワインやジュースを背景に、ダンディーな男性が色っぽく微笑んだ。
「店長、呼び出されてるんだ。上にいかせてくれない?」
そういって上の階を指させば、布で隠した扉を開けてくれる。
そのまま狭く長い階段を上ると、社長室のような部屋が目の前にたちはだかる。
コン、コココン、コン
手慣れたリズムでたたき、俺は重たい扉をあける。
「社長、フウゲツです」
「ようこそ、フウゲツ」
中で待ち構えていたのは、腕を組んだ50代ぐらいの男性。
額に傷がついた人相の悪い顔は、俺をみるとにやっと口角をあげた。
「どうだった?ターゲットの貴堂京真との接触は?」
「じつはですね、社長!あの「ナツネ」さんがいたんですよ!」
手を握り興奮した様子で彼女の名をだせば、社長の眉がピクリと動いた。
「なに。あのナツネが?」
「はい!ターゲットのことを様付けで呼んでいたので、おそらく彼のメイドなのかもしれません」
「そうか……あのナツネが…」
そうつぶやいたかと思うと、にいっと笑った社長。
「フウゲツ。ターゲットの件に加え、おまえにはナツネをこの会に戻らせる任務を遂行してほしい。この会にはあいつが必要だ。できるか?」
ぶるるっと、興奮が体中をかけめぐる。
「はいっ!お任せください!」
俺は思いっきり頭を下げて、社長室を後にした。
天宮水響。
もとい、裏社会での名、ナツネ。
空間できこえないほど小さな音は、水中ではよく響き、よくきこえる。
それほど、難しい任務をも一人で影響を与える、という意味で、仲間内でナツネと呼ばれるようになった。
最年少、しかも女性のなかでも異例の殺しの実力者であり、有名な殺しやの三人指に入るほど有名な人物。
ただ、一年前に裏社会から足を洗ったきり、その行方は不明のままだった。
晶相花鳥。
もとい、裏社会での名、フウゲツ。
花鳥風月のフウゲツからきており、風月は「清風」と「名月」をあらわしている。
彼の任務の異常なほどのスピードと、その姿が月のようにきれいだという意味でフウゲツと呼ばれるようになった。
彼の任務の異常なほどのスピードと、任務を行う姿が月のようにきれいという意味で、フウゲツと呼ばれるようになった。
ナツネの直属の部下であり、彼女の殺しに見惚れて、消息不明のままの彼女を今も探し続けている。
「よっし!やっと学校終わったー」
んーっとのびをして、ガタンといすから立ち上がる。
「水響、悪い。今日は先帰っててくれね?ちょっと買いたいもんあるから」
「えっ、しかし、車を待たせていますよ?それに、買い物なら私が買ってきますよ」
「あー、いやー…」
くちごもると、友人の松岡がひょこっと間に入ってきた。
「天宮さん、やめときな?こいついやらしーい本買うつもりだから、見られたらきまずいんだよ」
「はっ!?い、いや違うよ!普通に政治関係の本だよ!買うのにじっくりかけたいから、先に帰っててっていおうとしたんだよっ!」
あわてて手をふりながら水響をみやると、彼女は深刻な雰囲気の真顔で、ぼそり。
「いやらしーい本…」
「い、いや、だから!ちがうって!」
「よいのではないですか?京真さまとはいえども、男子高校生ですものね。メイドの私はでしゃばりすぎたようです。それでは、車で待っていますので」
そういって、水響はスタスタと教室をでていこうとする。
「水響-!違うんだってー!まじで…」
がくっと膝をつくと、松岡にぽんっと肩をたたかれる。
「どんまい。引かれたようだな」
「いやおまえのせいだろっ!?」
松岡はあははっと笑ってから、でもさ、とリュックを背負い直す。
「おまえってソウイウことには鈍感というか、無関心というか。思春期とかねえの?気になってるやつとかは?」
「いや、別に…」
「だろうね。ま、好きなやつでもできれば教えてくれよー?」
そういってひらっと手をふって、松岡までも教室をでていってしまった。
「ふう…なんとか買えたな…」
学校の近くの本屋からの帰り道、待たせている車へ歩きながら、がさっと袋の中をのぞきこむ。
俺の好きな大学の教授が監修をしている政治、経済学の新刊の本。
狭い道の横を通り過ぎたとき、大きな影がのそりと動いたようなきがした。
「えっ…?」
塀に囲まれた、奥まで闇が続く路地。