第4話 裏切り
空が厚い雲に覆われ、月が全く見えず、今にも雨が降りそうな夜。各自出発の準備を終え、明日の朝に備える盗海旅団の静かな野営。その中の一際立派なテントで、アトラ一家は平和に晩飯を食べていたのである。
「母上、おかわり~!!」
「はい、はい。よく噛んで食べなさい」
食欲旺盛なアトラは今日も元気よくご飯をモリモリ食べていた。
「アトラは毎晩毎晩、本当に気持ちよく食べるわね。作った甲斐があって母さん嬉しいわ」
シキが嬉しそうな優しい表情になりながら、ご飯をアトラの前に置くと、その料理を見てアトラは目を輝かせながらクースに声をかけた。
「母上の料理が美味しいんです。そうだ!父上お願いがあるんですけど」
「ん?どうした?」
クースがアトラの方を振り返る。するとそこには、口いっぱいにご飯を詰め込み頬を丸くするアトラが何かを喋っていた。
「ん~モグモグん~」
「アトラ……何を言っているのか全く分からないぞ。ちゃんと飲み込んでから喋ってくれ」
呆れるクース…だがそれでも我が子。可愛いと思いながら笑顔になりアトラの話を聞く。
「ゴクリ……父上、明日の朝帰ってくるので最後の夜は、あの大きな木の上で過ごしてもよろしいですか?」
昼寝をしたり、最後の稽古をしたり、友達とよく遊んだ思い出の木 。大きな木。アトラにとって本当に本当に、色々な思い出が詰まった大きな木。最後はその大きな木で一夜を過ごしたかったのだ。
「雨が降りそうだけど……大丈夫か?」
今夜の雲行きが怪しかったので、クースが心配になる。がしかし笑顔でアトラがハッキリと答える。
「大丈夫です。大きな葉っぱが雨を凌いでくれるので」
そう、アトラの言っている大きな木は葉っぱもとてつもなく大きかったのだ。
「……分かった。その代わりちゃんと朝帰ってくるんだよ」
「やったー!!」
両手を上げ嬉しがるアトラ。そして、クースが渋々納得をする横でシキが心配そうに無言でアトラを見つめている。するとそんなシキの表情を見たアトラは元気よく答えた。
「母上、大丈夫です。朝ちゃんと帰ってきますから」
そしてアトラは、物凄い勢いで残りのご飯を一気に頬張り食べ尽した。
「ごちそうさまでした。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
父と母に見送られ暗闇の中、これまた物凄い速さで大きな木に向かい走り出した。そして、あっという間に着き、大きな木に触れてアトラが言う。
「今日でお別れだ。色々な思い出をありがとう」
そう言うとアトラは、いつも昼寝している場所まで登り深い深い眠りについた。……四時間後……場所が変わり、皆が寝静まる静かな盗海旅団の野営。そこに突然無数の火矢が襲い掛かった。
「敵襲ー!敵襲ー!」
真っ先に気付いた仲間の叫び声で、クースが愛刀を手に持ち、慌ててテントから出ると、そこには真っ赤に燃え広がる無数のテントが…そして前方からムサシが手ぶらで慌ててこちらに走ってきた。
「大将、ご無事で!!」
「敵の数は!?」
「はっ!この暗闇で人数までは分かりません。ですが…囲まれてます。火矢が四方八方から飛んできます」
それを聞いたクースは、その場で皆に聞こえるように大声を上げる。
「皆ー!今すぐテントから出ろー!焼け死ぬぞー!それと武器を取れ!!応戦だ!!!」
その言葉を聞いた仲間達がテントから続々と出てくる。そしてその言葉を聞き、勿論シキも出てきた。しかしシキの表情は、今にも泣きそうな表情で言葉は震えていた。
「アトラは……大丈夫なんでしょうか?」
そんなシキの状態を見たクースは、安心させるため、笑顔に優しく答える。
「今1番安全な場所にいるのはアトラだ。だからこれを乗り越えた後、一緒に迎えに行こうな」
クースの言葉にシキが静かに頷く。…が…今度は遠くから、仲間の大声と共に叫びが聞こえる。
「ぶっ…武器が1つもありません!!ぎゃぁぁ~~!!」
「なんだと!?……ムサシ、俺のテントから武器を持て!!仲間達を助けるぞ!!!」
「御意!!」
刀、剣を持ったクースとムサシが仲間達を助け回る。がしかし所詮は二人。この野営を囲まれ、武器を持った敵の数に圧倒され次々と仲間達が火矢に打ち抜かれ、そして無惨にも斬られ倒れていく。しかしそんな不利な状況下でも、武器を持ったクースとムサシの強さは際立っていた。少しずつではあるが、敵の数が減っていったのだ。
「ハァ、ハァ……あと少し……なのか?」
何度も、何度も、敵を倒し続け疲労困憊になるクースが重い顔を上げる。そして視線の先には更に絶望的な光景がそこにはあった。剣を持った多くの敵の数……その数約20人。そしてその中央には、見たことのある顔が……そうイスタードの領主である。するとその領主が顔を真っ赤にしながら怒り狂った顔で皆の前へと一歩出る。
