4話
その日の朝は何かに背中を押されたのではないかという勢いで僕は飛び起きた。
特に暑いわけではないのに額には玉の様な汗が流れ、座っているのに立ちくらみが起きた時のように目の前が一瞬真っ白になった。
しばらくして視界が良くなり周りの状況を確認すると、僕はいつの間にかベッドで寝ていたみたいでカーテンから朝日が差し込んでいた。
昨日の午後に電話を取ってからの記憶にないので今の時間を確認するためにスマホを見ると、
「6時38分で…今日は7月19日なのか?」
既に朝であることに驚きはしたがそれよりも日付が20日ではなく19日だったので時間が戻ったのだと理解した。
しかし、普通なら混乱するだろうこの状況をすぐに理解出来たし、こうなってくれなければ心中穏やかにはいかなかっただろう。
(もう一度19日からやり直しということか)
僕はそう納得してから再び日が戻ったのだから結衣と夏休みを迎えるべく再び行動を起こそうとするのは当然であった。
しかし日付が戻っていることに他の人は気づいていないと思うので冷静に学校へ行く準備をして昨日と同じ時間に家を出て結衣の家へと向かった。
「おはよう」「お待たせ、おはよ~」
(出てくる時間も同じだし戻っているってことか)
「どうしたの?早く学校行かない?」
「そうだね、今日は確か一日中掃除だよね?」
特に変わった様子はなかったのでそんな話を振り僕達は通学路を歩き始めた。
「私、体育館の掃除だった気がするから先に帰っていいからね。悠くんは廊下だっけ?」
「うん。廊下掃除で遼太郎と一緒だから遼太郎と帰っているね」
「ちゃんと真っ直ぐ帰りなよ」
「え?どういうこと?」
「うんうん。なんでもない。早くしないと遅れちゃう」
そう言うと結衣は僕より少し前に出てしまったのでその表情は読み取れなかったが、どこか物憂げな様子が気にかかった。
掃除中も結衣の安否を気にしてしまっていたらどうしても昨日のことが頭から離れなかった。
不運な事故が2度も結衣に降りかかるなんてあるものなのか判断がつかない。
「いつもアイツのこと気にしているよな。今日は離れていて寂しんじゃないか?」
「そうだね。危ない目に合わないか心配」
「からかったつもりだったけどな」
遼太郎がわかりやすくいじけているのを僕は苦笑いして見ていたが今日ばかりは心配もするのも仕方がないと思っていた。
「あのさぁ…心配だから体育館見てきてもいい?」
「まぁ…雑巾がけしたら行っていいぞ 片付けは俺がやっとくから」
「本当にありがとう 放課後にアイス奢るから」
と言い、それから僕は急いで廊下の雑巾がけを終わらせると、遼太郎にアイコンタクトで"行ってくる"と伝え体育館へ向かった。
体育館へ着くと思っていたより多くの生徒が忙しなく動いていた。
おそらく掃除を終えると明日の終業式の準備もしなければならないので多くの人手が必要なのだろうか。
結衣がいないかと体育館を見渡していると後ろから「何しているの?」と話しかけられ思わず「はいっ!」と変な声を出してしまった。
「そんな声出さなくても なんで悠くんがここにいるの?」
振り返ると話しかけてきたのは結衣だった。
「いや…そろそろ掃除終わりそうかなぁって」
言い訳にしても無理がありそうなものだったが結衣は少し考えこんでから、
「う~ん 掃除は終わったけど片付けと式の準備がねぇ もう掃除の時間も終わるし放課後やらされるかも」
「そっかぁ〜何か手伝えることない?」
「いっぱい人いるから大丈夫だと思う。今日は先に帰っていいからね?」
などと、もっともらしい理由を付けて先に帰っていいと言われてしまっては何かの怪しまれないためにも引き下がるしかなかった。
「そう?あぁでも、そういえば遼太郎にアイスおごる約束したしなぁ」
「え!?いいなぁ~ 私にもアイス買って来てよ」
「じゃあ買ったら連絡するからね」
