第11話 氷の国、ニブル王国
ここは雪と氷の国ニブル王国。その貴族、ガーン邸での事。三階の窓から外を眺め、背が高く長い黒髪の男、この男こそ貴族ガーンである。そのガーンに向かって慌てて部屋に入り報告する側近の護衛兵。
「ガーン様!大変です!!!」
「慌ただしいですね……どうしました?」
「ゴブリンが待ち合わせの時間に来ませんでした…これでは10日後のオークションに間に合いません!!」
慌ただしい側近とは反対に落ちついた表情で報告を聞いたガーンは優しい口調で宥めるように言う。
「所詮はモンスター。信用など端からしていません……それに今回は上玉が、二人も、います。気に病む事ではありません」
「はッッ!分かりました!!……あっ、それと5日後から新しい護衛が1人加わる予定であります」
……場所が変わり……ニブル王国にある隠れ地下牢
ジメジメとした暗い空間にロウソクの灯火が辺りを照らしている。そして、ここには色々な人種が連れて来られ、牢へと閉じ込められていた。そんな数ある牢の中、一番大きい牢の中に閉じ込められている男女の姿があった。
「ガチャガチャ!」
手に繋がれた鎖を外そうと、もがく身なりのいい女性。すると、それを見た男性が、静かな声で喋りかけた。
「お嬢さん……無駄な事はやめな…ここに連れてこられた以上、自由に生きることを諦めるこった」
もがく女性の隣で同じく鎖に繋がれた、背の低い、それでいて体格がいいドワーフがその女性に話しかけると、その女性が歯を食いしばり悔しそうな表情で答えた。
「私には帰らなくては行けない国があります。だから諦める事なんて出来ません!」
「……」
その言葉を聞き無言で前だけを見つめるドワーフ。
一方その頃のアトラ達は……のんきに川魚を焼いて美味しく食べていた。
「ん!?美味いッッ!!」
綺麗な川で育った魚の味は絶品であった。身がホクホクとしていて、少しだけ塩っ気があり、皮も香ばしい。そんな川魚を大量に取り、串に刺し、焚き火で沢山焼いていく。そして、口一杯に頬張り次から次へと食べ続けるアトラとゴブリン。
「モグモグ、頭、魚を捕まえるの上手いですね…モグモグ…ご馳走さまです」
そう、魔法クロノスで時を止め、魚を捕まえていたのでアトラにとっては簡単な作業だったのだ。
「モグモグ…そんな事より、ゴブリンに名前はあるの?」
「ありますよ!オイラには、モーブって名前があります!!」
「そうなんだ。ねぇ~モーブ、ニブル王国までどのくらいで着くの?」
「ここからだと…10日位で着きます」
そして大量の魚を平らげ北に向かって歩き続けたアトラとモーブ。
「う~……寒い…」
北に進むにつれて徐々に寒くなり次第に辺り一面、雪景色と変わっていった。そして…10日後の昼下がり…寒さで身震いをし、息が白くなる。そして、アトラにとってこれまで見たこともないような大きな街が現れた。その街並みは、屋根の上には雪がギッシリと積もる立派な家並み、暖かい格好をしながら街の中を平和に歩く人々、その街の真ん中には、寒さで凍ってしまっている大きな噴水と広場、そして、一番奥の方には雪で作られたかのような、真っ白い色をしたお城が建っている。そうニブル王国に到着したのだった。寒さで震えながら街中に入る二人。
「モーブ、ガーンの家まで案内をして」
「……頭…すいません。家までは知りません…」
「…えっ!?」
「…えっ!?」
お互い顔を見合せる…そして、仕方なく街中をブラブラと歩き回り探すことに…そして1時間後…遂に…寒さの限界を超えたアトラが震える声でモーブに言う。
「う~~、寒過ぎる…先に暖かい上着を買おう」
「それならさっき服屋を見かけました。そこに行きましょう」
来た道をまた戻り、しばらく歩くとゴブリンが見かけた服屋に到着した。
「ガチャ」
服屋の扉を開けるとバチバチと薪が燃え盛り、来るお客様を暖かく迎え入れる。
「いらっしゃい!…ん?子供?」
レジの横で優しそうな店主がアトラ達を見つめる。
