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第二十二話







 前久の言葉に和将は一瞬、ポカンとしながらも弱々しく口を開いた。


「……き、貴族の嫁……ですか?」

「そうでおじゃる。貴族から嫁を貰い、朝廷との関係を作るのでおじゃる」

「……嫁……か」


 和将はふと脳裏に虎姫を思い出した。その虎姫は何故か槍を装備してニコニコと笑っていたのである。


「関白様、それはあまりにも――「成る程。それは良い案でございます」水姫之?」


 和将は断ろうとしたが、そこに水姫之が前久の案に賛成の議を唱えた。水姫之の言葉に和将はギョッとし前久は味方を得たとばかりに口撃を仕掛ける。


「ほほほ。良い案じゃろ水姫之殿?」

「御意。ですが関白様、その貴族の娘が……本当に貴族の娘でなかったら……どうなるかお分かりでございますね?」

「も、勿論でおじゃる」


 水姫之の指摘に前久はギクッとした表情をしながら頷いた。どうやらそこら辺の娘を教育して出そうか考えてたのかもしれない。


「ハハハ、それならば安心です」

(おい水姫之!!)

(まぁまぁ、少し黙ってて下さい)


 文句を言おうとした和将に水姫之は睨みで返した。和将も水姫之に何か案があると思い、それ以上は何も言わなかった。


「ところで葛城殿。葛城殿の氏は……」

「……関白様、申し上げます」

「……謹んで承る」

「はっきりとは分かりませぬが……我が葛城家の言い伝えでは葛城円かつらぎのつぶらが土地の者に産ませた娘がそのまま帰農。その後、代を重ねたのが某でござる」

「なん……じゃと……?」

(……本当ですか?)


 和将の口から出た言葉に前久は唖然とし、水姫之は疑惑の視線を和将に向けたが当の和将はのほほんとしていた。


(……本当みたいですね。これは案外凄い事かもしれませんね)


 その様子を見てそう思う水姫之だった。


「ただ……言い伝えなので真かどうかは分かりませぬ」

「いやいや、それで構わんでおじゃる(むむむ、これは吉と出るか凶が出るかと思っておったが……中々の収穫かもしれぬ)」


 前久はそう思った。そして和将に貴族の娘を嫁に出す事が決定される。


「……おい、水姫之。虎にどう説明するんだ?」

「ハハハ、それは勿論夫の役目でしょう」

「………………」


 虎姫の部屋に向かう和将の背中に哀愁が漂っていたと水姫之は後に日記に記した。そして――


「帰蝶や市だけには飽き足らず、今度は貴族の娘を娶るとはどういう了見ですか!?」

「い、いやだから……」

「言い訳無用!! 市、私の槍を持って来なさい!!」

「少しは落ち着きなさい虎」

「そうですよ虎姉様」


 激昂する虎姫に帰蝶と市はどうどうと落ち着かせる。荒く息を整えた虎は二人に視線を向けた。


「帰蝶達は何も言わないの?」

「私は前の夫が側室持っていたから慣れてるわ」

「それに多くの大名は側室を多く持たれるので仕方ないと思いますよ」


 帰蝶の言葉に説得力はあった。信長の正室だが、側室に生駒吉乃がおり、信忠、信雄、徳姫を産んでいる。本来なら彼女はまだ生存しているはずだが、信長が討死したと聞いて急速に病状が悪化して信長が討死してから数ヵ月後に信長の後を追うように亡くなっている。

 その為吉乃の三人の子は帰蝶が養子として世話をしているが仲は非常に良好である。


「……ふぅッ、分かりました」


 二人の説得を受けて虎姫は渋々と納得したが、和将に視線を向けた。


「側室が増えるのは分かりました。でも私を一番とは言いません。側室全員も愛して下さい」

「……それは勿論だ」


 虎姫の言葉に和将は力強く頷いた。この一件もあり和将と正室虎姫、側室達の仲は亡くなるまで良好だった。なお、一番多く子を産んだのは虎姫(二桁)である。

 この時代、衛生、医療技術は低かったが川崎軍医がいた事もあり、正室、側室が産んだ子は全員夭折せずに天寿を全うする。それは兎も角、貴族の娘は関白近衛前久の養女となって葛城の元に嫁ぐのである。


