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14話

「そんなに大袈裟な音を出せとは言ってないんだけど……」


 そこそこな音と言ったはずなのだが、ものすごい音を立てて吉澤が走っていく。

 運動音痴と自分から言っていたが、走り方が本当に運動できない人のそれ、と言った感じである。


「な、何だ!? 誰かいるのか!?」


 当然、そんな大きな音を聞いた男は慌てたような声をあげた。

 その反応を確認してから、俺は四組の教室に戻って身を隠した。

 吉澤はある程度走ったところで、空いている別の教室の中に入って同じく身を隠す。


「じゃあまた返事は聞かせてくれ。いい返事期待してるからね」


 男はそんな言葉を古山にかけながら教室から出て、急いだ様子で階段の方に向かっていった。


「何はともあれ作戦成功かな……」


 とりあえず古山から男を引き離すことに成功したので、吉澤を回収に向かうことにした。

 再び静まり返った教室を歩いて、吉澤が飛び込んだであろう教室のドアを開ける。


「も、もうダメです……」

「あんなに大袈裟に走れなんて言ってないんだけど?」

「……あれでも適度に抑えて走ったつもりなんです!」

「そうか……。何はともあれ、男は追い払うことが出来たぞ」

「そ、そうですか……。頑張って走ってよかったです」


 吉澤は息を切らしながら何とか俺と会話している。

 全く関係ないことだが、体操服で力なくうなだれている吉澤の姿はとても色っぽい。


「ここまでして今さらだけど、吉澤が残ってた理由はあの男が関係しているってことでいいよな?」

「はい。由奈からは今日、残っていて欲しいと言われたと教えてもらいました。私も残ると言ったのですが、自分で何とかするから大丈夫だと……」

「自分で何とかするって言っててあれか……」


 もし、吉澤が残らずに本当に一人だったとしたらどうなっていただろうか。

 あの雰囲気なら、押し込まれてしまいそうな感じだった。

 確かに、吉澤から人に願いや頼まれたことは断れないと吉澤から聞いた。

 だが、まさか自分が望まぬ男からの告白すら満足に断れないとは。


「中学の時までは何かああいう事があると、私がフォローに入っていたのですがね」

「何で今回、一人で何とかしようとしたんだ……?」

「常日頃からこういう時に私の存在を借りて何とかしていたことを気にしていたらしくて……」

「勉強は何とかしないのに、こういうことだけは自分で何とかしようとするのか……?」

「確かに勉強に関しても頼ってきたことはありましたが、年に数回の定期テストの時だけです。しかし、由奈を取り巻くこういった人間関係に関してはレベルが違います」

「……ちなみに今までどれくらいこういうことがあった?」

「私が把握しているだけでも30以上はあるかと」

「数がおかしいな……」

「まぁ、中学の時は生徒数がかなり多かったのもあると思います。それにしても普通ではない数ではありますけどね」


 中学生という短い間でそれだけ告白をされてきて、その対応のフォローを友人に任せっきり。

 確かにそれだけ回数が多いと申し訳なくなる上に、相手によってはより後味の悪い結末を迎えたことだってあるだろう。

 ポンコツかもしれないが、誰にでも優しい古山からすればこれ以上友人に迷惑をかけられないと思ったのだろうか。


「ふぅ、やっと息が落ち着いてきました」

「それでどうするんだ? 今から古山と合流でもするか?」

「……いえ。ここで私が行けば、こういうことだけは察しのいい由奈のことです。色々と気がついてしまうでしょうから」


 そう言いながら起き上がった吉澤は着ている体操服を軽く叩いて埃を落とす。

 彼女は、古山に対するフォローをこうして続けていくということだろうか。

 しかし、高校生になるとさらに恋愛関係というものは発展するもの。

 このままの形で何度も凌げるとはとても思えない。


「とは言っても、こんな状態をいつまでも続けるわけにはいかないだろ」

「ええ、その通りです」


 俺の言葉に否定をすることなく、吉澤は深く頷いた。


「分かってるならどうにかしないと、いつかあいつ一人でどうにか出来なくなってからじゃ手遅れになるぞ」

「……桑野くん。一ヶ月前、私と初めてお話しした時のことを覚えていますか?」

「ん? ああ、色々と話したな」

「その時に私がこう言ったのを覚えていますか? 『私には出来かねる事がある』と言ったことを……」

「ああ、全く意味が分からなかったあれか」

「それがまさに今です」


 吉澤ですら助けられない古山の悩み。

 彼女の容姿や性格に惹き付けられる多くの男子を、分からない中でも自分の意見を打ち明けなければならない難しさにぶつかった。


「私に申し訳なさを感じたあの子は、この問題に関して私の助けを意地でも借りようとはしないでしょう。でも、あなたの思う通りあの子一人ではどうにかなる問題ではないと思います」

「……で、俺が何とかするしかないと?」

「お願いします。今、何かフォローが出来るのはあなただけだと思います」

「もっと適任の人が他にいるだろ。同性の友達とか他にいるだろ」

「……あなたも分かるはずです。女子同士、色々とあるということぐらいは。特に男女関係の深入りした話なら尚更ですよ」

「まぁ、それはそうか……」


 確かにそれは葵の一件で何度も揉め事になっているのを見てきたので頷かざるを得ない。


「男子の立場から、このような場合にどう接するのがいいか。あなたの考えを由奈に伝えてあげてください」

「そんなのであいつの抱えている問題が解決するとは思えないけど」

「すぐに解決はしないでしょう。でも、きっかけにはなると思います。きっかけさえあれば、人は変わりますからね」

「きっかけ……ね」


 再び静まり返った廊下に二人で出る。

 明かりの付いていない教室ばかりの中で、三組の教室の明かりだけが付いている。


「さて、私はそろそろ帰りますね」

「そうかい」

「拘束してすいませんでした。助かりましたよ」

「大して申し訳ないと思ってないだろ」

「はい。でも、助かったとはちゃんと思ってますからね」


 そう笑いながら俺の言葉を肯定して、吉澤は階段の方に向かっていった。

 吉澤の階段を下りる音が段々と遠くなって聞こえなくなった。

 再び静まり返った廊下を歩いて明かりのついた三組の教室の前に歩みを進めた。

 ドアの窓ガラスから覗いてみると、古山は机に突っ伏して全く動かない。

 そんな様子を確認して、ドアを開ける。


「え、桑野くん……?」


 ドアの開く音に驚いたように顔をあげてこちらを見る古山。

 いつもの明るい表情ではなく、かなり疲れた表情をしている。


「おう、ちょっと忘れ物しちまってな」

「そ、そうなんだ」


 適当なことを言って古山の目の前―自分の席に腰掛ける。


「んー、どこにいったのかな……」


 そんなことを言いながら、適当に机の中を物色して古山にどう切り出すべきかを考える。

 いきなり告白現場のことを話として持ち出すべきか、遠巻きに話を繋げていくか。

 考え出すと、どれが適切か分からなくなってくる。

 それなりに話のプランを立ててから入るべきだったと後悔していると――。


「もしかして、さっきの話聞いてたりした?」


 後ろからポツリと古山が力なく俺にそう尋ねて来た。


「……ああ」

「……そっか」


 俺の肯定の言葉に対してもそこまで大きな反応を見せることなく、力ない声を返してきた。



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