「おじさん、少し服を見てもいい?」
「あ~、いいよ!」
暖を取るがてら、ゆっくりときれいに並べられた服を二人で見始める。すると服屋の扉がまた開いた。
「ガチャ」
「いらっしゃい!」
「う~寒ッッ!」
今度は大柄な男と背の高い老人が寒さで震えながら入ってきて、何やらボソボソと小声で会話をしている。
「南の国の俺等には北国の寒さは堪えるな」
「さようで…ですが私達には大事な目的が…」
「爺よ、分かっている。さっさと買ってオークション会場に向かうか」
「……夜の22時からですぞ?」
「それも分かっている。下見だ下見。いざ場所が分からなくなったら、取り返しがつかないからな」
「ふむ。なるほど」
この会話は店主、アトラには全く聞こえていなかったが、ゴブリンのモーブは人よりも臭覚、聴覚が優れているのでハッキリと聞こえていた。そして、その二人の会話を聞いたモーブが小声でアトラに話しかけた。
「頭…早く服を買って店を出ましょう」
「モーブ、いきなりどうしたの?」
「さっき店に入ってきた二人組…恐らくですがガーンの開催するオークション会場に向かいます」
「え!?オークション?と言う事は…ザクセン村のような囚われた人達がいるって事?」
「はい!そう考えるのが正しいかと」
モーブの言葉でアトラの顔が険しくなる。
「助けなきゃ!」
「はい!なので頭、早くここを出て後をつけましょう」
「うん!」
そして、服を買い外へと出たアトラとモーブは、その服屋の壁に隠れ二人が出てくるのを静かに待った。するとようやく、買い物が終わった二人が店から出てきた。
「頭、出て来ましたよ。後を付けましょう」
そして、見失なわないように、二人との距離を少しだけ保ちながら後を付け歩き始けていると、二人が急に立ち止まった。その視線の先には地下へと続く薄暗い階段。その階段を見た二人が顔を合わせ階段を降り始め、消えていった。そして、階段から戻ってくるのを待つアトラとモーブ。だがいくら待っても全然戻ってくる気配がない。するとここで遂に痺れを切らしたアトラ。
「ちょっと確認してくるから待ってて」
「えっ!?ちょっ……」
その瞬間、魔法クロノスを発動させ二人が降りていった階段を進むアトラ。すると突き当たりに大きな扉。そしてその扉の前には、大男と二人が何やら話をしているかのように立っていた。しかし……ただそれだけ。本当にそれだけで看板も何も無い。なのでここでオークションが行われているかの確認の仕様がない……仕方なくアトラは、その場を離れモーブの元に戻り時を動かした。
「えっ!?ちょっと頭?確認て何をするつもりなんですか??」
「もう確認してきたよ。でも分からなかった…」
「えっ!?……えっ!?」
困惑しているモーブの前でアトラはこの後どうするか考え始めた。
「ん~~……はッッ!!」
何かを思い付いたアトラは笑顔でモーブの肩に手を乗せた。
「考えるのやめた。直接聞こう!!」
そう、このアトラ……何も思い付いてはいなかった。
「はぁ~…頭…確かにその方が早いですが…」
もう他に良い案が思い付かなかったモーブは、ため息をしながらアトラに従い、二人が階段から戻ってくるのを再び待つ事にした。そして、しばらく待っているとようやく二人が階段を上がってきてアトラ達の前に現れた。その姿を見たアトラが慌てて後方から近づき声をかける。
「ね~、おじさん」
「ん??……子供??どうしたの?」
「ここの階段から出てきたけど…ここには何があるの??」
仮面の下のモーブの口が驚きで塞がらない…それもそのはず、アトラの無邪気でド直球な質問が炸裂したからである。しかしこのアトラの行動は理にかなっていた。この質問をする事によりガーンの仲間か、はたまた被害者かが分かるからだ。そして、このアトラの質問に少しの疑いもなく、さらっと返答する大柄な男。
「ん?ここにはね、お店があるの。大事なもの、が盗まれちゃってね…ここでそれを買わなくちゃいけないんだ」
