王子と婚約者の困惑の日々
なろう初投稿です。
流行の令嬢ものを書こうとしたらなぜかこうなりました。
「さて、そろそろ行こうか?ユーフェミア」
開かれた馬車の扉から先に外へ降り、こちらに手を差し伸べつつ溜息を1つ落としながら苦い笑みを浮かべたのは、私の婚約者だ。
陽光にキラキラと輝く金糸の髪と、深い湖のようなブルーグリーンの瞳を持つ彼は、婚約者になった5年前から既に周囲を魅了する美少年であった。
5年経った今では、少年から青年へと移り変わる時期特有の危うい魅力を持っている。
日々見慣れているはずの私ですら、うっかり見惚れてしまう時がままあるのだ。
そんな彼はこの国の第三王子、ウォルフガング殿下である。
騎士たちと日々剣の稽古をしてる彼は一見細く見えるものの、まるでヒョウのようにしなやかな筋肉をまとっていて、王子としては少し短めの髪が良く似合っている。
代々この国の魔法師団をまとめ上げてきた我がフェルト公爵家の一人娘である私とは、当然政略結婚である。
一方私はといえば、平民にすら多くいる栗色の髪にグリーンの瞳。身内からは可愛い可愛いと言われるものの、社交界全体から見ればさして目立つこともない程度の外見であると自覚するレベルなので、彼と並べば見劣りしていることも十分理解していた。
それでも見た目で見劣りする分を補うべく、王子妃教育はもちろん、様々な勉学にマナーにと内面をひたすら磨いてきた。
今日までの私たちは、互いに支え合う関係であったことは間違いないと思う。
だが、王立学園に入学する今日からは、これまでのような穏やかな日々ではないことを、私は知っている。
いや、知らされている、といった方が正確だろうか。
「仕方ないとはいえ、気に食わないな…」
小さく呟く彼に、私も微苦笑を浮かべた。
「殿下、ご自分だけだと思わないでくださいまし?」
「ああ、分かっている」
互いに小さく溜息を零すと、私は彼のエスコートで学園の正門を潜った。
その時、木の影から一人の女生徒が駆けだして来たかと思うと…私達の前で勢いよく転んだ。
それはもう豪快に。
「ふぎゃっ!!」
うん…痛そうだ。
「い、いったーい!あ…やだぁ、私ったらぁ恥ずかしい~☆」
ピンクゴールドの髪の女生徒は、潤んだ大きな瞳で彼を見上げている。
甘えるような口調の彼女はうっすら頬を染めて、長い睫を数度瞬かせた。
そんな表情からは想像できないぐらい、その膝は豪快にすりむいて血がダラダラ流れている。
色々とツッコミたい所だが、とりあえず私はハンカチを差し出しながら彼女に声をかけた。
「貴女、大丈夫かしら?かなり豪快に怪我をなさったようですが」
「私ぃ、ウォルフガング様にご挨拶しようと思ったら転んじゃってぇ~☆…いたた」
どうやら彼女に私の声は聞こえていないらしい。
差し出したハンカチも華麗にスルーされている。
学園内だからセーフといえばセーフだが、そもそも下位のものから高位のものへ許可なく発言することは貴族社会では当然のマナー違反だ。
名前で呼ぶのも家族や婚約者、許可を出した友人ぐらいしか認められていない…はずだ。
隣を見れば、彼は深々と溜息をついた。
「貴女に名前を呼ぶ許可を与えた覚えはないんだけどね?…マチアス!……例の通りに」
「はっ!」
短い返事と共に彼の横にいた若者が頷いた。
マチアスというのは私たちより5歳年上の彼の護衛隊の隊長であり、彼の昔からの側近の一人でもある。
ちなみに私の従兄でもあるため、今回の任務を自ら買って出たらしい。
マチアス兄様が私たちが降りたのとは別の馬車近くに控えていた部下に合図をすると、激しく転んだピンク頭の令嬢はやたら顔の整った若い騎士に優しく抱きかかえられて、頬をポーッと染めたままその馬車へと連れて行かれていた。
抵抗するかと思ったけれど、意外とそうでもなかったことに私は内心ほっと一安心していた。
来賓も多く参加する入学式前に、あまり騒ぎたてられても困るというものだ。
「ねえ、あれってやっぱり…?」
「噂には聞いていましたけど、本当だったのですね…」
周囲にいた生徒たちは、こちらをチラチラと見ながら囁きあっている。
まあ、あれだけ派手に転べば誰だって見てしまうだろう。
まして王族の目の前での出来事なのだ。
