第二十三話
「諸君、畿内を制していた三好長慶が死んだ」
「となると三好三人衆と松永久秀が結託して足利義輝を暗殺するのは史実通りになるでしょうな」
和将の言葉に近藤がそう言葉を続けた。
「義輝暗殺は1565年六月ですが……阻止しますか?」
「だが阻止して何になる? 最早足利将軍家の名声はないしそれを助けてどうする?」
一男一女が産まれてお犬と幸せな生活を送っている近藤が水姫之に視線を向けるが水姫之は直ぐに間違いを言う。
「いえ、言葉足らずでした。阻止する気配を見せるだけです」
「……では関白様の手前、動きだけをすると?」
「左様です。また、土地を寄進すると言って殿ではなく我等の誰かを上洛させるのです」
和将の問いに正信はそう答えた。
「……分かった。その時期になれば誰かを派遣しよう。だが、その前に近江を取るか」
「……松永久秀を牽制ですか?」
「あぁ、強いて言うなら朝倉への供えもな。それに京への足掛かりをも兼ねている」
「成る程。それに琵琶湖の水運もかなりの儲けを出していますね」
「ウム、それを我が陸戦隊がもぎ取る」
「ですが近江には六角と浅井がおりまする」
和将の言葉に丹羽長秀がそう具申する。まだ近江には六角と浅井がいたのだ。
「無論、撃ち破るまでよ。それと数正」
「ははッ」
和将に急に視線を向けられた石川数正が畏まる。
「御主にちと頼みがある」
「頼み……でございまするか?」
「うむ。紀伊の雑賀衆と根来衆を調略してきてほしい我が陸戦隊ーー及び日本軍の家臣にしたい」
「成る程、傭兵集団の雑賀と根来をですか?」
「うむ」
雑賀と根来は鉄砲を使用する傭兵集団である。特に雑賀孫一や杉谷善住坊等が有名であった。
「この二つの傭兵集団……特に雑賀衆を調略出来れば本願寺の勢力も削れる事になる」
「成る程」
「貴様の腕を頼りにしているぞ数正」
「……はは!! お任せ下さい」
数正はそう言って和将に頭を下げる。
「では近江へ攻め込む時期だが……」
「ならば義輝暗殺後にしてはどうでしょうか?」
そこへ半兵衛が口を挟んできた。半兵衛の言葉に和将は納得した表情をした。
「成る程。将軍亡き後なら攻めるのも容易い……か」
「はい。それに将軍義輝は毛利や大友、島津等の抗争の調停を積極的にして将軍の威信を知らしめさせています。遠いので攻撃は無いでしょうが口撃はあるでしょうから」
「……よし、近江への侵攻は義輝暗殺後とする。それまでは出陣の準備をするように」
『御意』
和将の決断に水姫之達は頭を下げるのであった。
「あ、隊長は姫達と子作りして下さい。一応向こうの家も待ってますから」
「……あぁ」
水姫之に何とも言えない表情でそう返す和将だった。なお、評定から三ヶ月後に勇姫、映姫はそれぞれ無事に懐妊するのであった。
そして1565年六月、第十三代将軍足利義輝の暗殺である『永禄の変』が発生した。
「報告!! 足利義輝、三好三人衆及び三好義継らによって討死されました!!」
「よし、直ちに前久様ら貴族の屋敷を警護せよ!!」
「御意ッ!!」
たまたま土地の寄進で京に上洛していた水姫之は供の兵にそう言って前久の屋敷を警護していた。しかし、三好義継、三好三人衆と松永久通らは義輝のみを狙っていたので前久ら貴族に用はなかった。
だが、水姫之の部隊は畏きところも警護していたため畏きところが葛城ーー引いては日本軍(陸戦隊)に興味を持ち始めた。
「ほぅ……葛城の血筋はかの葛城氏の血筋を引く人物也か……それに所属するという日ノ本軍か……」
「はは、ですが葛城本人も不明な点が多い事を仰っておりまする故話半分にしておくのが良いかと……」
そう呟く正親町天皇に前久はそう留めた。今、畏きところが和将に目を付ければ色々と困る。前久は何とか場をそらしたが畏きところが和将に目を付けたのであった。
そして京から水姫之が戻ったところで和将――陸戦隊は行動を開始した。
「浅井、六角に降伏を促す。降伏すれば領土安堵、拒否すれば……踏み潰すッ」
『御意』
和将は直ちに両家に降伏文書を手渡した。受け取った浅井家は降伏を拒絶した。
「葛城家なんぞに降伏等を断固拒否だ!! 朝倉と手を組めば葛城家など恐れるに足らず!!」
文書を読んだ前当主の浅井久政はそう激昂していた。しかも現当主の浅井長政を差し置いてだ。ちなみに本来、和将は日本軍所属なのだが大名達にしてみれば日本軍=日ノ本であったのでふざけるなという思いもあり葛城家と呼称していた。
「し、しかし父上、我等は北近江のみで葛城家は尾張、美濃を含めた五カ国の大大名ですぞ。それに刃向かえば浅井家は一堪りもありません」
「何じゃと!? 御主、臆病風に吹かれよって!!」