そして、一方の背の高い老人は……アトラを見て笑顔になっていた。
「可愛い子供じゃの~。ちょうど孫と同じぐらいかのぉ~」
この3人の不思議な様子を少しだけ冷めた様子で見つめるモーブだったが、無警戒の二人を見て、この人達は悪い人達ではないと感じた。
「……この二人…よく無事で南の国からここまで来られたな……」
心の中で深くそう思ったモーブであった。しかし……三人のまだ不思議な会話が続く…真か
「本当に可愛いのぉ~。何か買ってやりたいけど手持ちが少なくての~」
「そうそう!来る途中の村でお守りを買ってな!!それが高くてな!!ダハハハ」
そして大柄な男がお守りを手に取りアトラ達に見せると、モーブが苦笑いを始めた。。
「これは……素晴らしいお守りですね…ははは」
「だろう!!これを見せられた瞬間すぐに買ってしまったわ!!ダハハハ!!」
自慢気に見せてきたお守りをもう一度よく確認するモーブ。
「……これはただの石……なんて絶対に言えない…」
心の中でそう誓ったモーブであった。
「そうそう、まだ時間があるから君達!ここの街を案内してよ!」
お守りを大切にポケットに仕舞うと大柄な男がアトラに手を差し伸べお願いした。しかしアトラ達もここに来たばかりで何も分からない……
「俺達も今日この街に来たばかりだから……」
「そうか!なら旅は道連れって事でおじさん達とこの街を見て回らないか?」
「うん!」
「えっ!?ちょ、頭…」
何でこうなってしまったか分からずにいるモーブ。しかし三人がどんどんと歩き始めてしまったので、仕方なく付いていく事に。そして四人で街をあちこち周り始めた。暖かいスープを飲んだり、大きな凍っている噴水で滑ってみたり、広場で雪合戦をしたり……そこには久し振りに心から笑顔になっている無邪気なアトラとその笑顔があった。そしてアトラのそんな姿を見れたモーブは、ホッとし、後ろから静かに見守った。しかしそんな楽しい時間は過ぎるのも早かった。あっという間に日が沈みかけ、夕方になると四人は、最後の目的地、教会へと歩き始めた。
「最後に教会でこの国の神のご加護を受けよう」
大柄な男がそう言いとアトラも寂しげな表情になりながら、その後ろをとぼとぼと歩き始めた。
「ここだ!」
目的地に到着すると、そこには立派な大きな教会と、その隣には氷で出来た美しい女性の彫刻が建っていた。
「この女性の彫刻がこの国の神様、氷神シヴァだよ。さっ、中に入ろうか」
そして、教会の扉を開けるとそこには司祭が立っていた。
「おや?どうなされましたか?」
「シヴァ神のご加護をお受けしたくて来ました」
「かしこまりました。では、横にならんで手を前に出してください」
四人が横に並び司祭が一人一人の手の上で幣を振り始めた。
「シヴァ神のご加護がありますように」
そして司祭に深々と頭を下げ教会を後にする。
「さてと…じゃあそろそろ日が暮れるから君達ともお別れだ。最後に名前を聞いてもいいかな?」
「俺はアトラ、こっちがモーブ。おじさん達は?」
「俺はクレオ、こっちがプトレイ」
「分かった。じゃあね、クレオおじさんにプトレイおじいちゃん」
「おう!アトラ達も元気でな」
お互い手を振りながら別れを惜しみ別々の道を進みだした。
「モーブ…楽しかったね。久し振りに遊んだよ」
アトラの表情は笑顔でも、その言葉は少しだけ弱く寂しげであった。そして、日が沈み完全に夜になると更に気温が下がり、寒さが二人を襲った。しかしこのニブル王国、夜の景色の方が幻想的であった。それは街の多くに街灯が設置され、その光が周辺にある氷を照らし、美しく氷が光輝いているからだ。そして、22時……囚われている人々を解放するためオークション会場へと続く階段の前に到着したアトラとモーブ。
「ガーンの悪さをここで止めよう」
「はい、これ以上被害を出させない為に…やりましょう」
こうして拳を握り軽くぶつけ合い、地下へと繋がる階段を見つめる二人の姿があった。