「……では御主らは妾の養女となり、その後は葛城家に嫁ぐ。良いな?」

「……はい」

「構いませぬ」


 前久の言葉に二人の女性が力弱く頷いた。二人とも内心では貴族から降りるのを少々嫌がっていた。

 前久はそれを見抜いたのか笑みを浮かべて二人を慰める。


「これこれ。そう悲観する事でないでおじゃる。夫となる葛城は面白い人物でおじゃる。そなたらも楽しい生活をおくれるであろう」

「はぁ……」

「分かりました」


 二人はそう頷いた。そして二人は和将がいる岐阜城に向かったのであった。




「どうも葛城和将です」

「……三条西家の勇姫です」

「高辻家の映姫です」

「フホホホ、名前はそれぞれ妾が付けたでおじゃる」

「………………」


 前久はそう言うが和将は前久を睨み付けていた。


「な、何でおじゃる?」

「……何で二人なんだ? 普通は一人じゃないのか?」

「……事情があっての。御主の嫁に差し出したい貴族の娘は半数近くある。理由は分かるかや?」

「……古代豪族の血筋かもしれないからか?」

「うむ。半数は血筋と判断して、もう半数は嘘と判断して出さなかった。妾の予測としてはほぼ全部の貴族が出ると思うたがの。それで二人なのは……二人の家はかなりの貧困での……」

「……出来れば実家を援助しろと? もしくは貧困の貴族達もか?」

「……済まぬ。貴族の誇りを言うてる輩もおるが実態は明日の食べ物もありつけぬ有り様じゃ。それに畏きところが御主に好印象でのぅ。是非嫁にと娘を薦められたが妾が丁重に断っておいた」

「………ッ……」


 和将達は『畏きところ』の言葉に目を見開いた。流石にそのところから嫁を貰えない。いや昭和から来た人間にとって貰うわけにはいかないのだ。


「……分かりました。関白様には何れ三千五百石相当の土地を寄進します。それをどうするかは関白様次第です。また、何れは両家へ挨拶に訪れますが両家の付き合いは年始の挨拶程度にします。宜しいですね?」

「……重々忝ない」


 前久は頭を下げた。そして三人の祝言はつつがなく終わった。


「疲れたかい?」

「いえ……」

「大丈夫ですッ」


 疲れた表情をしていた二人に和将は声をかけるが、二人は気丈にそう答えた。


「二人とも、気長にしていい。俺も普通にしてくれる方が楽だ」

「……フフ、面白い方ですね」

「あっという間に大大名になったと聞くのでどのような人物かと思いましたが……皆さんも優しくてホッとします」


 和将の言葉に二人はそう答え微笑む。


「あー……俺には複数の嫁がいるけど、皆平等に愛する。勿論二人ともだ」

「「ありがとうございます」」


 和将の言葉に二人は微笑むのであった。後に勇姫は運動のために虎姫と忠勝から槍を習うが何故か戦場に出て首級を挙げてしまい、後にもう一人の側室と「豪傑三夫人」呼ばれる事になる。

 そして1564年八月下旬、和将の元に一つの急報が舞い込んできたのである。


「それは真か!?」

「御意、三好長慶、飯盛山城において病死した模様です」


 和将の言葉に疾風は頷くのであった。畿内を支配していた三好長慶は史実通りに病没したのである。そしてそれは和将達日本軍も畿内への介入の口実が出来たのであった。


「水姫之、直ぐに全員を招集せよ!! 直ちに評定だ!!」

「分かりました!!」


 いよいよ日本軍が動き出すのであった。









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