第5話 別れ、そして旅立ち
ここは、雨が降る中焼け焦げたテントに多くの仲間達の死体が転がる無惨な野営。そんな無惨な野営でアトラの泣く声が響き渡る。そして両親の亡骸の元に駆け寄るアトラ。
「どうして……グスン……父上……母上……ウゥ~」
幸いにも、雨の音でアトラの泣き声が領主達には聞こえなく、まだ、気付いていない。すると今にも切れそうな声が聞こえてきた。
「ア…ト…ラ…」
クースである。なんとまだ微かにクースが生きていたのだ。そしてその声を聞き、大声で泣きじゃくりながらクースに声をかける。
「父上ー!しっかりしてください。父上ー!」
「アトラ……ごめんな……仲間達を守れなかった不甲斐ない父で……」
「もうしゃべらないでください父上。……クソ、血が止まらない…」
クースの切れた腕から大量の血が浮き上げる。そして、アトラの大声が領主の隣を歩くノイルにやっと届いた。
「ん?何か聞こえた」
ノイルが声のする方を振り向くとそこには、クースの止血をしているアトラの姿があった。
「領主様、あれが大将の息子です。いかがいたしましょう」
ノイルの言葉を聞いた領主も振り向きアトラの姿を確認する。そして一言、静かに言い放った。
「殺せ」
「はっ、かしこまりました」
ノイルが剣を持ちアトラに向かって突進する。しかしアトラは止血で手一杯、全く気付いていない。そして、ノイルが剣を振り下ろした。
「ズバァァーーー!!!」
「えッ…!?」
アトラが声を出して驚いた。それもそのはず、動けるはずがない瀕死のクースが、最後の力を振り絞って、間一髪、二人の間に入り背中でノイルの剣を受け止めたからだ。
「どうして……もう嫌だよ~……」
絶望するアトラ。そして、クースが愛刀をアトラに託す。
「アトラ……そこにある……俺の刀を持って逃げろ……」
「嫌です。父上も一緒」
「バカヤロー……ここで死んでしまうぞ…刀を持てアトラ!!!」
クースが被せながら怒鳴る。そして、怒鳴られビクッとしたアトラは黙ってクースの切り落とされた腕から妖刀草薙を手に取る。そして、それを見届ける瀕死のクース。
「さぁ~……お前の…輝きを…見せてみ…ろ」
そして、アトラが妖刀草薙を手にすると……なんと、紫色に光輝いた。それを見たクースが驚き、そして、にやけながら言う。
「ハハ…紫色って…見たことも…聞いたことも…ないぞ…やはりお前は……」
妖刀草薙を手にしたアトラ。がしかし、逃げずに刀を構えクースに言う。
「グスン……父上、すいません!!!置いては逃げれません」
「……」
倒れているクースがアトラの言葉で覚悟を決め無言のままアトラを見つめる。
「よくも父上と母上を…ノイルさん許さないぞ!!!」
目の前で剣を構えるノイルを睨み付けてアトラが叫ぶ。
「いやいや、シキとクースを斬ったのは俺じゃないぞ。それに子供のお前に何が出来る?なぁ~アトラァ~?」
ノイルが構えを解き余裕な表情、態度をとる。そんなノイルを見たアトラが先手を仕掛けた。
「うおォォー!!!」
物凄いスピードでノイルに襲い掛かったアトラ。
「キィーーン!」
アトラの攻撃を余裕で片手で受け止めたノイル。そう、盗海旅団の大将クースの右腕だったノイルもまた強かった。しかしアトラもスピードなら負けてはいない。右へ左へと刀を連続で振り続けた。
「キィーーン!」
「キィーーン!」
攻撃を続けるアトラ。しかし単調なアトラの攻撃をノイルが見逃すはずがなかった。アトラが右へ行くのを予測し剣を振り下ろした。そしてその瞬間……
「ズバァ~………ボトッッ!」
鈍い音をたて、両腕が地面に落ちたのだった。
「ギャァァ~~!!」
腕の切り口から大量の血が吹き出しノイルの断末魔が響き渡る。そして更に、アトラが容赦なく刀を振るった。
「ズバァァーーーー!!」
今度は、綺麗な斬れ口の袈裟斬りが決まった。そして、その斬れ口から大量の血が吹き出し,倒れるノイルに目を細め、小さく呟いたアトラ。
「……苦しみながら……死ね!!」
「グッ……アトラ…貴様何をした?」
「……」
倒れたノイルがアトラを見上げ質問をしたが、それを無視して前へと進み、領主の元へと歩き始めた。そして、アトラが自分の方へ向かっていると気付いた領主が鬼神オーガに命令をする。
