第十八話
「美濃攻めは二年後だな」
清洲城で葛城はそう言い放った。その言葉に水姫之はピンと来た。
「……竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りまで待つのですか?」
「うむ、稲葉山城乗っ取りは1564年の二月、まだ二年も先だ。今のうちに此方側の常備兵力の増強に掛かろう。それか伊勢に攻め込むかだ」
「伊勢というと北畠ですな」
「ですが伊勢長島には……」
「一向宗の事か」
史実でも一向宗の存在は信長を悩まし続けた。特に加賀一向一揆や長島の一向一揆などは有名である。
「一向宗はある程度駆逐するが寺内町の所有は認める。それに本願寺には京に二つの寺を用意する」
「……分立させるのですか?」
「まぁ二つの寺を用意するからな。向こうがどう住もうが俺は知らんな」
水姫之の指摘に葛城は惚けた。
「ただ、加賀と長島の一向一揆は叩かねばならんだろう。本願寺にもそれを黙認させてもらう」
「……蜥蜴の尻尾切りですな」
「まぁそれでも史実より被害者は減る。だが宗教は盲目でもある。宗教の恐ろしい事はそこだ。極楽浄土の世に行けるなら喜んで死ぬからな」
葛城は溜め息を吐いた。宗教というのはそれ程までに一歩間違えれば恐ろしいモノに変わってしまうのである。
「まぁ一向宗の事は追々にしましょう。問題は北に行くか西に行くかです」
「……西だろうな。半兵衛がいる美濃には行きたくないしな。それに東は島津司令らが抑えているからこそ我々が西進出来るからな」
「まぁそれもそうですが……ですが半兵衛の乗っ取りの時にある程度の兵はいります」
「あぁ。そこは忍びのように美濃領域内に忍ばせよう」
葛城はそう言って水原大尉に視線を向けた。
「水原大尉、乗っ取りが起きるまで美濃に潜入してくれないか?」
「中野学校みたいですが……面白いですな」
葛城の言葉に水原大尉はニヤリと笑う。
「水原大尉には警備中隊ではなく三百の兵を率いて忍び込んでもらう」
「うーむ、確かに。警備中隊だとバレますな」
「うむ、それに美濃行きには河尻と森を付けて水原大尉を補佐してもらう」
「美濃出身の河尻殿と土岐氏に仕えていた森殿をですか?」
「そうだ。両人も承諾を得ている」
尾張を占領した日本軍は残存織田家の家臣を召し抱えていた。長秀を筆頭に前田犬千代、河尻、森等が日本軍の中堅尉官達と共に仕事に精を出している。
「分かりました。準備出来次第、美濃に赴き潜伏します」
「うむ」
そして評定は終わり、皆は自分の住む場所に帰る。なお、占領した際に長秀達が自分の家を差し出したが一人が住むには広すぎたので「そのままで良い」と言って長屋に住んだりしている。
「ただいま戻りました」
「お帰り」
水姫之は古ぼけた長屋に帰るとそこに一人の女性がいた。歳は十代に思えた。
「飯は出来てるよ」
「じゃあ食べようか『ねね』」
女性の名前はねね――それは木下藤吉郎の妻だった女性である。そもそも、水姫之とねねが知り合ったのは加藤が長屋を接収しようとした時だった。
「……どちらだい?」
「この長屋を宛がわれた者です」
「……此処は藤吉郎とあたしの長屋だ。帰りな」
「……これは困りましたね……自分としては勝った方なので出来れば退去して頂きたいのですが……」
「勝った方? ……まさか葛城の者かい!?」
「えぇまぁそうですね――って!?」
「死ね!! 藤吉郎の仇だ!!」
女性が小刀で加藤に襲い掛かったが軍人である水姫之はそれをかわして手刀で叩き落とし、気絶させた。
「……面倒な事になりそうですねぇ」
そう呟いた水姫之だった。その後、目を覚ました女性から話を聞くと女性は後に高台院とまで呼ばれた豊臣秀吉の妻――ねねだった。水姫之が暮らす予定だった長屋は藤吉郎とねねの家だったのだ。
「困りましたねぇ。直ぐに家は見つかるわけではないですし……」
