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異世界勇者を育てよう(ベリーハードモード)  作者: 火海坂猫


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十四話 それぞれの事情

 茨狼を倒した後、神具の場所までミレイはあっさり辿り着くことが出来た。道中には茨狼の他の魔物の姿は無く、恐らくはこの辺りに神具があることを敵も知らないのだろう。

 敵にとってミレイの居た村は見かけたから潰しておく程度のものでしかなく、だからこそ監視も茨狼一体で済ませていたのだ。


 また茨狼から得たエネルギーでミレイを強化できたことも大きかった。強化の振り直しが利く勇者は状況に応じて能力を特化させられる。茨狼との戦いに際して攻撃と敏捷に特化させた割り振りをしたように、脚力と持久力を重点に置けば休むことなく山中を歩き続けることだって出来たのだ。


 そうして辿り着いた神具の隠し場所は洞窟ですらない岸壁だった。その硬い岩盤をミレイが二度回収される経緯をもって砕くと奥へと続く小さな空間がその中に開けた。天然の岩盤で蓋をされていたその場所は元より取り出すことを考えていないように思えた。

 

 しかしよくよく考えてみればその通りなのだろう。異世界に神具を隠した白き神からすれば必要な時以外にそれが人の目に触れて良いことなどない。神の業であれば最初から外と繋がっていない空間を作ることなど容易いだろうし、その場所が外から見分けがつかずとも直接勇者を導く者には教えるのだから何の問題もない。


 ともあれ無事に神具は手に入った。岸壁の奥の小さな空間に安置…………いや無造作に放置されていたその神具は長い年月で性能が損なわれることもなく使うことが出来た。これで当初の予定通りその力を使って強力な魔物を大量に狩ってミレイの強化を行うことが出来る。


「とはいえその為の準備は必要だよ、少年」


 しかし叶はそう夏樹を窘めた。ゲームと違い現実の異世界では同じ場所で無限湧きする魔物を狩るというわけにもいかない。かといって茨狼のような敵の管理下にあるような魔物を倒せば十分な強化を終える前に目を付けられる可能性は高まる。


 幸いというか闇の覆われた領域には無秩序に存在する魔物も数多く存在するようだ。とはいえそういった魔物も乱雑に狩り過ぎれば目立つよう委任になるだろう…………そんなわけで叶が再び異世界の情報を精査してミレイを強化するための計画を立てることになった。


「その間少年は適当に彼女の相手をしてゆっくりしてくれればいい」


 つまりは神具の入手という最初の目的も達成したのだから休憩期間を置くという話だった。


                ◇


「…………そんなことを言われてもね」


 帰りのHRが終わって教師が出ていくのを見送って、夏樹は思わずそう呟く。そもそもゆっくりすると言われても彼には他にやることが特にあるわけでもない…………もちろん、普通ならば気晴らしに友人と遊びにでも行くのだろうと夏樹は思う。

「じゃあな、白銀」

「ああ、うん」

 そんなことを考えている間にもクラスメイトが夏樹に声を掛けて帰って行く。その男子生徒は別のクラスメイトと放課後どこに行くかなんかを話かけながら歩いて行くが…………そういった誘いを夏樹に掛けるものはいない。


「白銀お疲れー」

「うん。お疲れ」


 また別のクラスメイトが彼に声だけ掛けて帰って行く。


「…………虐められてるわけではないんだけどなあ」


 クラスメイトとの仲が悪いわけではないと夏樹は思う。ハブられてるわけじゃないし休み時間には会話があるし昼食を共にするクラスメイトもいる…………しかしそれだけだ。学校外で遊びに誘われたことは無いしSNSの登録もない。

 つまるところ彼らとの関係はクラスメイト以上友人未満でしかないのである。


 それは小学校からずっと変わらずであり、夏樹は何というか友人関係に縁がない。学校にいる間はそれなりに人と話すから居心地が悪いわけではないが、放課後になると自分だけ取り残されたようで寂しさを覚えることはある。


「家帰っても本読むくらいしかないんだよなあ…………」


 最近は氷華の影響で祖父の書斎にある本を少しずつ読むようになっている。しかし元々独唱は第一の趣味というわけでもなかったので長時間はつらい…………かといってゲームなんかはミレイのことを思い出すのでなんだかやる気も出ない。