「盗賊風情が……散々こけにしやがって。のう、ノイル」
その言葉の後に領主の背後からゆっくりと、クースの右腕ノイルが出てきて領主の隣に立ち、薄気味悪い笑みを浮かべた。そして、その姿を見てクースが激昂を上げる。
「ノイルー!!!貴様裏切ったな!!!」
クースの怒鳴り声に首を横に振りながら答えるノイル。
「裏切る?大将、甘いな。俺はただ領主から地位と相応の報酬を提示してもらっただけ。それにまだ死にたくねーんだ」
「死ぬ?俺らが武器を取って応戦すれば勝てる相手だろ。現に幾度も押し入って負けなかっただろ……まさか……武器が無くなったのはお前の仕業か?」
クースの言葉にノイルが不敵な笑みを浮かべて答えた。
「へッへ、ご名答。少しでも戦力を削りたかったからさ……盗んでやったよ。でもさすがに大将の寝床には忍び込めなかったけどな」
裏切られ、武器を盗られたのは分かったが、一つだけノイルが言い放った言葉の意味が分からないクース。それは、この盗海旅団が領主の館に幾度も押し入って一度も負けたことなかったのだ。それなのに何故、死にたくないと言ったのか…だ。するとクースの背後でムサシの声と倒れる音がした。
「ガハ……大将……すいません……バタン……」
クースが慌てて後方を振り向く。するとそこには、二メートルを越える鬼人が……そして右手に剣を、左手にシキを掴んで立っていた。その絶望的な光景にノイルが死にたくないと言った言葉に納得した。
「クッ……鬼人を雇っていたか……」
クースが小声で言い次は大きな声でハッキリと叫ぶ。
「シキを放せー!」
その叫び声を聞いて鬼人が素直にシキを放す。
「あなた~!!」
そしてシキが震える声で叫び、クースの方に走り出したその瞬間、鬼人が片手に持っていた剣を両腕に持ち直しシキに向かって思い切り振り下ろした。真っ二つになるシキ……それを見て膝をついて泣き叫ぶクース。
「うわあ~~!!」
「へッへ。だから言ったでしょ?大将。死にたくないって。うちら人間がこの世界じゃ1番弱いんですよ。モンスターにだって勝てない事があるじゃないですか。ましてや相手は鬼人でしょ?それは無理ってもんですよ。へへ」
不適な笑みを浮かべながらノイルが言うが今のクースには全く聞こえてこなかったのだ。
「人間よ。泣き喚いてないで掛かってこい。……そうか……では、来ないならこちらからの行くぞ」
鬼人がゆっくりとクースの方へ歩き出した。そして、目の前に着くと両手で剣を持ち高々と上げそのまま一気に振り下ろした。
「キィィィ~~~~ン!」
剣と刀が物凄い甲高い音をたててぶつかり合う。クースがギリギリのところで受け止めたのだ。しかし、鬼神の力は凄まじく、受け止めたはずの腕がその衝撃で痺れた。
「ほ~受け止めたか」
余裕の表情で感心し、クースを見下ろす鬼人。するとその様子を見ていた領主が怒り出した。
「鬼人オーガ!何を遊んでいる。そいつで最後だ。さっさと片付けろ。お前を雇うのにいくら出したと思っているんだ」
その言葉を聞いたノイルが直ぐ様否定をする。
「いや、領主。後もう一人います。大将の息子が……」
「ふんッ!子供一人じゃ相手にならんだろ。おいオーガ、さっさとそいつを殺せ」
そして鬼人オーガがまた両腕を上げ剣を思い切り振り下ろした。
「キィィィ~~~ン!」
二回目の攻撃も、かろうじて受け止めたクース。そしてしびれた腕を庇い後方に飛び間合いを取る。
「仲間達の為にも……一矢報わないとな。それにアトラに恥ずかしい戦いをしたら示しがつかないな」
クースが覚悟を決め鬼人を睨み付けると、物凄いスピードで斬りかかった。
「キィーーン!」
「キィーーン!」
………場所が変わり……ここは大きな木。野営が大変な事になっていることに気付いてないアトラが心地のいい風の中、木の上で爆睡ていた。
「ス~スヤ~………ん?……何か……焦げ臭いぞ」
野営のテントが焼けて焦げた臭いが、風に乗りアトラの鼻に入った。そして重いまぶたを擦りながらその臭いがする方向を見るアトラ。
「ん?……えッ……野営が……」
アトラの視界に入ったのは燃え盛る野営だった。その燃え盛る野営を見たアトラは急いで大きな木を降り、全力で燃え盛る野営に向かい走り始めた。すると……
「ポツン、ポツン、ザーザー」
天が泣くが如く、本格的に雨が降りだし、その雨が燃え盛る野営を鎮火し始める。そして、雨でびしょびしょに濡れたアトラが野営に着くと信じられない絶望的な光景があった。それは、雨で鎮火したボロボロのテント……死んでいる仲間達……真っ二つになった母親シキ……両腕を切り落とされ倒れている父親クースと輝きを失った妖刀草薙……そして、盗賊の殲滅を終えて町に帰る領主達の後ろ姿があった……
「母上~!父上~!うわ~~~ん!!!」