幾分か悩んだ水姫之だったが決断した。
「一緒に住みませんか?」
「……どういう事だい?」
「一応此処の持ち主は自分に当たります。ですが貴女は此処を離れたくない。ですので正式上、自分の家ですが貴女が住んでも構いません。その代わり食事や寝る場所を提供して下さい。勿論それに担ったカネは払います。昼間や戦の時は自分はいませんのでのんびりしても構いません」
「……気前が良すぎないかい?」
「貴女のような女性を路頭にさ迷わせるわけにはいきませんので。どうしますか?」
「……分かった。ただしカネはいらない」
「分かりました。それで手を打ちましょう」
こうして水姫之とねねの奇妙な同棲生活が始まったのである。なお、水姫之は男ながら料理や掃除も出来、気の気配りも出来た。そのため二人の仲は急速に縮まり今では水姫之が買い物をして帰ってくる事などが多々あった。
「焼き魚が良い味を出していますね」
「そりゃあ良かった」
二人はそのように話していた。なお、後に水姫之が沢庵を食べたいがためにねねと協力して沢庵漬けを作る。尾張や三河では沢庵をねね漬けとも呼んだりするのであった。
さて、場所は長屋から少し大きい家の中、夕食時で一人の女性が土間の炊事場で料理を八畳程の部屋にいる近藤大尉の元に運んでいた。
「……やっぱ俺も手伝うよ」
「い、いえそんな……」
大尉の言葉に女性は更に頑張って料理を運んでいく。そんな光景を近藤大尉は心配そうに見ていた。何とか運び終えた料理を目に二人が食べ始める。
「今日はどんな事を話したのですか?」
「うん、伊勢攻略の話等をしていたな」
「まぁ……今度は伊勢に向かうのですか?」
「ハハハ、いきなりは攻めはしないよ犬。その前に兵を増やさないとな」
「あの『せんしゃ』とやらでは駄目なのですか?」
「まぁあれが生産出来たら一番だがな……」
近藤大尉はそう言って女性――お犬の方(近藤大尉は犬と呼んでいる)と話していた。
お犬の方は史実では佐治信方に嫁ぐがこの時点ではまだ十にもなっていない人物だった。織田家と葛城家の親密を深くしようとした信広と信包の案だった。
近藤大尉はタイムスリップ前には両親はいたが大阪大空襲にて死亡していた。大尉自身は「血筋を残す気は……」と消極的だったので辞退しようとした。
しかし、お犬自身も兄の信長を亡くしていたので大尉に親近感を覚えていた。むしろお犬が積極的に大尉と会って遂には押し掛けてしまう事態になった。
近藤自身も流石にお犬の行動に苦笑してしまうが、自分の事をそれほど想ってくれるなら……となった。ただ、近藤も両親の事もあったので両親の墓を建てたのであった。
「お代わりは如何ですかお前様?」
「……うん、貰うよ」
微笑むお犬に近藤はソッと茶碗を渡すのであった。なお夫婦仲は非常に良好だった。
そして葛城はというと……。
「まさか私達で食事を作るとは思わなかったわ」
「まぁそこは新参の軍だもの」
小牧山城の台所で虎姫と濃姫が夕食を作っていた。(市は料理が壊滅的打撃だった)
「というよりも葛城……日本軍にも主従関係はあるものの家族とかの繋がりは一番大事にしているのよ」
「そうなのね。でも良いのかしら? 私と市を迎えて……」
味噌汁を作る濃姫に虎は苦笑する。
「良いんだよ。戦国の世だからある程度は覚悟していたけど……私も二人とは思わなかったからね。だからこそあの人を殴ったけど……」
「あの人、大丈夫かしら?」
「なぁに大丈夫だよ。閨は凄かったからな」
心配する濃姫に虎はニヤリと笑いそれに釣られて濃姫はひそひそと話す。
「……やっぱり夜は凄いの?」
「アタシが五回で腰が抜けるんだもの」
「うわぁ……」
虎の言葉に濃姫は顔を真っ赤にするのであった。
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