「皆様、お騒がせいたしましたわね」
「皆!これから3年間何かと騒がしいと思うがよろしく頼む」
胸に手をあてて軽く礼をとる彼の隣で、私も制服姿でできる限り綺麗なカーテシーをした。
こうして私と彼の学園生活はスタートをきったのだった。
◆◆◆◆
「もう嫌だ……」
学園内に設けられている王族専用の執務室の大きな机に、ダラリと上体を預けて彼が呟いた。
そんな彼を横目にしながら彼の好みの紅茶をいれると、くすくすと笑いながら彼の腕が当たらない位置にカップを置く。
「まだ1日目ですわ、ウォルフガング様。まあ、初日が一番多いだろうとフリーダ様からは伺っておりましたし」
それでものびたままカップに口をつけようとしないので、私は疲れが取れるようにと用意していた甘いクッキーを一枚、指でつまむと、机と一体化しつつある彼の口にそっと運んでやる。
彼はクッキーをモグモグと食べながら、恨めしそうに私を見上げた。
まるで餌付けでもしているようで、少し楽しい。
「それは分かっている!私とて兄上からもそう聞いている!」
クッキーを飲み込むと、彼はようやくカップに手を伸ばして香りを吸い込む。
彼が眠たいときのように少しトロリとした瞳のときは、精神的に疲れている時なのだと、私はこの5年でよく知っていた。
このお茶も日々公務と鍛錬で疲れがたまりやすい彼のために、疲れが取れやすいハーブをブレンドして私が贈っているものだ。
私も小さく溜息をつきながら、ソファに移動して彼と同じお茶を口にした。
温かさと香りにほっとして、やはり私自身も彼同様疲れていたのだと、改めて気付かされる。
「まだ、これから3年ございますわよ?」
「だが……今日だけで5人だぞ?!」
今朝からもう何度も聞いた彼の溜息に私も苦笑するしかないが、情報は正確を期さねばならないだろう。
「いえ、6人ですわ」
「何!?まさかさっき席を外した時に……」
私の言葉に、それまでとは別人かのようにブルーグリーンの瞳を丸くした彼は、焦ったように席を立ち上がると、ソファに座っていた私の隣へと駆け寄ってきた。
ちょっとびっくりするぐらい素早い。
「ええ、廊下で転んでインクが制服についたと騒いだ特待生の方が。私には何も被害はありませんでしたが」
安心させるように微笑むと、ほっと息をついて彼はソファに深く沈みこんだ。
先ほど廊下で会った女生徒は、確か今年平民から魔力が特に多い特待生として入学した生徒のうちの一人だった。
それにしても、今日の彼女達。
何もない所であんな風に上手に転ぶなんて真似は私にはできそうにない。
もしかして練習したのだろうか?
転ぶ練習を?……考えていたら薄ら寒くなってきてしまい、残っていた紅茶をコクリと飲み干した。
「そうか……しかし、豪商の娘に伯爵家の養女、男爵令嬢に子爵家の庶子と隣国からの留学生、更に平民の特待生までか?……はぁ。一体彼の者らは何をしに学園へ来たのであろうな?」
そうなのだ。
今日だけで、私たちの前で『想定通りに』転倒した生徒が6名。
怪我をした者もそうでないものも、とりあえず全員『イケメン騎士によるお姫様抱っこ』で私たちの前から退場していった。
もちろん、全てマチアス兄様の指揮の下である。
「ふふ、本当にそうですわね。それにしても不思議ですわね?王家から通達もされ、入学前にはプレスクールまでございますのに」
この学園では、平民や他国からの留学生、下位貴族のうち学園に入学する予定で、これまであまり家庭で教育を受けることができなかった者を対象として、学園に入る前に一年間のプレスクールが無償で開かれる。
そのため、学園の入学試験は入学する1年前に行われている。
卒業後貴族や国のトップに関わっていくものとして、まずは学園で問題を起こさず過ごせる程度の、最低限のマナーや知識を身につけてから学園に入る為のものである。
ちなみに、一年で身につけられなかった者はその年の学園への入学が認められず、翌年に持ち越しとなる。
その為、平民の中には同級生ではあるものの2、3歳年上であるものも少なくない。
とはいえ、プレスクールも受けられるのは3年までであり、それでもマナーを身につけられなかった者は、たとえ学力や魔力が入学基準を満たしていても入学資格を取り消されることになってる。