父親を諭そうとする長政だったが久政は更に激昂し長政に継がせた家督を自分に戻して長政を自身が一時幽閉された竹生島に逆幽閉させたのである。
家督を自分に戻した久政は越前国の大名、朝倉義景と同盟を結んだのである。しかし、南近江の六角氏は違っていた。
「葛城に降伏するのですか父上?」
「そうじゃ義治」
観音寺城で六角承禎は息子の義治と話していた。
「関白様から密かに書が来た……葛城の血筋は古代豪族葛城氏の血を引く人物じゃとな」
「ですが父上。それは本人もあまり分からないと公言しておりまする」
「甘いぞ義治。何故関白様が我等に書を寄越した?」
「……我等六角は近江源氏の血筋……でありますから?」
「それも正解に近いがの……用は無駄な死を防ぐためじゃろう」
「無駄な死を……ですか?」
「葛城の戦は連射を可能とする鉄砲を中心とした戦じゃ。むやみやたらに突撃してみろ、屍があちらこちらに地に伏せておるわい」
「……それで関白様は無駄な死をせねために我等に書を?」
「北畠もそれで助かったと見るべきかもしれぬ。義治、突撃して無駄死をするか頭を下げて六角の血筋を残して葛城の元で天下統一を夢見るか、どちらが良いと思う?」
「それは……」
承禎の言葉に義治は直ぐには口に出せなかった。しかし頭では分かっていた。
「義治。此処が六角の運命を決めるぞ?」
「……分かりました」
そして六角は和将に降伏をした事で和将は戦わずして南近江を降したのである。
「……まさか六角が頭を下げるとはな……」
「絶対に抵抗すると思っていたのですが………まぁ良しとしましょう。残るは北近江の浅井に狙いを定めるだけです」
和将の言葉に水姫之はそう促した。そして日本軍は約四万五千の兵力で近江へ侵攻を開始して佐和山城を目指すのである。
「浅井は出てくると思うか半兵衛?」
今回は水姫之は留守番となっているので和将は半兵衛に視線を向ける。それに対して半兵衛も口を開く。
「出てくるでしょう。佐和山城の城主は磯野員昌のはずです。勇猛果敢な人物ですので油断はなりませぬ」
「なら野砲や戦車の類いには驚かない……か」
「此処は磯野を誘き寄せて叩くのが上等かと」
「成る程、それでいこう。」
この時、佐和山城には増援で一万五千の兵力と雨森清貞と海北綱親がいた。
「籠城をするですと!? 籠城なぞしなくても奴等は一当てで逃げまする。奴等の大半は弱小の尾張の兵と聞いておりまする」
「左様。此処は討って出れば奴等は逃げて行くでしょう」
海北と雨森はそう言う。対して磯野は出陣に反対し結局は雨森と海北が一万の兵を率いて出陣するのであった。
が、雨森と海北は予想通りに敗北したのである。
「おのれ葛城め、これ程とは……」
海北は敗走しながら口惜しげにそう言った。一万の軍勢で陸戦隊に突撃をした浅井軍だったが、ドライゼ銃や長四斤山砲の前では鎧袖一触であった。更に一万の軍勢は本多忠勝や西美濃三人衆などの軍勢に追いやられ、その途中で雨森は稲葉良通に討ち取られて討死をしている。
「後は信包殿や皆に任せよう。我等が多く出るのも良くはない」
「分かりました。皆にもやらせませんと士気に関わります」
和将の言葉に水姫之も頷いた。そして追撃戦で海北も追いついた信興に討ち取られるのであった。
佐和山城にいた磯野は撤退してきた残存部隊から両将の討死を聞き慌てて籠城する準備をしつつ小谷城に援軍を要請した。しかし、小谷城の浅井久政は援軍を送らず小谷城の構築に勤しんだ。
「両将を討死させて自分は城に籠るような輩に送る援軍などない!!」
「しかし久政様!!」
久政は宮部継潤や遠藤直経の具申を退けていた。そのため久政は佐和山城を現兵力で死守せよと厳命した。
「三千しかいないというのにどう死守しろと言うのだ!!」
久政の書状を読んだ磯野員昌は激怒して書状を破り捨てた。それほどまでに磯野は久政の対応に怒っていた。
「……最早浅井家もこれまでのようじゃな」
磯野は久政の対応に完全に愛想を尽かし、和将の陸戦隊に降伏を申し出たのであった。
「……磯野。何故我等に降る気になった?」
佐和山城へ入城した和将は自身に頭を下げる磯野に問う。
「……小谷城から援軍が来れば某は城を枕に討死する所存でした。しかし、浅井久政からの返答は現兵力での死守との命。我が方三千の兵力で貴殿の侵攻を抑えるのは甚だ無に等しい。なれば三千の兵を助け、某の頭を下げるのが良いと思った次第でございまする。某の命は葛城殿に預けましょう」
「ふむ……磯野員昌、御主は現実という物を理解している。宜しい、御主の命は助けよう。我等の末席に加わるが良い」
「よ、宜しいのですか?」
