〜似ている二人〜
「京真さま?何を聞いていらっしゃるのですか?」
学校へ行く途中の車の中で、隣に座っている水響がのぞきこんできた。
俺は片方のイヤホンをはずし、スマホの画面をみせた。
「俺、いろんな音楽きいて好きなイラストレーターさんみつけるのが好きなんだけどさ」
「つらくて泣きたいときに聴く曲…」
水響が、ぽそりと俺がきいている曲のタイトルをやみあげる。
「あっ、いや、決して辛くもないし、泣きたいとも思ってないけどさ。ただ、このイラストレーターさんの絵がきれいだなと思ったから聞いてるだけで」
「じゃあ、今までにそう思ったことは、ありますか?」
朝日に逆光している銀色の瞳が、俺の心の奥深くを探るようにみつめてくる。
一瞬息がつまったけど、なんとか目をそらした。
「な、ないよ」
「なら、よかったです」
またイヤホンを付け直して音楽に集中しているふりをしたけど、じゃあ水響は?ってきけなかった。
動画の下、みんなのコメントが並んでいる欄には、何百もの数が表示されてる。
『なんだか無性に大声で泣きたいときがある』
『たった一人でいいから、抱きしめて、悩みをきいてほしい。受け入れてほしい』
『辛いときにきいて、すっきりした。ありがとう』
俺は悲痛なコメントたちから目を背けて、窓の外、朝日に照らされて光っているビルをみつめる。
俺がいつか父さんの会社を引き継いで、社長になったら。
自分を孤独に感じている若者に、寄り添え会えるような社会をつくりたい。
若者は学校や塾や習い事というせまい檻の中で生活し、大人のように飲み会に行ったり、自分のお金で好きなことしたり、行動が制限されないことがない。
そんな小さい世界で生きてるから、自分の価値は低いのだと決めつけてしまう。
今の社会は、若者への配慮が不十分だ。
だから、こういう辛いときにききたい曲みたいなのが、何回も視聴される。
けど、このことを何回も父さんにも伝えたけれど、くだらないと一蹴されてしまった。
『若者のメンタルケアまでしてる時間はない。いいか、そんな甘い考えは、社会には通用しないんだよ』
不愉快そうな声と、ため息をつかれたことを覚えてる。
でも、俺は諦めてないからな。
出て行く大きな背中に、父さんみたいにはなりたくないと誓ったんだ。
6限目は班員と理科の実験。
俺と水響は隣の席だから、当然班も一緒。
朝の出来事で、少し水響と接しにくいところがあったけど、実験に集中しようと、アルコールランプの火をつける。
と、前の机でふざけていた班員の手が、どんっとアルコールランプにあたり、炎が上がったままのそれが、近くにいた俺の方に倒れてくるっ…!?
ぼーっとしていて反応が遅れたから、よけきれないっ…!
「京真さまっ…!!」
ぐいっと腕をひかれよろめいたと同時、肩が触れる距離に、一番離れていた水響がいることにきがついた。
彼女は眉間にしわを寄せ、急いで倒れかけていたアルコールランプをたてなおした。
火から、俺をかばってくれたんだ…!
「水響っ!だ、大丈夫か!?」
慌てて彼女の腕をみれば、白いワイシャツがこげてる…!
「うわっ!ごめん、大丈夫!?」
「やば…これって、俺らが悪いよな…?」
顔を青くする男子二人に、俺はついきつい視線をなげる。
「高校生にもなって、小学生っぽいやりとりはするなよ。水響に謝って」
「京真さま。私は大丈夫です。それよりも、京真さまは無事でしたか?火に触れてはいませんか?」
腕が焼けているにも関わらず、俺の顔をのぞきこんで、心配そうに尋ねてきた彼女。
なんで自分の心配しないんだ。
「ご、ごめんねほんと!」
「悪い…」
「俺、水響を保健室につれてくから、実験続けといてくれないかな?」
「りょーかあい」
俺は水響の焼けていない方の手をつかんで、理科室をあとにした。
「まずは水で流すからな。思ったよりもひどくなくてよかった」
遠慮する水響の手をむりやりつかみ、水道で冷やす。
「だから大丈夫だといったのに…」
深刻な顔の俺とはうらはらに、水響の顔は涼しげだ。
まるで、こういうことは慣れてるとでもいうかのよう。
「ごめんな、水響。俺をかばって…」
小さくつぶやいた俺の声が、真っ白な部屋に響いて消えた。
「?なぜ謝るのですか」
無表情で、意味がわからないとでもいっているかのような顔をされて、思わず水響の手をきゅっとつかんだ。
「だって、女子の手にけがさせたんだぞ?しかも、俺をかばって…」
まだ赤いままの、白いはずの彼女の手をみつめる。
「それは、メイドとして当たり前の行動ですよ?心配していただかなくて結構です」
そういって、なんの処置もせずに教室に帰ろうとする彼女を、あわてて引き戻す。
「まだ包帯とかまいてないだろ!?」
「別に、ほっとけばなおります」
「だめ!ここ座って!包帯まくから!」
そういってなんとか座らせたのはいいけど。
モタモタモタモタ、包帯をいじりだして五分がたった。
「……京真さま。包帯の処置ぐらい、私一人でできますよ?」
「悪い……」
包帯を手渡せば、慣れたてつきで口にくわえ、テキパキと処置をこなした。
俺は見てることしかできなくて、思わずひざの上の拳をぎゅうっとにぎる。
「やっぱり、俺はだめだな…」
なにが若者に、社会の人々によりそいたいだ。
身近な人にすら、俺はけがをさせているじゃないか。
こんなんが次期社長とか。
やっぱり俺は、甘かったのかな。
社会や経済を知り尽くしてる父さんのいうとおりだったのかもしれない。
やっぱり、俺にはーー。
「京真さま!何をおっしゃっているのですか!?私には京真さまのいっていることが、まったくわかりません!」
はっと顔を上げれば、顔をしかめている水響と目があった。
銀色の瞳には、怒りがこめられている。
「あなたは十分立派です!才能があるのに、普段から努力もできます。高校生らしからぬ強い意志をもっており、その夢に向かって、ご自分も行動されています!さきほどの言動は、私の主人を侮辱されたようで実に不愉快です!」
一息にまくしたて、荒れた息を飲み下す水響をぼうぜんとみつめることしかできない。
そんなことを思ってくれていたんだ……。
社長の息子だから当然だと思っていたけれど、その行動のひとつひとつを、水響はみていてくれたんだ。
そう思うと、きゅっと心臓を握られたように、胸が痛くなった。
そしてなんだか急におかしく感じて、思わずふはっと笑みがこぼれた。
「ど、どこに笑う要素があったのですか?」
「いや、なんか俺たちって似てるなあと思って」
メイドだから、主人を守るのは当然。
次期社長だから、期待にこたえるのは当然。
俺たちは、気をはりすぎなのかもしれない。
朝、水響にきかれたときはいわなかったけど、自分の立ち位置が苦しいと思ったことは、何度だってある。
『普通』の家庭に生まれたかった。
理想を押しつけられるだけの幼少期が嫌だった。
だって、完璧なのが当たり前なのだから。
「…ありがと、水響」
「私はなにもしてません」
少し赤い頬で、ふいっと横を向いた彼女。
ニコリともしない、一見無愛想なメイド。
自分のことよりも主人第一。
けれど、外見や外面だけを評価されてきた俺の、内面や努力をほめてくれた人。
俺だけを見てくれる、穏やかな海のような銀色の瞳に、安心するんだ。
俺はいつから、こんなにもこいつに気を許してしまっているんだろう。
続く




