第二十話
「隊長、常備兵力と歩兵隊を増やしたいと思います」
「うーん……前に五千にしただろ?」
「濃尾平野を手に入れたのですから常備兵力の増強は可能でしょう」
「うむ……」
水姫之の指摘に悩んだ葛城だったが直ぐに決断した。
「よし、増強しよう。増やすとしてもどれくらいだ?」
「普通の兵八千、それに警備隊を中隊から大隊にまで増やしましょう」
「普通の兵は増やせるだろう。問題は警備隊だな」
「やはりドライゼ銃の量産かと……」
「何とか生産数を増やさんと……だな」
「確か相良油田の方では一月に12丁の生産となっています」
「そこで提案なのですが……」
「ん、言ってみろ」
「ドライゼ銃のライフリングは四条ですがこれを一本減らして三条にしてみてはどうですか?」
「一本減らすのか? だが射程は短くならないか?」
「こんな事もあろうかと、試作で一丁生産していたんです」
「ほぅ。まぁまぁ別に軍法会議にはならないから安心しろ」
葛城は予めそう言っておいた。その言葉に水姫之は内心安堵の息を吐きつつも報告をした。
「ライフリングを三条にしても射程は変わりませんでした。やはりミニエー弾の効果だと思います」
「そうか、ならライフリングは三条にして生産してくれ。島津司令にもその旨は伝えるようにな」
「分かりました。他にも共通化出来る部品は共通化したいと思います」
「分かった。よろしく頼む」
こうしてドライゼ銃の簡略化が計られる事になった。他にもエンフィールドやスナイドル銃は生産できる事は生産できる。(実際に数丁を生産している)しかし、問題は薬莢だった。エンフィールドやスナイドル銃は真鍮の金属薬莢であり製造は困難だった。と言っても現時点での製造は困難であり真鍮の技術があれば製造は可能だと思われている。現時点では金属薬莢より紙の方が現実的であったため紙製薬莢の生産が主としているのであった。
「後は隊長と島津司令への官位です」
「ムゥ……官位か……そうなるとやはり朝廷に寄進か?」
水姫之の言葉に近藤はそう告げる。対する水姫之も頷いていた。
「はい、今の朝廷に力はありませんが権威は古来よりあります。それは我々がいた昭和の時代でもです」
「それは間違いないな。それで寄進はどうする?」
「それならば……三百石相当を荘園地として寄進、金一貫、銀二貫、米三千石と麦二千石ほどではどうでござろうか?」
正信がそう具申する。葛城は半兵衛と水姫之に視線を移すが二人も頷いていた。
「よし、正信の案でいこう」
「ははっ」
「とすると上洛でもするのか?」
「ですが問題は畿内でしょう」
「……三好か」
三好の長たる三好長慶はまだ存命だったが既に弟の安宅冬康を飯盛山城に呼び出して誅殺をしていた。なので長慶が死去するのも時間の問題だった。
葛城本人は長慶に未練タラタラだったが戦況を考えるにやはり長慶が死ぬまで無視するのが方針だった。
「私が参りましょう」
「水姫之がか?」
葛城の問いに水姫之は頷いた。
「はい、自分ならそれ程の注意はされませんでしょう」
「……分かった。供を付けて京へ上洛しろ」
「御意」
葛城は京への上洛に水姫之を行かせる決断をした。そして命を受けた水姫之は数日のうちに準備を整えて京へ上ったのである。
「花の都……な事はないですね」
京に到着した水姫之の第一声はそれだった。長年の戦乱で京の都は荒れ果てていたのだ。至るところに人間の死体が軒並み放置されていた。片付けようにも片付ける者がいないのだ。
「死体の片付けをしませんとね。取り敢えずは関白様に謁見しましょう」
そのまま水姫之達は時の関白である近衛前久と謁見した。関白を前に頭を下げる水姫之に前久はホホホと笑う。
「ほぅ、御主があの日本軍とやらの者と?」
「は、主人である島津様と葛城様は三好の動向に注視しており……そのためやむを得ず某が参った次第でございまする」
「ふむ……して用とは……やはり官位の事じゃろう?」
「御察しの通りでございまする。我が主島津と葛城は遠江守と尾張守の官位を欲しております。また官位を頂ければ寄進を致しまする」
