第6話 大森林ミュルクヴィズ
元盗海旅団の野営から北に進むと大森林がある。その名は、大森林ミュルクヴィズ。この大森林は、多種多様の大きな木々で出来ており、一歩中に入るとその大きな木々が、天を覆い日の光が僅かにしか届かない薄暗い場所。なので、森に入った者は高確率で道に迷う。そして、そんな薄暗い中を迷う1人の少年が……アトラだ。案の定、3日3晩何も口に出来ず、お腹を鳴らしながらさ迷っていた。
「あ~腹減った……グゥ~~……」
大森林ミュルクヴィズの洗礼を受けるアトラ…そして、しばらく歩き続けたアトラは、ふと上を向く。するとそこには、林檎によく似た木の実が成っていた。
「あ~!!!……よし!!」
木登りが得意なアトラは目を輝かせると、ゴキブリ並の速さで木に登りると、慌てて木の実をむしり取った。
「これは……食べれるのかな?」
食べた事もない木の実を恐る恐る一噛りする。
「ガジリ……モグモグ……美味い!!!」
なんとビックリ、噛んだ瞬間、旨味、果汁が口の中に溢れだした。この木の実は美味しいかったのだ。アトラの頬っぺたが落ちる。そして空腹だったアトラは、手に届く距離の木の実を端から物凄い勢いでむしり取り、そのまま口の中へ詰め込んでいった。
……場所が変わり……アトラがいる場所から少し先の距離で、複数のゴブリンと背丈がアトラ程の子供で忍服を着た女の子が今にも戦闘を始めようとしていた。
「クッ……見つかってしまったわね……しょうがない……」
女忍が、険しい表情でその場に立ち止まると、クナイを握り締め構えた。そして、構える女忍に対して、こん棒を握るゴブリンの群れが周りを囲む。すると群れの中の一匹のゴブリンが、気味の悪い笑顔で女忍に言う。
「もう逃がさねーぞ。ケッケッケ」
そう言うと、気味の悪い笑顔のゴブリン達が一斉に女忍に襲い掛かった。
「ケッケッケ、大人しく捕まれ!!!」
しかしこの女忍も負けていない。素早い動きでゴブリンの猛攻を華麗に避ける。
「嫌よ!あんた達に捕まるなんて!!」
蝶のように舞い全て避けきると今度は攻撃に転じ、クナイをゴブリンに向けて投げる。
「グサッ!、グサッ!、グサッッ!!」
クナイが見事にゴブリン達に命中……がしかし分厚い皮に守られ、全く致命的なダメージが与えられなかった。
「ケッケッケ、この程度か??」
ゴブリン達がまた気味の悪い笑い声を上げ、徐々にではあるが女忍を追いこんでいった。
「……参ったわね……このままじゃ、任務、失敗になってしまうわ……」
冷静に考える女忍…しかし考えている時間も束の間…遂にはゴブリンに追い詰められた。
「ハァ~……しょうがないわね…撤退よ」
そして、自分の命を優先と考えた女忍は、持っていた煙玉を投げようと腕を上げた。
………場所が変わりアトラ………
木から降り、両手に沢山の木の実を持ちながら呑気に歩くアトラの姿があった。
「モグモグ……本当に美味いな!モグモグ……ん?」
食べながらしばらく歩いていると目の前で何かを発見した。しかし、この大森林は薄暗く、その何かが分からない。近づき目を細目凝視するアトラ。すると、複数のゴブリンに囲まれ腕を上げる女忍の姿を発見した。そして、女忍もアトラの姿に気付いて声を出し、上げた腕をアトラに向け指を指した。
「あぁ~~!!」
女忍の声に反応したゴブリン達が一斉にアトラの方を振り向いた。
「ん?何だお前は?こいつの仲間か?」
その中の一匹のゴブリンがアトラに話しかける。そして、アトラがそれに答える。
「ん??ん~~モグモグ、ん~モグん~~!」
「飲み込んでから喋りなさいよ!」
「飲み込んでから喋れー!」
女忍とゴブリンは呆れながら同時にアトラにツッコミを入れた。
「モグモグ…ゴクリッ!」
ゆっくりと噛んで木の実を飲み込んだアトラが女忍と複数のゴブリン確認して言う。
「ん~……俺の敵はどっちかな?……でも父上は子供、女性には手を出すなって言っていたような……」
その言葉を聞いた女忍が直ぐ様アトラを利用した。
「そうよ!私の仲間!!全く遅かったわね。ここは任せたわよ」
そう言うとゴブリン達の意識が完全にアトラに向けられた。そして、その瞬間を見逃さなかった女忍は、物凄い速さで逃げ出した。
「ちっ、逃げられたか…まぁいい、こいつをやっちまうぞ」
ゴブリン達が舌打ちをしながら悔しがると、今度はアトラに対して、取り囲むように近づき始めた。しかしアトラは、複数のゴブリンに怖じ気付く様子が全くなかった。そう鬼人を倒して自信が付いていたのだった。
「ふーん。……それなら新技を試してみようかな!」
