第2話 始まりの大きな木
時刻はお昼を過ぎた頃の大盗賊、盗海旅団の野営。今日はそよ風が心地よい絶好のお昼寝日和。
「アトラ様~、アトラ様~」
そんな昼下がり、大婆の声が静かな野営に響き渡る。何故なら何処を探してもアトラの姿が見当たらなかったからだ。すると大婆の視界に遊んでいる数少ない子供達がいた。
「あー、大婆様だ。こんにちは。こんなところで何をしてるんですか?」
「お~、こんにちは。アトラ様を探してるんだけど…何処いにるか分かるかえ?」
子供達が首を傾げお互いの顔を見つめ合う。
「アトラは、今日大婆と勉強だからって言ってたから遊ぶ約束してないよ。だから何処に居るか分からない」
「……そうかえ。遊んでるのに邪魔して悪かったね~」
「じゃあね、大婆様」
そしてまた野営の中を探し回る。すると今度は
目の前に大将クースとムサシが二人きりで雑談をしていた。
「クース様アトラ様が見当たらんのじゃが何処に居るかご存知ですか?」
クースとムサシが目を合わせる。
「ダハハ、またアトラはサボってるのか?」
「若は、多分また何処かの木の上で昼寝をしてるんですよ。きっと。ハハ」
まるで他人事のように笑い合う二人を見て怒り始めた大婆。
「クース様、笑い事じゃありません。読み書きと古代文字をやっと覚えたところで、まだ魔法の事、この世界の種族の事色々教えることがあるのですぞ」
「それは笑ってすまぬな。大婆よ。ところでムサシの方はどうだ?稽古はちゃんとやってるのか?」
「怖れながら申します。若様にはもう教えることがありません。才能なんですかね?のみ込みが早くて……それに、立ち会い稽古でも、丁度半年前位からですかね…こちらの攻撃が、全く、当たらなくなったのは……若様のスピードは、異常、です。それに最後はわざと負けている風に感じていますよ」
「…なるほど……」
クースが静かに真剣な表情で二人の言葉を聞き、頷ききながら喋る。
「うんうん!二人とも長い間、息子に色々と教えてくれてありがとう。今日、俺との立ち会い稽古を最後にアトラの勉強、稽古を終わりとする」
その言葉を聞いてムサシは納得したが大婆は少し不満な顔をしながら言う。
「クース様…まだ教えが…」
「大婆、言いたいことは分かる。でも後は任せてくれ。その代わり二人にはアトラとの立ち会いを見届けてほしい」
「も~しょうがないですね」
「まぁまぁ、大婆様。大将がそう言ってるんだ。見届けてあげようじゃないか」
大婆が渋々納得をし、ムサシは快く了解した。
「二人ともありがとう。じゃあ心当たりのある大きな木にでも行って起こすか」
そしてクースが自分のテントに戻り自分の愛刀とアトラに渡す真剣を持ち野営の外にある一際大きな木に向かう。
「アトラ様~」
そして、大きな木の下に着いた三人はここでアトラの名前を叫んだ。
「んっん~~はぁ~~」
大婆の大きな声でアトラが目を覚ましてあくびをしながら下の方を向く。
「ん~……げっ…大婆に師匠……それに父上も」
アトラが慌てて木から下りる。
「よく寝れましたかえ?アトラ様?」
嫌味たっぷりに大婆が言う。
「ハハハ……はい。それにしてもどうしたんですか?父上まで。……もしかして怒りに来たんですか?」
アトラが目を細目、恐る恐る聞くとクースが険しい顔でアトラの元に寄る。
「アトラ、これを持て」
クースがアトラに真剣を渡した。
「ん?これは?」
「今から俺と立ち会いをしてもらう。それを最後の勉強と稽古にする。アトラ、いいか?俺との立ち会いで色々学べよ。俺は強いからな!」
クースが不適な笑みを浮かべアトラに告げる。
「はい!!分かりました。父上から色々と学ばせてもらいます」
力強く頷き渡された剣を持つアトラ。
「それじゃあムサシの合図で始めるとするか。アトラ、剣を抜け」
アトラが小さく頷き剣を抜き、それを見たクースも刀を抜いた。するとクースの抜いた刀の刀身が真っ赤に光輝き始めた。そして、その刀を見たアトラが驚いた表情でクースに尋ねる。
「ちょっと待った。父上、何ですか?その刀は?」
「ん?興味があるか?アトラ?だったら勝ってみよ。そしたら教えてあげる」
「分かりました。勝てるか分からないけど全力でやらせてもらいます」
アトラが構え始め、クースがそれを見てどこからでもかかってこいと言わんばかりの仁王立ちをし、ムサシがそれを見て大きな声で合図を出した。
「初め!!」
合図をした瞬間、クースに向かって物凄いスピードで突進をするアトラは、その勢いのまま一気に剣を振り下ろす。
「キーン」
剣と刀がぶつかる刀音が辺りに響き渡る。そしてアトラが右に左にと揺さぶりながら振り下ろし続ける。
「キーン、キーン、キーン」
「アトラ、良い太刀筋だ。次はこちらから行くぞ」
クースが真っ赤に輝く刀身を思い切り振り下ろす。
「キィィィ~~~ン!!!」
「クッッ。なんて力だ」
鍔迫り合いになるが、所詮大人と子供、力の差が歴然なのでそのままアトラが後方に吹き飛んだ。が、身軽なアトラは倒れる事はなく、そのまま宙返りをし着地した。
「父上、力の差がありすぎるので本気を出しますね」
「お~、大口でないことを祈る。さぁ来い」
アトラが構え今度はクースも構える。それを見守る大婆とムサシ。
「アトラ様があのような大口を…」
「大婆、心配か?」
「それはそうですよ。相手はクース様じゃぞ」
「ハハハ、確かにな。でも日々立ち会いをしていた俺が保証する。若は強いぞ。それに気になる」
「気になるとは?」
「いや、さっきも言った通り、わざと負けていたのか……これではっきりする」
そして構え続ける両者。先に仕掛けたのは今度はクース。物凄い勢いで距離を縮め刀を振り下ろす……が……サッと紙一重で交わしたアトラ。しかしクースの攻撃は凄まじく、止まることがなかった。次から次へと刀を振り下ろす…だが
クースの攻撃が紙一重で全く当たらない。そして次の瞬間、いきなり目の前に現れたアトラが剣を振り下ろした。
「ズシャャーーー!!!」
なんと、アトラがクースが着ている服だけを切ったのだ!!
「そこまで!!」
それを見たムサシが急いで止めた。決着がついたのである。なんとアトラが勝ったのだ。
「ハハ、負けたか。俺を負かすかね。な~アトラ……いや~、参った参った」
「父上、ありがとうございました。これでもう勉強と稽古をしなくてもいいんですね?」
「今までよく頑張ったな。これで卒業だ」
アトラの頭を優しく笑顔で撫でるクース。
こうして、大きな木の下でクースとの立ち会い稽古を終え、何年も続いたアトラの勉強と修行が終わったのであった。