第10話 ザクセン村
薄暗い大森林ミュルクヴィズを抜けた一同は久し振りの日光を浴びたせいか視界が真っ白になる。
「うッッ……眩しッッ」
アトラが目の上に手をかざして言う……そして、徐々に目が慣れていき、目の前の景色が視界に入った。そこには大草原が広がり、その先には大きな川が流れていたのだった。その川の水は凄く澄んでいて元気よく魚が泳いでいる。すると月花がその川の方を指差しアトラに言う。
「あの川を北に沿って上っていけばザクセン村よ!さっ行きましょう!」
そして、一同は川に沿って北に歩き出した。ただ一人を除いて……そうゴブリンである。歩みを止めたゴブリンが皆に言う。
「オイラはここまで……人の村には入れないので…子供達を頼みます」
深々と頭を下げたゴブリン。それもそのはず、モンスターは人間にとって差別され、驚異の存在…一歩街、村に入れば無差別に攻撃される。なので此処でお別れを告げるゴブリン。しかしアトラはゴブリンの元に歩み寄り手を掴んだ。
「一緒に行こう!!」
アトラの一言を聞き、今度は一人の子供がもう片方の手を握り、力強く引っ張る。
「ゴブリンさんは悪くないわ。だから一緒に行くの!!」
「……分かりました…」
村に入ると、どの様な仕打ちを受けるか知っているゴブリンが渋々行く事を承諾したのだった。そして、しばらく川に沿って歩いていると目的地の村、ザクセン村に到着した。このザクセン村の村並は、ポツンポツンとボロボロの家が建ち並ぶ比較的小さい村。しかしその中央には、この村とは思えないほどの大きくて立派な教会が建っていた。そして、月花がその教会に向かって指を指した。
「ん~……とりあえずあの教会に行きましょうかう!」
「うん。分かった!」
頷くアトラ。すると、教会を歩くアトラ達に向かって、案の定、大きな声が遠くから聞こえてきた。
「ゴブリンだァァーーーーー!!!!」
「皆武器を取れー!子供達を助けるぞー!」
「……」
こうなる事を分かっていた…この世界の人間の反応はこれが普通なのだ。そんな事は分かってはいたが、やはり辛い、切ない……そんな気持ちのゴブリンは、寂しげな表情をして黙って下を向いた。すると次の瞬間、風を切る音と共に鋭い矢がゴブリン目掛けて飛んできた!
「シュューーーーー!!」
飛んできた矢にやっと気付いたゴブリン。だが時既に遅し……目の前に矢が……
「止まれッッ!!」
間一髪の所でアトラの魔法クロノスが発動し、矢がゴブリンの目の前で止まる。するとアトラは空中で止まっている矢に近付き草薙を振るった。
「ズバァッッ!!」
時を戻し真っ二つになる矢がゴブリンの目の前で地面に落ちた。
「……えッ……!?」
この状況を理解するのに少しだけ時間がかかったゴブリン。
「……人間がオイラを…モンスターを…守った!?…」
戸惑っているゴブリンの横で草薙を鞘に入れると今度は子供達が、ゴブリンの回りに立ち手を広げ取り囲んだ。
「ダメーー!!」
大声で身を盾にする子供達。すると目の前にボロボロの武装をしている村人達が続々と目の前に現れると、一人の白髪頭の老人が手を震わしながら武器を握って前に出てきた。
「子供達を洗脳し盾にして……許さんぞ!」
武器を握る手に力が入る。
「かかれーー!!」
「ちょっとお待ちを!!!」
白髪頭の老人の掛け声と同時に教会から司祭と巫女が出て来て、今にもゴブリンに襲い掛かろうとする村人達を大声で止めた。そして、司祭が白髪の老人に語りかける。
「村長、子供達が操られてる感じがしないです。それにあのゴブリンからは邪悪な気配を何故か感じません。……でも……」
神父がアトラを見つめ言葉を詰まらせる。
「……嫌、何でもありません……」
喉から出かかった言葉を呑み込む司祭。そして、その言葉を聞いた村長、村人達が武器を下ろし、それを見た月花は村長に報告する。
「私はこの村から依頼された忍村の者よ。子供達を無事に救出してきたわ!」