そう言うと、大事そうに抱えてる大量の木の実を地面にそっと置き刀を抜き構えた。紫色に光輝く妖刀草彅。そして、それを見たゴブリンが気味の悪い笑い声を上げた。
「ケッケッケ!子供のくせに珍しい武器を持ってるな!ついでにあの武器も頂くとするか。ケッケッケ」
笑いながら間合いを詰め始めたゴブリン達。しかしその瞬間、アトラも、にやっと笑いながら草薙を振るった。
「空盗斬!」
アトラが思い切り草薙を振るうと、目には見えない斬擊が凄まじい速度で、ゴブリン達を襲った。そして、その速度に反応出来るはずもなく、その場で真っ二つに斬られ次々と倒れていった。
「ズシャャーー!!」
「バタッ、バタッ、バタン!!」
「えっ?」
鬼人を仕留めたその威力、攻撃範囲に改めて驚いたアトラだったが、流石に全てのゴブリンを斬れる事もなく、二匹だけ残ってしまった。
「アイツはヤバい……逃げろ。ボスに報告だ」
するとその生き残った二匹のゴブリンが、慌てて持っていた武器、こん棒を捨て逃げ出した。
「逃がさねーよ」
慌てて逃げるゴブリンを見たアトラが咄嗟に魔法クロノスで時を止めた。ゆっくりとゴブリン二匹に近づくアトラのその表情は、何故か笑顔だった。そしてその笑顔のまま、二人のゴブリンの首を斬った。
「ズバァァッッ、ズバァァッッ!!」
「ふぅ~~……終わり!!」
深い息をしたアトラが時を動かすと、ゴブリンの身体から緑色の血が大量に吹き出した。
「ブッシャャャ~~~!!!」
圧倒的な力で複数のゴブリンを殲滅したアトラは倒れるゴブリンを背に、先ほど地面に置いた沢山の木の実の元へと向かい、また両手に抱え持ち、その一つを食べ始めた。
「モグモグ」
「あなた、子供のくせに強いのね?」
アトラがモグモグと木の実を食べていると、上から声が聞こえてきた。そして、視線を声が聞こえてきた方向へ上げるとそこには、先程までゴブリン達と対峙していた女忍が木の枝に座り、アトラを見下ろしていた。そう逃げたと見せ掛け、アトラの戦いを見届けていたのだった。すると女忍が、木から降りてアトラの前に立った。
「あなたお名前は?どこから来たの?それに……剣士?」
容赦ない質問攻めをする女忍。しかしアトラも女忍を見ながら容赦なく木の実を食べ続ける。
「モグモグ…グモ、モグ」
食べながら喋るアトラを見て女忍がため息をし、呆れた表情になる。
「ハァ~……全く……ちゃんと飲み込んでから喋りなさいよ」
「モグモグ、……ゴクリ、美味い!一個食うか?」
突如として質問に答えず、木の実を一つ差し出すアトラ。それ見て、更に呆れ果てる女忍が差し出された木の実を手に取り一噛りする。
「ガジリ。モグモグ…ゴクリ……ん?美味しいわね。……で?さっきの質問なんだけど?」
女忍の質問にやっと答えるアトラ。
「俺の名前はアトラ。盗賊だ。南から来た」
「盗賊?南?……あ~確かイスタードの町の近くに盗賊の野営があるって噂になっていたわね。そこから来たの?子供一人で?」
その女忍の言葉に対して目を細め、寂しい表情になるアトラが黙って頷くと、今度はアトラが質問をした。
「君の名は?それと……この森から出たいんだけど……何処を進めばいい?」
「私はくノ一、忍名は月花。何??あなたこの森から出たいの?」
月花の質問にアトラは二回黙って頷いた。そして、先程の戦いを間近で見た月花が閃き、真剣な表情でアトラに条件を出す。
「ふーん、出たいんだ。じゃあその腕を見込んで私の調査に協力しなさい。調査を終えたら道案内してあげる」
「ん?調査?」
首を傾げるアトラに調査の内容を説明し始める月花。
「ある村からの依頼で子供達の行方の調査。村の目撃者に話を聞くと、一匹のゴブリンが笛を吹きながら子供達と一緒にこの森に入っていくのを見て……それ以来、全然子供達が帰ってこないから……その調査と、出来ることなら救出に来たわけ」
「へぇ~。あっ…なるほど、それでゴブリン達に襲われてたんだ」
月花が何故襲われてたのか理解し、納得したアトラ。しかし悔しそうな表情で、話の続きを始めた月花。
「そう……それでこの森の東側に、大きな岩山があって、そこがゴブリン達の巣。あと少しで潜入できたのに見回りに見つかって……でどうなのよ?手伝うの?」
「うん!分かった!!困っている人には手を差し伸べろって父上に教わったからさ……いいよ。手伝う」
笑顔で月花の頼み引き受けるアトラ。そしてそれを聞いて一安心する月花。こうして、森の東の方角に進む月花と、その後ろを木の実を食べながら歩くアトラの姿があった。
「モグモグ…ゴクリ。月花、因みにその村の名前は?」
「村の名前は………ザクセン村」