「構わぬ。民に慕われる者や強者には最大の礼を尽くすのが世の定理だと思う」
「……有り難き幸せ!!」
磯野は涙を流しながら平伏し、陸戦隊の末席に加わるのであった。佐和山城を占領した陸戦隊は再度浅井家に降伏の書状を送ったが浅井久政はこれを無視しつつ越前の朝倉義景に援軍を要請した。
朝倉義景も援軍を了承して朝倉景健を大将にした約八千を小谷城を送った。
「八千の兵力しか無いと?」
「本来であれば義景様御自ら御出馬する所存でありもうした。しかし、加賀の一向宗が国境で妙な動きをしておるのでございまする」
これは義景のハッタリであった。義景にしてみれば浅井への援軍は利するところがなく、密かに陸戦隊と通じようと水面下で本多正信らと密談をしていたのである。
「……分かりもうした。宗滴殿亡き今、一向宗が動けば越前国の危機は甚だ理解しているでござる」
「申し訳ありませぬ」
だが八千でも久政には嬉しい援軍であり、小谷城の兵力は三万五千にまで膨れ上がった。それを尻目に、宮部継潤は小谷城を密かに一族と共に離れて陸戦隊に降伏していた。
「浅井の命運は尽きた。それならば新しき主君の元で働くのが一番でござる」
宮部継潤が加藤と茶を飲みながら溢した言葉だった。そして宮部継潤が降伏した事により宮部城も無傷で手に入れ、陸戦隊は付城も横山城から小谷城の南側の正面にある虎御前山へと前進した。
また、久政に反感を持つ者も継潤が降伏した事で陸戦隊に雪崩れ込むように和将に頭を下げていた。
これにより丁野城も陸戦隊の手に渡り、山本山城の守将である阿閉貞征も宮部継潤の説得により陸戦隊に降伏した。これにより小谷城はほぼ包囲されたに等しい状況だった。
「こうなれば一戦交えてくれん!!」
焦る久政は戦に反対する家臣の具申を捨て小谷城から三万五千の兵力で出てきた。
「隊長殿、浅井久政は焦ったようですね」
「うむ。攻撃開始は前線の者に任せる」
「分かりました」
野戦も警戒していた葛城は防御柵を作り、ドライゼ銃の射撃準備をさせた。
「掛かれェ!! 葛城を生きて帰すな!!」
『ウワアァァァァァァァーーーッ!!』
浅井久政の号令と共に浅井軍が陸戦隊に突撃を開始する。対する陸戦隊は防御柵を前に一歩も防御柵から出ず3個警備中隊がドライゼ銃を構えていた。
「撃ェ!!」
水原大尉の射撃命令と共に3個警備中隊は射撃を開始した。歩兵がドライゼ銃の引き金を引いてドライゼ銃用に改造されたミニエー弾が砲口から飛び出していき――浅井兵の命を刈り取り黄泉の国へと送る。
「連続射撃だ!!」
水原大尉もドライゼ銃に弾丸を装填して自らも射撃を開始する。3個警備中隊の後方にいる砲兵中隊も長四斤山砲の砲撃を開始していた。
「撃ェ!!」
長四斤山砲隊は次々と鉄弾と石弾を発射する。発射後は砲兵達も砲口内を掃除して新たに装薬と石弾若しくは鉄弾を装填して順次砲撃を行っている。
石弾若しくは鉄弾は少しの放物線を描いて地面に着弾、そのまま水面を跳ねる石のようにぴょんぴょんと飛び次々と浅井兵に当たってその命を刈り取られていく。
「な、何じゃあれは!?」
「わ、分かりませぬ!!」
驚く浅井久政の問い掛けに分からない近習もそう返すしかなかった。そして久政がいる場所にも長四斤山砲の砲弾が飛来してきて近習達を吹き飛ばした。
「く!? ……音が止んだ?」
何とか生き残っていた久政は音が止んだ事に不思議に思う。しかし、直ぐに聞こえてくる地響きの音に表情を変えた。
『ウワアァァァァァァァーーーッ!!』
「掛かれェ!!目指すは浅井久政の首級のみだ!!」
忠勝や丹羽長秀らの部隊が乱れている浅井軍へ一斉に突撃を開始していたのだ。ここに至り、久政は戦意を喪失して小谷城へ逃げ込んだ。
小谷城へ逃げ込んだ兵力は一万三千、その中には朝倉軍はいなかった。朝倉軍は既に戦場を離脱して越前に帰還していた。残りは討死か逃亡した。
「城門を閉じて籠城じゃ!!」
地獄のような戦から生還した久政は家臣にそう告げた。しかし、葛城は城攻めを開始した。
「撃ェ!!」
城攻めに対して固定式曲射砲が攻撃をした。曲射弾道の曲射砲の攻撃に浅井軍は対処出来ず、精々矢を放つのみだった。そして小谷城の大手門が破られた。
「防げ!! 防ぐのじゃ!!」
久政はそう厳命するが、防戦及ばずに小丸にまで陸戦隊がなだれ込んだのである。
「……最早これまで!!」
久政は一族の浅井福寿庵、舞楽師の森本鶴松大夫と盃を傾けた後に切腹したのであった。こうして小谷城は落城して日の丸が掲げられたのである。
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