〜笑わないメイドと人間不信の主人
「お初にお目にかかります。この度から、京真さまの護衛、兼メイドを務めることになりました。天宮水響です」
床に手をつき、顔を上げたその女は、凜とした態度で話す。
けど、俺の方を見ているのに、そいつは俺と目を合わせようとしない。
「なあ、なんで目あわせねえの?」
その女は、ぴくりと小さく肩をふるわす。
「京真!護衛のこに向かって失礼じゃない!」
「いえ、本当のことですから。お心遣い感謝いたしします、奥様」
そいつはにこりともせずに、淡々と話す。
少し息をつき、ゆっくりと顔を上げた。
うつむきがちでよくわからなかったけど、彼女の瞳は、銀色に光っていた。
どこか異国の血がはいっているのか。
邪悪な気持ちが一切含まれていない、純粋な瞳。
まるで夜の海を照らす白く輝く月のような、穏やかな瞳。
うん、気に入った。
俺は彼女と目を合わせたまま、自分の目を指さす。
「きみ、瞳きれいだね」
俺の名前は貴堂京真。
大手企業会社の社長の一人息子で、私立海将高校の一年生。
成績優秀、スポーツ万能。
学校でもモテる俺だが、高校生になってから、誘拐されそうになったりとか、痴漢されたりとか、そういうのが増えてきたのが悩みだ。
有名社長の息子だからしかたないのかもしれないけど、さすがにうっとうしくなってきて、親に相談。
そして新たに雇うことになった護衛、兼メイドが天宮水響。
ふいっと横を向けば、俺の視線に気づいた水響とばちっと目があった。
彼女は授業に集中しろ、とでもいいたげな視線を投げてから、また黒板に視線をうつす。
その態度にいらっときたが、いかんいかんと思い直す。
そう、こいつは俺のクラスメイトであり、隣の席でもあるのだ。
最初、同級生の女子が護衛するときいて、ほんとに俺を守れるのか?と半信半疑だった。
ただ、両親がめちゃくちゃ推してくるから、こいつにしただけ。
授業終了のチャイムが鳴り終わり、SHRも終え、俺は席をたった。
「それでは京真さま。外に車を待たせていますので、ともにまいりましょう」
「ああ」
斜め後ろを歩くこいつを振り返って、はあ、と息をついた。
こいつがメイドになってから一週間たったが、いまだにこいつが考えていることはよくわからない。
普段いつも無表情だし、表情が緩んでいるところもみたことがない。
ただ、その見た目と成績から、男子からはモテモテだとか。
彼女の後ろ頭で揺れる団子をみつめながら、まあでも確かに、と考える。
りんと響くきれいな声に、整っている顔。
おまけに歩き方や食事のマナーも完璧。
メイドだから当然なのかもだけど、俺も少し見習ってる。
将来、父さんの会社を継ぐんだから、基本的な動作はみにつけておかないと。
「どうかされましたか、京真さま?」
きがつくと、水響のきれいな顔が目の目にあった。
「えっ?い、いやなんでもねえ!」
「さようですか。しかし、お顔が赤いですよ?熱でもひきましたか?ご無理はいけませんよ?もし熱なら、早めに私にお伝え」
「わかったから!熱じゃねえから!!」
まだ続きそうな水響の言葉をさえぎって、ストップをかける。
このメイドは、とにかく俺のことを心配してくるんだ。
ほんとに熱なんかねえし!