 結局は、あの部屋でそれなりに時間を潰すのが選択肢になってしまうのだ。


「他の趣味を探すべきかなあ」


 呟きながら夏樹は席を立って教室を出る。向かう先はトイレだが正確にはその扉を使ってあの部屋に移動するのが目的だ。


「んー、何か趣味になるものをって願えば出て来るか?」


 夏樹たちの仕事の報酬はあの部屋そのものという話だったが、考えてみれば彼は未だにその報酬を活用してはいない。今のところあの部屋で出現を願ったのは叶と氷華に飲み物を淹れるためのコーヒーメーカーと紅茶セットくらいだ。


「…………意外と欲しいものって浮かばないものだな」


 歩きながら呟く。思い出してみれば叶と氷華はあの部屋へ入ってすぐに自分の欲しいものを反映させていた。シラネから部屋の説明をされる前からあったのだからそれだけ二人が欲求に正直だったという事なのだろう…………そうなると夏樹は欲がないということになる。


「いや、そんなことはない」


 ないはずだと彼は呟く。ただ物欲は多少薄いのかもしれないと認める必要はあるように思えた。


「というかあれだ、ほら…………あの部屋ってそれだけが目的じゃないし」


 世界から逸脱しようとしている三人の受け皿であり、欲しいものが繁栄されるのはそのおまけのような位置づけだったはずだ。


「…………」


 だが正直に言えばその逸脱というのがよくわからない。氷華は自分が逸脱しそうな理由を自覚しているようだし何となく理解も出来る。叶も氷華ほどわかりやすいものを見せてはいないがなんと無しに普通と違うのはわかる…………けれど夏樹自身はよくわからない。


 特筆した才能もない平凡な自分が、この世界から逸脱してしまうことなどあるのだろうか。


「…………その辺りを聞いてみようかな」


 これもちょうどいい機会だろうと考えつつ、夏樹はあの部屋に繋がる事を念じて辿り着いたトイレの扉を開けた。


                ◇


 風切氷華は一般的にお嬢様学校と認識されている女子高に通っている。その理由は単純で彼女が実際にお嬢様と呼ばれるような家柄の人間だからだ。彼女自身はあまり興味がないが古くから続く家柄で、時流に乗り遅れることもなくその財産を増やし続けて今に至るらしい。


 そんな学校の中で氷華は当然のように浮いていた。彼女はあまり他人に興味がないし愛想もいいほうではないどころか自分の時間を邪魔されれば敵意すら向ける。普通であればいじめの標的となってもおかしくないところだが、その対象とするには氷華の家柄は高すぎた。


 お嬢様学校といっても当然そこに通う生徒には格差が存在する。その中で氷華の家柄は上位に位置しており、その実家を怒らせて平気だというような生徒は少なかったのだ。


「面倒」


 だが結局のところそんなものは氷華にとってどうでもいい話だ。実家が金持ちであってもそれは別に彼女の物ではない。むしろ金持ちであるからこそその使い方には厳格で、彼女が自由に使えるお金なんてほぼない。

 もちろんどれだけ高いものだろうが頼めばそのお金は出してくれる…………但し、両親が認めたものに限るが。


 そして彼女の両親は学術書に価値は認めても物語の本に価値を認めない類の人間だった。


「けっ」


 図書館へと続く廊下。周囲に誰にもいないのを確認して吐き捨てる。その表情は陰鬱としていて普段夏樹の前で見せる無表情とはまた別の物だ…………その配慮をするくらいには自分が乙女であることを氷華も自覚している。


 しかし周りに誰もいない時くらいは鬱屈した感情を露わにしたって許されるだろう。


 氷華にとって本を読むことは人生の一部だ。しかし元よりそうだったわけではなく幼い頃に偶然であった少年の影響だった。


 令嬢として生まれながらに氷華の本質は闘争にあった。だがもちろん両親もその周囲の人間もそんなことを望んではいなかった…………だから物心ついた時の彼女は自身の本質と周りからの機体の差異に思い悩んでいたのだ。