「鬼人オーガ……最後仕事だ。殺せ!!!」
「フンッ!」
領主の命令を鼻で答えたオーガは刀を持ち、アトラの前へと歩み寄りる。そして、アトラの前に二メートルを越える鬼人が立ち塞がった。しかしアトラは鬼神オーガに臆することなく刀を構える。するとオーガがアトラに質問をした。
「小僧~、人間ごときの貴様が今何をした?」
アトラとノイルの戦いを見ていたオーガであったが、何故ノイルが斬られたかが分からなかった。
「……さぁ~?自分で確かめなよ!!」
オーガの質問で、自分の魔法、クロノスが通用する事を察したアトラ。今度は初手から時を止め、突進して三連擊を胴体に食らわす。
「………うおォォー!!」
「ガチン!、ガチン!、ガッチ~~~ン!!」
「えッ!?」
驚くアトラ……全く斬れている手応えがなく、刀が弾かれる音が辺りに、響き渡る。……そう、斬れたのはなんと、オーガの着ていた服だけだった……実は鬼人の身体は、鉄よりも固いのだ。それを知らないアトラは、慌てて間合いを取り、時を動かした。
「……ん?なんだ…これは!?」
自分の着ている服が切れているのに気付いたオーガ。今度は声を荒げアトラに言う。
「貴様~!!、何をしたァーー!!」
「……」
無言のまま今度は、時の進みを遅くする事にしたアトラ。そして、また物凄いスピードでオーガに突進して刀を振り下ろした。
「キィィィィーーーーン!!」
しかし、時を遅くしたのにまさかの鍔迫り合いに……そう、鬼神のスピード、パワーは人智を遥かに越えていたのだ。そして、その圧倒的な力でアトラの攻撃を弾き返し、遥か後方まで吹き飛ばされたアトラ。
「グッ…アッッ!」
「ゴロゴロ、バタン」
着地が出来ないほどの凄まじい力で、弾き飛ばされるアトラ。刀で斬れない身体。時を緩めても追い付くスピード、圧倒的な力……全てにおいて人間より優れる鬼人……絶望の淵へと立たされたアトラは、恐怖で手と足が震え、立ち上がれない。
「人の子よ……そろそろ終わりにするぞ!」
オーガがアトラの方にゆっくりと歩く。するとそれを見たアトラが、恐怖のあまり叫び出し、まだ距離があるにも関わらず鬼神に向かって妖刀草薙をブンブンと何回も振るった。
「くっ、来るなぁ~~!!!」
「ブゥォォ~~~ン!」
アトラの叫び声と妖刀草薙の空を切る音だけが空しく響く。……が……次の瞬間……
「ズバァァァーーー!!!」
「グハッ……な……に……?」
なんとオーガの身体が突如として斬れ、緑色の血が吹き出した。
「クッ……何が起こった?何故、我の身体が斬れている?」
「……えっ?」
驚くオーガとアトラ。
「小僧…さっきから……何をしている?」
理解が出来ないオーガが困惑する。しかしアトラは、驚きながらも無数に振るった内の一つに確かな手応えを感じていた。そう、神々が作ったオーパーツ、妖刀草薙の力は人智を遥かに越えていた。赤色は、鉄をも斬れるのに対して、紫色は、空気を斬り裂くのであった。その空気を斬り裂く手応えを信じ、もう一度刀を振り下ろした。しかしその様子を見てすかさず刀を持ち防御をするオーガ。
「パッッキィィ~ン……ズシャャーー!!!」
その空気の斬激は、オーガの剣をも砕き、身体も斬った。まさにその力、圧倒的。そしてアトラは叫びながら、無我夢中で草薙を振り下ろし続けた……
「うわぁぁ~~!!」
「ズバッ!ズバッ!ズバァァァ~~~!!!」
為す術がなく鬼神オーガの身体がズタズタに斬られ……ついに膝を着いた。
「グッ……我が…何故…」
そして、オーガが膝を着いた瞬間、アトラがまた時を止め、今度は首に狙いを定め、紫色に光輝く妖刀草薙を振り下ろした。
「ブゥゥゥ~~ン!!!」
完璧な手応えを感じたアトラが時を動かすと、オーガの首が胴体から落ちた。そう決着がついたのだ。
「ハァーハァー」
疲れて息が上がるアトラ。そして、その決着を見た領主達が慌てて逃げ始めた。
「鬼人オーガがやられた~!撤退だ~!逃げろ~!!」
「ハァー、ハァー……誰一人逃がさないよ!!」
疲労困憊のアトラが時を止め、逃げ惑う領主達を次々と斬りつけていった。