「しかし……そのゴブリンは?」
それでも半信半疑な村長。しかし今度は子供達村長に言う。
「お兄ちゃんにお姉ちゃん、それにこのゴブリンさんに助けてもらったの!」
「…なんと……真か!?」
「うん!だからゴブリンさんを傷つけないで」
子供達の言葉を聞き唸りながらしばらくゴブリンを見つめる村長。そして答えを出した。
「う~む…………分かりました。皆の者、武器を下げなさい!!」
なんとこの村長……ゴブリンを信用したのだ。すると、村長の言葉で村人達が続々と武器を下げた。
「子供達を救ってくれてありがとう。それにゴブリンさん…無礼を働いて申し訳ない」
深々と頭を下げる村長。それに対して笑顔で対応するゴブリン。
「村長さん、頭を上げてください。誤解がとけた……それだけでオイラは充分です」
そして、子供達を見て続けて喋るゴブリン。
「さっ、もう心配ないよ。…早く親の元へお帰り」
「うん。ゴブリンさん達ありがとう!!」
子供達にお礼を言われると、満面の笑みになったゴブリン。手を振りながら子供達を見送ると武装をしていた村人も続々と自分達の家へと帰って行った。すると、アトラ、月花、ゴブリンに向かって司祭が言葉を発した。
「それでは皆様、教会の方に付いてきてください。そこで詳しい話をお聞かせてください」
そして、司祭、巫女、村長の後を付いて行き教会の中に入る。この教会の中は、少し冷えた大きな部屋に無数の椅子が並べられ、一番奥には大きな十字架が飾られていた。そして、窓はと言うと、綺麗な模様のガラスが張られていて、その模様に日の光が射し込み、部屋全体が明るく照らされていた。初めて入る教会の光景に見とれ棒立ちになるアトラ。
「ちょっとアトラ。早く座りなさいよ!」
月花の言葉でハッと我に変えるアトラがその隣に座った。そして、月花が洞窟で起きた事を事細かく説明した。
「……そんな所に洞窟が……なるほど」
洞窟があることを知らなかった村長と司祭。頷きながら月花の話を聞き続けた。
「うむうむ……大変だったのですね…重ね重ね子供達を救ってくれてありがとうございました。ところで…ゴブリンさんにお聞きしたいのですが…」
一通りの話を聞き終わりると、ゴブリンに質問をする村長とそれに素直に答えたゴブリン。
「はい、何でしょう?」
「子供達をどうするつもりだったのですか?」
「……奴隷として売られる予定でした…オイラだけでは何も出来ず…申し訳ございません」
ゴブリンが頭を下げると今度は月花がゴブリンに質問をする。
「何処に?誰に売る予定だったの?」
「……それは…言えません…オイラがその方に消されてしまいます…」
申し訳なさそうに下を向き、口を紡ぐゴブリン。
しかし、そんなゴブリンを見てアトラが力強く言い放つ。
「大丈夫!俺が守ってあげるよ!!」
そのアトラの力強い言葉でゴブリンは何かを決心した。
「分かりました…ここから更に北に行くと氷の国ニブル王国があります。そこは女王を中心に五つの貴族がいて……その中の一人……貴族ガーン、この人に頼まれていました」
貴族ガーンの名前を聞いて驚く村長。
「なんと!?……あのガーン様が…まさか…」
そして、月花もその名前を思い出した。
「その名前聞いたことあるわ…地下組織を束ねて闇で色々な悪事を働いているって噂を…」
「それだけではございやせん……剣の腕も一流で魔法も得意としています……その辺のモンスターよりも強いのです」
このゴブリンの話を聞いて一同は沈黙する。それもそのはず、貴族を敵に回すとなれば下手をするとその国をも敵に回すことになってしまうからだ。
「……」
黙りこむ一同。しかしそんな中アトラだけは違った。
「ね~!悪い人なんでしょ?ならやっつけようよ!」
「あんたねー……簡単に言わないでよ!相手は貴族よ」
「だって…またその貴族は悪い事をするよ?子供達をまた拐うかもしれないよ!」
