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20話

 教室に戻ってくると、そわそわしている莉乃が早速近付いてきた。


「由奈、ちゃんと話はつけられましたか……?」

「うん、なんとかね。先週のうちにきっちり話をつけられていたら、もっとすんなり終わったって後悔はしてる……」

「かなり相手が粘着したということですか?」

「まぁ、そんなとこだね」


 春川さんに助けられたということは莉乃に敢えて言わないようにしておいた。

 どんなに良いことをしても、莉乃からすれば素直に受け止められずに微妙な感じになるだろうし。

 春川さんのためにも、ここは黙っておくのが正解だと判断した。


「何とか一件落着というところでしょうか」

「うん。とりあえずお腹空いた……」

「早く席に戻って昼食を取りましょう。もうあまり時間もないですしね」


 莉乃に促されて自分の席に着く。前の席にいるはずの人はどこか友人と昼食を取っているのかいない。


「よいしょっと」


 私が弁当を机の上に広げて食べ始めると、莉乃はその空いた椅子に腰かけた。

 友人の席ならともかく、異性の席になど特に「帰ってきたときに気まずいから」と言って座ろうとしない莉乃にしては珍しい。


「桑野くんの席に躊躇いもなく座るんだね」

「え? ああ、桑野くんなら別に大丈夫でしょうから」


 莉乃の反応からも、桑野くんのことをかなり信用しているように感じる。

 莉乃は仲の良い人に対して、遠慮が良い意味で無くなる。

 あまり接点の無い人からすれば、真面目で固いイメージが先行しがちだけど。

 莉乃と話しながら食事をいつもより早いペースで取る。


「お、話済んだのか」


 昼休み終了十分前になると、桑野くんが席に戻ってきた。


「うん。何とかなったよ」

「そうかい。じゃあ午後からの授業はしっかり頑張ることだな」

「はーい」

「……吉澤さんや。席に座りたいんだが」

「あら、女の子に立ったままでいろとでも仰るのですか?」

「近くでまだ空いてる椅子あるじゃないですか……」

「そんなことよりも。桑野くんもいらっしゃいますし、大事な話をしておきましょう」

「そんなことよりも……」

「何々?」

「前期中間試験が二週間後と迫ってきています。そろそろ由奈は対策をしておかないとまずいことになります」

「うう、耳が痛い……」


 一つ問題を乗り越えたと思ったら、また一つの大きな壁。

 この二人は難なく突破するのだろうが、自分にとっては厳しい問題。

 小テストですら、内容が難しくて絶望し続ける毎日だと言うのに。


「で、でも最初の定期試験だし、多少滑っても……」

「ダメですよ!何を言ってるんですか!」

「最初だからこそしっかりやらないと、入学して気が抜けてるとか散々なこと言われるぞ」

「そうですよ。それに赤点なんか取ったら部活も出来ないし、補習地獄になりますよ。小テストの比では無いでしょうし」

「そ、それは本気で嫌なんだけど」


 小テストはこの二人が勉強を見てくれているお陰で、毎回何とか合格点を取ることが出来ている。

 ただ放課後に職員室前を通りかかった時に、合格出来なかった人たちが補習している姿を見たことがある。

 やらされている内容は中々に量が多くて大変そうだった。

 それ以上の補習をやらないといけなくなるのは、控えめに言って想像したくもない。


「でしたら、短い時間で良いので小テストの前日のように勉強していく必要がありそうですね」

「……ちょっと待て。それってまさか」

「はい。小テストの時と同じように私と桑野くんで由奈の勉強を見ていくということで」

「そうだとすごく助かる!」

「ちなみに断りたいって言ったら?」

「私の知り合いの女子全員に桑野くんが由奈に対して盛大に格好をつけてたって噂広めます」

「やります。やらせてください」

「格好つけてた???」


 莉乃と桑野くんのやり取りの内容はいまいちよく分からなかったけど、その一言ですんなり桑野くんが引き受けた。


「中間試験は副科目無いですし、勉強する科目数としては少な目ですから落ち着いて進めていきましょう」

「とは言っても理科が物理と生物に別れてる。よく考えたら国語や数学、英語も二つに分かられてるから結構多いな」

「ですね」


 自分のことなのに、目の前の二人の方が真面目に話し合っている。

 そんなことをしていると、もうチャイムが鳴る三分前。

 結局、お弁当を全て食べることが出来なかった。


「では、そろそろ戻りますか」

「やっと座れる……」


 莉乃が自分の席に戻っていく。

 そしてようやくと言った感じで、桑野くんが自身の席に着いた。


「……実はさっきね、春川さんに助けてもらって何とかなったの」


 莉乃には言わないようにしておいたことを、桑野くんだけには伝えることにした。


「……そうか。あいつ自身も吉澤と揉めた一件で助けられたことを感謝してたからな」

「うん、そう言ってくれた」


 助けてくれたという事以外にも色々とあったが、その事についてはうまく話せそうもない。

 それに、春川さんもこの事を桑野くんに話されることをとても嫌いそうだし。


「……ねぇ。桑野くんは春川さんのことを――」

「よーし、授業始めるぞー」


 春川さんと話した内容を話せない代わりに、口から発せられたのは桑野くんに対して春川さんをどう思っているかという問いだった。

 しかし、それは授業のチャイムの音と同時に入ってきた教員の声で遮られて彼に届くことはなかった。


(結局、こうして春川さんの本質的なことを誰にも話せないのか……)


 当然莉乃に当たり前だが、桑野くんにすら伝えることが難しい。

 彼女の本当の姿を伝えるには、あまりにも彼女の事を知らなさすぎる。


(桑野くんは、春川さんのことをどう思っているのだろう)


 彼女はただ桑野くんが優しいからと言っていたが、本当にそうなのだろうか。

 確かに私自身も、何度も助けられたから優しいことは分かっているけど。

 そんなことを考えると、少しだけモヤモヤとした感じになる。

 理解することが出来ればというもどかしさ。

 そして桑野くんと春川さんの関係性を考えると、何か言葉に出来ないような複雑な感情が少しだけ湧いてくる。

 淡々と進む午後の授業。

 午前の授業の時に抱えていた緊張感や不安が払拭されたのに、次はまたよく分からない感情に支配された。

 そんな私の視界には、桑野くんの大きな背中と前の方の席に座る春川さんの姿が同時に映りこんでいた。



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