学園で学ぶだけの能力と学ぶ気持ちがないと判断されるからだ。
そういう生徒の中には魔力は多いのにマナーや思考が好ましくないものも一定数いるため、彼らは魔力制限の紋を刻まれて初級魔法しか使えないような処置をとられてしまうことになる。
「やはり、全てから逃れるのは難しいのだろうな……全く忌々しい」
「仕方ないでしょうね。これは陛下や王妃殿下、兄王子様方も通られた道です。それに……ご自分だけだと思わないでくださいと、朝も申し上げたはずですわ」
そう。実は……この国の王族は呪われていた。
5世代前の王太子殿下がとても好色な人物だったらしく、婚約者がいたにも関わらず同じ学園で出会ったマナーのなっていない下位貴族の庶子であったという令嬢に『真実の恋』とやらをしたそうだ。
婚約者の令嬢は、卒業パーティーで濡れ衣を着せられ婚約破棄を突きつけられて断罪された。
当時の国王は王太子からの報告のみを信じ、婚約者だった令嬢の断罪を認めてしまった。
ところが、その令嬢はその当時最も魔力を持った方だったらしく、ある魔法を王家にかけるとそのまま姿を消してしまったのだという。
『そんなに無邪気なヒロインが好きなら、これからずーーっとこの国の王族がそんなヒロインに会えるようにしてあげるわ!嬉しいでしょう?』
そしてかけられた魔法…いや、呪いは未だにこの国の王族たちを悩ませ続けている。
王族が学園に通う3年間、とにかくやたらと『私はヒロイン』と思い込んでいるらしい女性に絡まれ続けるのだ。
しかも、一人を排除してもすぐに次の『ヒロイン』が現れるのだ。
それを受けて、もちろん国も様々な対策をとってはいる。
先ほどのプレスクールだけではなく、本当に様々な対策を。
国中の貴族たちにも、貴族としてのマナーや貞操観念の薄い令嬢・子息を学園へ入学させた家は最低でも降爵処分になると通知を出してもいた。
それでも、この有様である。
マナーを知らないわけではない。
マナーを学んだ筈なのに、マルッと無視して婚約者のいる王族や王族の血を引く高位貴族たちに絡んでくるのだ。
時には同性にすらそういうものがいることもあるらしく、学園にいる間は本当に気が休まる時がなかった、と一昨年卒業して第二王子妃となったフリーダ様は言っていた。
「ウォルフ様には、私がついておりますでしょう?」
「あぁ…本当に嫌だ!」
彼の目を見て微笑むと、眉間にギュッと皺が寄る。
その耳と目の縁がじわじわと赤く染まっていく。
「ユフィ……俺はユフィだけがいればいいのに!」
「ウォルフ様ったら……ふふふ、ありがとうございます。そう言って頂けるだけで私も明日からまた頑張れそうですわ」
二人だけのとき、彼は時々一人称が俺に戻る。
そんな彼を私だけが知っていると思うと、胸がほんのり温かくなるのだ。
隣同士に腰掛けた私達は、そっと手を繋いでこれからの3年間をなんとか乗り越えていこうと改めて誓い合ったのだった。
◆◆◆
今日も今日とて教室の中に泣きそうな可憐な声が響く。
「酷い…酷いわ!聞いてください殿下!ユーフェミア様が、庶民の分際で身の程を弁えろと、私の教科書を破ったんですよ?!」
「ふーん、ユーフェミアが教科書を?しかしおかしいな…学園の教科書は自動修復魔法がかけてあるぞ?『持ち主以外が』破損した場合はすぐに修復されているはずだが?」
「ひぃっ!?」
当然、教科書だけでなく机や椅子、制服も同様の魔法がかけてある。
修復されないのは自分で破損している場合だけであると、まともに授業をうけてきた者ならば当然知っていることだ。
◆◆◆
校舎の裏庭にはダンスレッスン用のカナリア色の可愛らしいドレス姿の小柄な美少女がいた。
そのすぐ近くには、偽のウォルフガング様からの手紙で呼び出されていた私だ。
「あっー!ユーフェミア様、池に押すなんてひどぉーっっぐぇっ!?」
「あらまあ、そちらの池は壁面に投影された景観魔法ですわよ?貴女、何故自分から壁に激突なさったのかしら?鼻血が出ていましてよ?」
「ひろいわ!はらぢがれたはお!」
「ごめんなさいね?何ておっしゃっているのか私には分かりませんわ」
もちろん手紙が偽物だなんてことは百も承知である。
婚約者の筆跡を分からないとでも思ったのだろうか?