「……」
アトラが正論を言うと一同はまた沈黙する。何も言い返せなかったのだ。すると村長が月花にお願いをする。
「……また子供達を連れ去られても困る…引き続き調査をお願いしたい…この通り」
頭を下げる村長。しかし月花はそのお願いを聞き入れなかった。
「その調査は……忍長の許可が必要よ。一旦、忍村に帰って忍長に今回の報告と報酬を渡してから……その話をしてみるわ」
「…分かりました…少々お待ちを」
そして、村長が十字架の裏に歩いていき金貨が沢山入った小さな袋を持ってそれを月花に渡した。
「ズシッ」
「どうぞこれを……今回の件ありがとうございました。また忍長に引き続き調査の方をよろしくお伝えください」
袋を持った手に少しだけ重さを感じた月花。そして、その中身を確認する。
「確かに……でも追加調査の件は忍長に伝えるけど…期待はしないで」
「…分かりました。後こちらの二人にも何かお礼を差し上げたいのですが…」
村長がアトラとゴブリンを見て何をお礼に渡そうか悩んでいると……アトラが立ち上がりなんと鞘から草薙を抜き村長の顔に突き付けた。
「俺は盗賊だ!お礼なんかいらない。その代わりこの村の金銀財宝を全部出せ!!」
「えっ!?」
村長、司祭、巫女が驚いて恐怖のあまり後退りをする。
「このおバカァァーーー!!」
「ゴッッツーーーン!!!」
月花の雷の如く凄まじい威力のげんこつがアトラに炸裂した!
「痛ってぇ~~~……何するんだ月花」
目に涙を少し滲ませながら、大きなたんこぶを擦り月花の方を見るアトラ。するとそこには、顔を赤くして激怒している表情の月花がいた。
「ガシッッ!」
アトラの首根っこを掴み頭を強引に下げさせ自分も謝る月花。
「ペコペコ」
「このおバカがどうもすいません……」
「ペコペコ」
謝り終わり大人しく草薙を鞘へとしまうアトラに対してまた怒鳴り付けた月花。
「ちょっとあんた!いきなり何してくれてるの?それにこの村に来る途中、子供達に何て言ったの?父上の教えで無いところから盗るなって教わったんでしょ!!どう見たってこんな質素な村にあるわけないでしょ!!!」
「……ハハハ……」
月花の言葉でその場は変な空気になり村長達は苦笑いをし、更に後退りをしたのであった……
「あ、あの、月花の姉さん……それの言葉も失礼かと…」
そして変な空気の中、何を渡そうか悩んでいる村長に対してゴブリンがお願いをする。
「村長さん、オイラには変装用に仮面と大きめな服を下さい」
「ん!?そんな物でいいのですか?」
するとゴブリンは急にアトラの方を向き片膝をついた!!
「はい。オイラはアトラの旦那……いや、アトラの頭に付いていきたいと思ってます。お供させてください!アトラの頭!」
通常この世界の人間とモンスターは敵対意識。モンスターを守る行為自体が常識外れなのである。なのでゴブリンは、矢から守ってくれた事、そしてアトラの守ると言った言葉でこの人に付いていきたいと決心していたのであった。
「うん、いいよ。最初の仲間だ!一緒に行こう!!」
笑顔で膝をつくゴブリンの手を取るアトラに対して月花が呆れ大きなため息をついた。
「はぁ~~…あんたって本当に変わっているわね……まぁお互いが良いならそれでいいわ」
そして、アトラには少量の金貨を、ゴブリンには変装用に仮面と大きめの服を渡した村長が再度お礼をする。
「今回は本当に子供達を救ってくれてありがとうございました…皆様の旅の無事を祈っています」
そして、ザクセン村を後にする一同。
「あんた達はこれからどうするのよ?」
「ん~、ニブル王国に行こうと思う。月花は?」
「私は忍村に帰るわ。忍長に報告しなくちゃいけないから……じゃあまたご縁があったら会いましょ!」
「うん!じゃあね月花!!」
こうしてアトラとゴブリンはニブル王国へ、そして、月花は故郷、忍村にそれぞれ向かうのであった。