「そうですか。ならよかったです」
あくまで彼女の顔は無表情だが、声にはわずかな安堵と優しさが含まれている。
社長の一人息子として、こういうひとの気持ちに気づくのは、小さい頃から敏感なんだ。
そして、人の瞳をみると、信頼できるかどうかがだいたいわかってくるようになった。
水響の瞳は、邪悪な気持ちは一切ない、今まで見たことないほど、澄んでいた。
こいつをメイドにしたのは、その理由もある。
校門前で止めてある車にのりこみ、学校をあとにした。
「そういえば京真さま。三日後、京真さまも出席なさる予定のパーティーがありますね。お洋服はもう用意されているようなのですが」
「そういやそんなのあったな。よし、じゃあうちに帰って試着してみるわ」
さっそくスーツをきて全身鏡の前にたってみる。
「んー、制服よりもネクタイきつー」
「大人用のスーツですからね。さすが京真さま。スーツが様になってますね。かっこいいです」
「はっ!?」
ネクタイを緩めていた最中に、過剰反応してしまう。
「よそにだしても恥ずかしくない主人です。胸をはってくださいね」
そういって水響は、部屋の奥へと消えていった。
俺は中途半端にスーツをきたまま、へたりと座り込む。
「くそ、なんなんだよ……」
水響は、ときどきこうやって不意打ちで恥ずかしいことをいってくる。
ワックスをかけた髪を、くしゃっとかきまぜた。
いよいよパーティー当日。
パーティーは夜の八時から、いつも深夜近くまで行われる。
つい三時間前までは普通に学校に行って、身支度をしてからやってきた。
もう真っ暗だから、招待された洋館の広い庭にある灯台の明かりが、幻想的な雰囲気をかもしだしている。
まるで海外のようなスケールと雰囲気の洋館を所持しているのは、パーティーの主催者、経済界で大活躍している、平手坂さん。
俺のそばには、顔をベールで隠し、ドレスを着ている水響、ただ一人。
ほんとにこいつだけでいいのかと親にも相談したのだが、そこは安心しろと、みょうに強く宣言された。
「やっぱ緊張するな…」
思わずぽつりとつぶやいたとき、水響がスッと近くによってきた。
「大丈夫。普段のあなたは、コミュニケーションがうまいじゃないですか。言葉遣いと、マナーに気をつければ、こういう場は慣れです。私もそばについておりますので」
俺よりもこそっと小声で、口にした。
そばについている、といわれて、みょうに安心してしまった自分に気づいて、頭をふる。
なんでだろう。
こんな、たった一週間そばにいただけで、相手に安心するようなやつだったか、俺。
なんとかその後も、年の離れた社長たちとも、話ができ、収穫は十分だった。
水響と壁際に避難し、そっと息をつく。
「疲れたー…」
「お疲れ様です。よく頑張りましたね。帰宅したら、すぐに就寝なさいましょう」
「だな…」
「そばで見守っていましたよ。立派ですね」
「立派なんて…」
ほんとに、こいつはほめるのがうまいな。
でも、お世辞でも両親にもほとんどほめられたことないから、純粋にうれしい。
「まあ、お世辞でも嬉しいわ。ありがと、水響」
「……」
照れくさかったから、すぐに首を横に向けて、パーティーに集中しているふりをした。
「お集まりくださったみなみなさま、本日は誠にありがとうございました。お帰りの出口はあちらの扉からです」
警備員が誘導し始めた頃には、すでに11時をまわっていた。
「水響、俺ちょっと手洗いいってくるわ。あっちだよな?」
「あっ、京真さま!お待ちください!」
後ろから水響が追いかけてきているのも気にとめず、俺はトイレへとかけこんだ。
外へとでると、水響はいなくて、俺は出口の方へと向かおうとしたが、場所がわからなくて、庭まででてきてしまった。
「なあ、おまえって、あの貴堂社長の息子だろ?」
振り向くと、人相が悪い三人組の男が、にまにまと笑いながら、俺をみていた。
瞬時に、ああ、と悟る。
こいつらの目はだめだ。
死んだ魚のような、でもその瞳の奥には、どこまでも続く薄汚い欲望。
「…なんでおまえらのようなやつらがこんな場所にいる」
「今日、金持ちたちが集まるパーティーがここであるって噂できいたから、待ち伏せしてたんだよ」
まじか…。
おそらく、ここは出口とは真反対の場所だ。
出口の方に警備員が人数を使われているから、こんなやつらもやすやすと入れたのか。
「おまえは一人か。さっさと金目のもんだしな」
「いやー。俺いま金もってないんだよねー、ごめん」
「じゃあその高そうなスーツをよこせ」
「えっ。俺を裸にするき?趣味わるー」
「てめっ…!!…いや、スーツだけもらってくとか、たしかに趣味悪かったわ」
「自分で認めたし」
「ーーおまえごと誘拐する」
そのとき、後ろから力強い腕で、布を鼻におしつけられた。
「んっ!?」
「おとなしくしようなー?痛くねえから」
やばい…意識が…。
逃げなきゃって思うのに、こいつらが近くで止めていた車につめられそうになる。
やばいって!