◆◆◆
「きゃーーっ!!!……え、あら!?わ、私、ユーフェミア様に押されてぇ……」
「…貴女は何を言っている?この階段は誰かが落ちると反重力魔法と記録魔法が発動するようになっているからな。貴女が自分で階段の4段目から落ちた映像が、さっきからそこのホールで繰り返し流れているようだが……私のユーフェミアがどうしたと?」
「ひゃぁーーー!!そ、それ流すのやめてぇーー!!」
実は同じように記録魔法は図書室や学食も含めて、学園内全てに設置してあるのだが、これは王族とその婚約者、そして学園長と記録魔法を設置したわが父、魔法師団長のみが知っていることである。
この記録魔法の設置の提案や発動条件の調整を父と共に行ったのが、当時まだ10歳になったばかりだった私である。
これが決め手となって私は彼の婚約者になったのだ。
◆◆◆
そして、ついさっき。
待ちに待った私たちの卒業パーティーが終わったところである。
いつもの執務室で、私達は自然と抱き合って互いをねぎらっていた。
本当に苦しい3年だった。
「やっと、終わったな」
「……終わりましたわね」
「あー!くっそ長い3年だった!もうヒロイン症候群は懲り懲りだー!」
「ふふ、ウォルフ様ったら言葉遣いが乱れてますわよ?」
額をくっつけあってくすくすと笑い合う私たちは、どこからどう見ても政略結婚する婚約者同士には見えないだろう。
手を取り合って乗り越えた3年は皮肉にも私たちの絆を、それまで以上に強くしていた。
「3年耐えたんだ、今日ぐらいいいだろう?ははは、ようやく誰にも邪魔されずにユフィと結婚できるな!え、これ嘘じゃないよな?夢だったら俺立ち直れない!!」
「ええ、ええ!夜会の度にワインをドレスにかけられたと叫ばれることも、デート中に何故か私達の目の前で後輩が破落戸に襲われそうになったりもしませんわ!教会から聖女との縁談をごり押しされたり、私を番とか言い張る獣人から何度も誘拐未遂されることもないのですね!」
入学してからのこの3年間は本当に困惑する出来事ばかりで。
体育祭、学園祭、各学年の卒業式などのイベントがある度に私達は『ヒロイン』たちに絡まれ続けた。
私たちだけでなく、マチアス兄様や1学年下のウォルフガング様の従弟、公爵家の4男であるアルマド様たちもひたすら絡まれる日々だった。
ちなみに、権力を強めたい教会幹部が連れてきた聖女はあくまでも自称の単なる治癒魔法師(その幹部の姪)だったし、この世界の番には強制力はなくて結婚したら互いに番となる程度の関係だ。
暴漢ならば武力で排除するのは簡単なのに、相手が非武装の女生徒(たまに男子生徒も含まれる)では、問題行動を起こしてからでなければ拘束も難しかった。
他の生徒に被害を出さず、極力穏やかに対処し続けたのは、『ヒロイン』たちの家族から王族批判が出るのを懸念せざるを得なかったからでもあった。
『ヒロイン』たちがあのような行動をとったのは、彼女の呪いのせいなのか、元々そうだったのかは5世代たった今でもはっきりとは分かっていない。
今の私の目標は、この呪いをかけた令嬢の魔力を上回り、呪いを解くことである。
私たちにとっては絆を強めてくれた3年ではあったけれど、これを自分の娘や息子に背負わせたいかと言われれば、断固としてNOなのだから。
end
他の生徒が大迷惑(笑)
先ほどなにげなくランキング覗いたら、日間異世界〔恋愛〕ランキングの9位に入っていました!
びっくりしすぎて危うくPCに珈琲を噴くところでした(笑)
うっかり覗いて一緒に呪われてくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!!!
いやいやこれどうなのよ?とツッコミいれたい部分も、今後書く予定の作品で書いていくつもりでおります。
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