「ズバッ!ズバッ!ズバァァァ~~~!!」
そして、領主を護衛する者を全て斬り、領主の元へと着いたアトラは、時をまた動かした。
「お、俺が悪かった……お金も地位もやる。だから見逃してくれ……お願いだ…殺さないで…」
慌て怯える領主が尻餅をつきアトラに言う。しかしアトラが領主の顔に草薙を突き出し、涙を滲ませながら言う。
「どうして…こんなことを……」
「へっ、どうして?お前ら盗賊だろ?悪いことをした者を討伐して何が悪い?それ、金や地位が欲しいんだろ?だったらやるから見逃してくれ…」
顔に刀を突き出された領主は死ぬ覚悟をして開き直ると、同時に生き残る僅かな可能性に賭け最後の提案をした。が…アトラは首を横に振る。
「……そんな物はいらない……父上と母上、それに仲間の仇だ!」
「うわ~~~!!!ズバァァ~~!!!」
領主の首を見事斬ったアトラ。そして、この戦いを最後まで見届けた残り僅かな命のクース。そのクースに向かってアトラが全力で走り駆け寄る。
「父上~!!!」
「アトラ……最後に教える。よく聞け……」
小さい微かな声で言うとアトラは黙ってクースの口に耳を寄せる。
「いいか……盗賊でもお金が無い所からは絶対に盗むな……それに悪い事をしてない人には手を出すな……困っている人には、手を差し伸べろ、いいな?」
残忍な戦いをしたアトラを見たクースが、今後を心配になり忠告をする。
「うぅぅ~……分かりました…グスン……父上……」
頷き涙を流しながら話を聞き続ける。
「あ~…アトラ……もっと一緒に居てお前の…成長する姿を……見たかった……」
「……父上…」
「今度からは…違う場所で…お前の成長を…見守るよ……だから……俺達の変わりに……世界を周り…立派に成長してくれ……産まれてきてくれて……ありがとう……我が息子よ…」
こうして、大盗賊、盗海旅団の大将クースが目を閉じ息を引き取ったのだった。
「父上ぇぇ~!!!」
父の最後を看取ったアトラは、天を向き大声で泣き続ける。雨混じりの涙を流しながら……しかしまだ子供のアトラは、この悲劇を受け止めきれず……そして、人の心を失った………
「…チュン……チュン…」
そして、雀の泣く声が聞こえる翌朝……雨が止んだ盗海旅団の野営…そこには仲間の死体を埋めるため、穴を掘っているアトラの姿があった。そして、穴を堀続けていると背後から声が聞こえた。
「あ~……アトラ様」
アトラが振り向くとそこには大婆の姿があった。
「大婆……大婆~!!」
大婆の元に駆け寄り抱きつい泣きじゃくるアトラ。
「大婆……無事でよかった……でも皆死んじゃったよぉ~……うぅぅ~……グスン」
「気を失って……ずっと倒れておりました……」
泣きじゃくるアトラの頭を優しく撫でる大婆。
「さて、皆を弔ってあげないと……私も手伝いますぞえ」
大婆が辛い気持ちを抑えながら気丈に振る舞う。
「……グスン…うん……」
そして、二人で穴を堀り、仲間達の遺体をどんどん埋めていく。そして、最後、クース、シキ、ムサシの遺体を残しアトラが大婆に言う。
「大婆、この三人は……大きな木の下に埋めてもいい?」
「勿論じゃ」
大婆が大きく頷き、二人で大きな木の下に三人を埋め、二人で手を合わせた。そして、手を合わせ終わった大婆が心配な表情でアトラに尋ねる。
「アトラ様…この後どうするんじゃ」
するとアトラは空を見ながら、大婆の問いに真剣な表情で言う。
「……世界を周る。旅をして大きくなれと父上が最後に言ってくれたので……大婆も一緒に旅をしてくれないか?」
その言葉を聞いた大婆は首を横に振る。
「私はここに残ります。残り少ない命……尽きるまでここで墓守り続けます」
「そうか……分かった」
大婆の言葉に少し寂しい表情になるアトラだが力強い言葉をかける。
「大婆……必ずここに帰ってくる。だからそれまで死なないで」
「ホッホッ、成長した姿、楽しみにしてますぞ」
「それでは、父上、母上、お師匠、それに大婆……行ってきます」
「アトラ様……いってらっしゃい」
アトラが振り返り歩き出し、それを大婆が笑顔で言い見送る。が、お互い目には涙を浮かべていた。
こうしてここから、アトラの大冒険が始まるのであった。