今までこういうのは何回かあったけど、なんとか逃げ切れたんだ。
ああ、俺はこんなにも弱かったのか。
誰も助けてくれる人はいないのか。
いや、一人だけ。
「み、ずきっ…」
いよいよ意識がきれそうになったとき。
「そこで何をしてるんですか?」
あたりにキンと響いた、冷たい声。
顔は布で隠れてるからわからないけど、この声は、水響だ。
「あ?おまえ誰だよ」
「つか、こいつも高そうなドレスきてんなあ。こいつも誘拐しとこうぜ」
「私はそこで何してるんですかときいたのですが」
普段の水響のものだとは思えないぐらい、かたい声。
たぶん、こいつは今、キレてる。
「うるせえなっ!おらよっ!」
男の一人がふりかざしたのは、ナイフ!
しかし、水響はその攻撃をすいっとかわし、何倍もあるでかい図体にひらりと飛び乗り、手刀でそいつの首をうった。
「ぐっ…」
男は音をたててたおれこんだ。
「てめっ…!!」
もう一人の男が、片手に野球バットを持ち上げた。
そして、水響に向かって突進する!
「あなたたちは、物の扱いが下手ですねえ」
野球バットが、水響のベールの紐にあたり、紐がちぎれ、水響の顔があらわになる。
そこには、今までみたことのないほど、鋭い瞳の水響。
いつもの、凪いだ海のように穏やかな瞳が、今は獰猛な獣のそれみたいに、夜空に浮かび上がっている。
そいつも、ものの十数秒でやっつけてしまった。
そして最後の男と、俺の前に立ちはだかった水響。
「はやくかえしてください」
水響は無表情で、血のついた白く細い腕をつき出す。
このときほど、水響の無表情を怖いとおもったことはない。
「ふんっ。それはどうかな」
なにか頭に冷たいものがあたったなと思い、顔をあげて、ひゅっと息を飲み込んだ。
拳銃だ。
水響の眉が、ぴくっと動く。
その反応をみて、男は下品に大口をあけて笑った。
「はははっ!いいねそのカオ!お高くとまってるやつらのそういうカオ、まじでみててたまんない!従順なメイドちゃんは、主人のためならなんでもできるよなあ?おとなしく車にのりこみな」
俺をみつめ、ぐっと下唇をかむ水響。
そして、俺たちにゆっくりと近づいてくる。
「や、めろっ…水響…くるな…」
ほんと、なさけない。
かっこわるいとこばっかだ。
と、おもったとき。
いきなり、水響が足蹴りで、男の腕ごと拳銃をふっとばした。
「うわっ!」
どしゃっと崩れ落ちた男に、水響は近づきふみつけた。
「このようなことは二度とするな」
まだ踏もうとする水響を止めるべく、俺はふらりとたち上がった。
「水響、やめろっ…そいつら、死んじまう」
なんとかしがみついて彼女の顔をのぞき込めば、はっとした表情になる。
「も、申し訳ありません。でしゃばったまねをしてしまいました」
そういって、彼女は地面に手をついた。
「ううん。助けてくれてありがとう。よかった、水響がいて」
そういって微笑めば、水響はほっとした表情になった。
「てか、いちいち手をつくなよ。汚れるだろ」
「申し訳ありません」
水響を立ち上がらせると、銀色の瞳と間近で視線が合う。
さっきまでそこにあった、冷たい瞳ではなく、ただただ静かで穏やかなものだった。
この瞳が、心地いい、なんて。
そう思ったのは、夜空に浮かんだ白く輝く月と、にたものだったからにちがいない。
続く
こんにちは!第1話をみてくださり、ありがとうございます!
めちゃくちゃ長かったですよね!すみません!
私は、この作品の他に、「桃の香りと優しいヴァンパイア」という作品も掲載しているんですが、なにかもっと世界観が違う話がかきたいな、と思ってこの作品がうまれました。
数ある書籍の中から、この作品を選んでよんでくださったあなた!
ほんとうに感謝しています!!
大好きです!
また次話も、読んでくれたら幸いです♡