「フム……寄進……とな?」
「は、我が主島津と葛城は古来より陛下に仕えし貴族の今日の貧困ぶりに嘆いており、三百石相当を荘園地として寄進、また金一貫、銀二貫、米三千石と麦二千石ほど持ってきています。それも寄進致しまする」
「な、何と!? それほどまでに寄進すると申すのかや?」
「ははっ」
「(ふむぅ。これは中々の……是非とも日本軍と縁を結ばねばならんのぅ)あい分かった。水姫之殿、遠江守と尾張守の件は麿に任せよ」
「有り難き幸せ。それともう一つ」
「何かや?」
「都の至るところにある死体を埋葬したいと思います。これを放っておくと病の元になりまする」
「申し訳ないでおじゃる。麿も死体の事は周知済みじゃ、埋葬したいが人手が……のぅ」
「我々も分かっております。そこで我々も手を貸したいと思います」
「ほぅ、御主達が? 無論、麿としても手を貸してくれるなら有難いでおじゃるが……」
近衛前久との謁見は上々に終わり、翌日に水姫之達は死体の処理に入ったのである。
「何と死体を焼くのですか?」
「はい、伝染病の元は死体から発する腐敗臭からなのです。焼かねば他の者が病に掛かり多くが死にます」
「分かりました。直ぐに死体を集めます」
水姫之の家臣達は口元を布で覆い、死体を集めては焼き始める。それの騒ぎを聞き付けた近衛前久も慌てて水姫之の元に参ったが水姫之の説明で納得して戻るのであった。骨は一ヶ所に集めて埋葬した。後にその地は供養塚となる。
水姫之達の行為に貴族達は葛城に関心を示す事になった。それは畏きところにも影響していたのであった。
「そうか、関白殿は官位をくれると」
「はい。何れ朝廷から使者が赴くと思います」
二ヶ月後、朝廷からの使者が来た。何と使者は前久だった。
「まさか関白様自らお出でにされるとは思いもしませんで……」
「ほっほっほ。朝廷に良くしてくれる御方じゃからのう」
そして葛城は葛城尾張守将和と名乗るのであった。その夜、前久は葛城と会見をしていた。
「御主……日本軍はこれから何をするでおじゃる?」
「無論、日ノ本の統一でござる」
「ふむ、今や四か国の大大名じゃからのぅ」
「いえいえ……それだけでは有りませぬ」
「ほぅ……?」
「日ノ本統一後は外の海に進出して何れ攻めてくる南蛮人との対決をせねばなりませぬ」
「何れとは……?」
「……まだ話す事は出来ませぬ。ですがこれだけは言えましょう。我々は今年度中に伊勢を攻略します」
「じゃが伊勢を攻略すると三好は黙ってはおらぬぞ?」
「三好長慶の命は今年度中には消えます。以て半年かと」
「そ、それは真かや!?」
葛城の言葉に前久は驚きの表情を見せた。三好長慶は畿内を牛耳り、ほぼ天下を握っているのも同然だった。だが、近年はその指揮に陰りが見えていた。安宅冬康を謀殺したのも精神病が原因とまで説がある。
「我々がやれば三好は四国に戻るでしょうが我が方の兵力は削ぎられるでしょう。なら長慶が死ねば……」
「……後継者争いか」
「左様でござりまする。それと関白様に一つ朗報があります」
「何じゃ?」
「伊勢を攻略すれば朝廷に千石相当を荘園地として寄進します」
「何と千石もかや?」
「はい」
「(この葛城……やはり……)あい分かったでおじゃる。御主が伊勢に攻め込めば妾達も動こう」
「動くとは?」
「それはの……」
前久はニヤリと笑い、それを葛城に話すのであった。
なお、官位の話を占領した今川館で聞いた島津少将は苦笑するのである。
「全く……この歳で官位を貰うとは思わなかったな……」
「ですがやはりこの先の攻略には官位の一つや二つは必要になりますから」
そう言うのは栗田少尉である。
「ま、此方はゆっくりと攻略するか。どうせ北条は一筋縄ではイカンからな」
「その通りですね」
島津側も攻略は順調であったのである。
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