そんな変なことを言ったとは思わないが何故か一瞬間が出来たので困惑していると結衣が驚いたような顔を1度見せると直ぐに子供のように「やったぁ」と喜んで笑顔を見せてきた。その笑顔がどこか意味ありげであり目がこっちに向いてないのがとても不信に思ってしまった。
帰りの会が終わると結衣は「掃除の続き行ってくる…」とあからさまに嫌そうな顔をしながら僕と遼太郎に告げて行ってしまった。
足取りの重い結衣をしばらくの間見送って僕達は教室から出た。
それからしばらく歩きくと遼太郎が何やら不敵な笑みを浮かべながら、
「流石に昼前は日差しが強いな〜こりゃアイスが美味しいだろうな」
などと言ってくるものだから、僕も忘れていないという意思を込めて、
「この暑さだし、セミも元気に鳴いているから"夏"って感じするよね。ちゃんと覚えてだからね。そこのコンビニでなんか1つ良いよ」
と言い返しつつ、結衣に「あと15分位したら学校に戻るよ」とLINEをしておいた。
「1つか~ お前はどうすんだ?」
「1つでもありがたく思って欲しいですけどね!結衣にもアイス買ってあげることになっちゃってね。今ちょうど連絡したとこ」
「そっか そしたら昼飯も買って俺もついて行くよ」
「それは悪いよ 遼太郎は帰ってなよ」
「なんだよ、俺は邪魔だってことか。それは悪かったなぁ」
「……アイス2つでいいから許して下さい」
その後、なんとかアイス2つで不貞腐れる親友をなだめることに成功して僕達はコンビニで別れ、僕は学校へ戻った。
学校とコンビニはさほど距離はないがこの暑さなので溶けてしまわないか心配しながら出来るだけ早く戻るために急いだ。
校門まできた辺りでぞろぞろと生徒が帰っているのが見え、よく見てみると体育館清掃の生徒だと分かったので、急いで結衣の下駄箱を確認しに行くと既に帰っていることが分かった。
待ち合わせする場所決めてないと思いだし、結衣に電話かけようとしながら昇降口の方に向き直るとサイレンをならした救急車が校門前を通り過ぎてくのが見えた。
しかし、いくら経ってもそのサイレンの音が遠ざかっている気がしないことに何となく嫌な予感がした。
僕は電話をかけることを止め、走って校門の外まで出ると道路の少し先で救急車が停まっているのが見えた。
不自然な向きで止められている車と人だかりを見るに恐らく交通事故があったのだろう。そこまでは見て予想出来たが、不謹慎なのは承知で事故に遭ってしまった人が知らない人であることを強く願った。
事故現場と思われる所まで走っていくと人だかりの中に遼太郎がいるのが見えた。
「ねぇ、遼太郎何が…」
「青葉だよ…あれは絶対青葉だった」
こちらの方を見向きもせずに遼太郎はそう呟いた。
最悪の予想が的中してしまったとしか頭に浮かんで来なかった。
「たぶん助からないだろうけどお前はここにいちゃダメだろ!」
僕の肩を掴みながらそう言ってきた遼太郎のことを一瞬殴りそうになったが、そんなことをしても何も解決しないことも、遼太郎は何も悪くないことも分かっていたので、どうにか自分を落ち着けることに専念した。
結局それからのことは無意識に身体が動いていたことだろう。
遼太郎とはそこで別れ僕は学校へ急いで戻ると既に病院から事故のことが先生達にも伝えられていたらしく、担任の先生が青ざめた顔で電話をしていたのでやはり結衣だったみたいだ。
僕は恥ずかしさなど忘れ先生に自分と結衣の関係を伝え、どうしても病院に今すぐ行きたいとの旨を伝えると先生も「私も行こうしていたところだから乗っていきな」と言ってくれたので病院へ向かった。
病院へ着くと急患の手術室前では既に結衣の親が医者の人達と話していたが、もう助かる見込みはないと医者の人が謝っている場面で、僕はそれを遠くからただ呆然と見ていることしか出来なかった。
その後も先生に家まで送り届けてもらうと母さんと先生が玄関先で今日のことを伝えていたみたいだったが僕はそのまま部屋へ向かった。
部屋の扉を閉めたところで何も聴こえない程の静寂に包まれると失意の中そこで僕の意識も一緒に閉め出された。