或る少女の回想(4)
蘇生されて村に戻った私はナツキ様たちの簡易的な神殿を作るのに必要な材料を集めることになった。
なんでもそれがあれば魔物たちの支配する地域でもそのお力を届かせることが出来るらしい。
私は少し前に殺されたことなど忘れて歓喜のまま材料集めに走った。簡易的なものとはいえナツキ様の神殿を私が作れるなんてこれほど喜ばしいことは無かったからだ。
幸いにして材料は集めるのが難しくなかった。重要なのはお三方の姿を表せるような物だけでありそれ以外は現地に落ちている石などを集めれば十分なのだという…………だからちょうどいいサイズの木片などを集めればとりあえずは充分とのことだった。
簡易的な神殿3個分ほどの木片を集め終えたところで充分だと言われたが…………私は少しだけ不満だった。こんなものでナツキ様のお姿を表すなんてあまりにもみすぼらし過ぎる。いつか私がお金を稼ぐことが出来るようになったらもっと立派なものを職人に発注しようと私は心に決めた。
ナツキ様が去り残ったカノ様からは今日は休むようにと言われた。私としては今日の内にでも再び神具を目指して旅立っても良かったが、茨狼の対処をまずは考えるとのことだった…………自身の無力さが歯がゆかった。私がいっぱしの戦士であればそんな手間をナツキ様達に掛けさせずに済んだのだ。
だが出来ない事をやろうとしても余計な迷惑になるだけだ。私は自身に命じられた休息をしっかりと行うことにした。食事をとって比較的マシな家屋でゆっくりと体を休ませる。弱い私にできるのは少しでも体調を万全にして明日に備えることだけなのだから。
しかしそんな私のささやかな努力も茨狼によって再び壊された。以前と違い事前にカノ様から接近を知らされていた私は狩人の老人の形見である短剣を手に待ち受けた。
その短剣は村の狩人に代々受け継がれていた業物だ。銘は無いが希少な金属で出来ているとかで獲物の解体に重宝されていたらしい…………それであれば茨狼の身体だって貫けるはずだと私は信じた。
私が弱いのは認めざるを得ない事実だ。しかし私は勇者であり何度でも蘇生することが出来るという唯一の強みがある。死を恐れないでいいのだから最初から相討ち狙いの賭けに出られる。
失敗してもリスクがないのだから後は死を恐れない度胸があるかだけだ。
私は自分が死ぬことよりもナツキ様に失望されることの方が怖い。
だけど駄目だった。
家屋に浸入して来た茨狼に側面から仕掛けた奇襲は即座に反応されて、短剣を持った両手はがちりと閉じられた茨狼の牙の中に消えた…………そして次に振るわれた右手の爪がきっと私の頭を斬り飛ばして目の前が真っ暗になった。
気が付けば私はカノ様によって蘇生しされていた。そこにいたのがナツキ様じゃなくてがっかりしたことを私は隠し切れなかった。しかしカノ様はそんなことどうでもよかったようで事務的に茨狼が離れたのを確認して私を村に戻すことを告げた…………最初に会った時から感じていたがカノ様は私をあまり好きではないようだ。
これが神様にとっては普通の態度でナツキ様が特別なのか、それともそうでないのかは私にはわからない…………いずれにせよ主として導いてくださるのがナツキ様で私は幸せなのだろうとより強い実感を覚えた。
けれど私はまた茨狼に殺されてしまった。私が村に戻されるのと同時に離れたはずの茨狼は戻って来たらしく、僅かな抵抗も出来ぬまま私は再び殺された…………不甲斐なくて、ナツキ様に合わせる顔が無かった。
茨狼は私の居場所が常にわかることがわかったらしく、すぐに戻しても意味がないと私は蘇生された後にしばらく待機するようにと、あのナツキ様の領域だという白い空間ではなく別の部屋へと連れて行かれた。不思議なことにそこは私が家族と暮らしていた生家と寸分たがわぬ部屋だった。
今は失われた光景に私は懐かしさと寂しさを同時に覚えた。不思議なことにそこでは飲み物も食べ物も望むだけで現れたので過ごすのには支障はなかった…………そうしてしばらく郷愁に浸っているとナツキ様がやって来て私を慰めてくれた。
ナツキ様は無力な私を決して責めなかったが、それで私の気が済むわけでもない。何とかナツキ様の役に立ちたいと考えているとカノ様とヒョウカ様がやって来て、茨狼をどう討伐するかを説明された。
山を燃やしてその対価として得られたエネルギーで私を強化し、その私をヒョウカ様が操ることで茨狼を倒す…………私のすべきことはヒョウカ様の動きを阻害しないように自分の意思で体を動かさない事だけ。
動かさないだけといっても耐えがたい苦痛があることを私は説明された。けれど今更多少の激痛くらいで私は揺らがない自身があった…………ただ一つ気がかりだったのは作戦の全容をナツキ様にも黙っているように言われたことだ。
カノ様とヒョウカ様はナツキ様に茨狼を山火事で弱らせて倒す作戦であると説明したらしかった。ナツキ様は優しいから私の故郷を燃やし、その上で身を切らせて相打ちに持ち込むような作戦は反対するからとのことだった。
しかし茨狼を早急に討伐するには他に方法もない。騙すようなやり口ではあるがナツキ様がその優しさゆえに使命の妨げになる部分を補うのが自分の仕事だと叶様は言った。こうすることがナツキ様の為であるのだと。
それを言われると私は弱かった。私はナツキ様の意に沿わない事をしたくはないが、それ以上にナツキ様の役に立ちたいと思っている…………たとえそれがナツキ様の意に沿わなくとも、それがナツキ様の利になるのならばと私は迷わずに承諾した。
ああ、全てを知ってナツキ様は怒るだろうか?
でもきっと怒るよりも無茶をしたことを心配されるように私は思えた。
だとしたら、私にとってそれはどんな苦痛も厭わないご褒美だ。
そして私の願いはしばらくして、その期待を裏切ることなく叶えられた。