 それはそんな折、子供らしからぬ身体能力で家を抜け出した氷華は一人の少年に出会った。

 幼い頃のことだから顔はもう覚えていない。しかし小さな公園で偶々知り合ったその少年に氷華は自分の悩みを打ち明けていた。もちろん私も子供だったからうまく説明は出来なかったが、乱暴者な性格を直したいというようにその少年は受け取ったようだった。


 本を読めばいいんじゃないかな。


 それが少年の出した答え。少年にとって大人しい女の子とは本を読んでいるものだった。だから本を読めば大人しくなれると少年は思ったらしい。


 今思えばそれは子供じみた理屈だと氷華も思う。しかし当時の自分はそれを信じて本を読むことに決めたのだ。幸い両親もその頃は本を読むことに反対しなかった…………今思えばそれで少しでも大人しくなるならとでも考えていたのだろう。

 ともあれ氷華は本を読むようになって、それはやがて唯一の趣味になった。


 けれどその本質は変わっていない、何一つとして。


 それは以前に夏樹へも語った通り。本は変わらずに好きだけど、それは彼女の中にある闘争本能と相反するものではなかった。

 氷華はこれからも本を読み続けるだろう、そして同時に闘争を求める。


 だから彼女は今日もあの部屋へ行くのだ…………闘争の可能性を感じるために。


                ◇


「むう、このゲームも少し飽きて来たな」


 巫女守叶という人間にとってゲームというのは時間潰しの道具だ。基本的に何もしない時間をというのが作りたくない彼女にとって、没頭していれば時間が過ぎていく道具というのは非常にありがたかった。


 なぜなら何もしていないと叶にはこの世界がどうしようもなくうとましいものに思えて仕方がない。世界が存続していることそれ自体が許せなくなって、何もかも壊したい衝動が胸の奥から湧いて来てしまうのだ。

 その原因は別に叶の家庭環境が悪かったわけでもトラウマになるような事件に巻き込まれたわけでもない。平凡な家庭であったものの両親は普通に愛情を注いでくれたし、学生生活も無難に友人たちと過ごせていた…………結局のところそれは生まれ持った衝動なのだ。


 単に巫女守叶という人間が世界を壊すものとして生まれて来ただけ…………なんて中二心を抱いたこともあったが、現実として両親や友人に普通の情を抱いている身としてはその衝動を抑えないわけにもいかない。


 そんなわけで暇な時間はゲームに没頭し、会社もあえてブラックなところを選んでその精神を余計なことが考えられないよう摩耗まもうさせた…………まあ、ブラックすぎたせいで一周廻って世界を滅ぼしたい気分になってしまっていたのは誤算だったが。


「そろそろ少年のやって来る時間帯かな」


 叶は呟いてコントローラーを机に置くと両手を上に挙げて背筋を伸ばす。するとたわわなその胸部が強調されて胸元がはだけそうになった。


 前はきつめのブラジャーで抑え込んでいたが、会社を辞めて見てくれに気を遣わなくて良くなったのであえて苦しい真似をする必要もないとノーブラで通している…………時折本能に負けてこちらの胸に目をやる夏樹の視線を楽しんでいるというのもあった。


「もう少し薄着にするのもありだろうか?」


 夏樹がいる時に叶は基本的にスーツを着るようにしている。彼からの初対面での印象が良かったように感じたのもあるが、単純に自分に似合う普段着が分からないからだ。


 これまで叶は仕事と家を往復するだけでゲームなども通販で済ませていた。そのせいで見てくれに気を遣う必要もなく仕事用にスーツ、そして室内用にだぼだぼのパジャマさえあれば充分だった…………ファッション雑誌など高校の頃に友人に見せられて以来だ。


 そもそもその育ち過ぎた胸のせいで一般向けのコーディネートだと似合わないせいもある。


「ふむ」


 結局着替えるようなことはせず、はだけた胸元をあまり直さず肌が見えたままにしておくことに留めた。それだけでもチラ見して顔を赤めるであろう夏樹の姿が想像できるから、無理に服装を変えて何かあるのかと勘繰られるよりもいい。


 当面は大人のお姉さんとして少年をからかうスタンスを貫く…………そうでなかったら叶の方が色々と我慢できなくなってしまいそうであるがゆえに。

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