イザベラ・チャンの平日
NSSOが結成されて、2年。彼女たちの功績は、予想をはるかに上回るものだった。
初めての任務は、少女の売春事件だった。不当な労働条件で少女たちを働かせているというタレコミを基に、娼婦館に潜入し、少女たちを売買し強制的に性行為を行った男たちをボコボコにしたことは男性陣の舌を巻かせたが、その他にも潜入に必要な演技力も身に着けていたのが、一番驚かれた。
その次の任務は、チェストラ市一帯を一帯を統括していたマフィアのアヘン取り締まりだった。アヘン漬けになった男が職質されたことで、発覚した事件だった。娼婦館やアヘンの存在を知っていたから、今まではそこまで衝撃を受けてこなかったが、マフィアと企業が繋がっていたという社会の裏側を知ってしまったことに対しては、衝撃的だった。しかもそのケース事件ではクレアが人質となってしまうという誰かの命が危機に晒されるということを初めて実感した事件でもあった。
NSSOの存在は、警察官たちにも大きな影響を与えている。ほとんどの人は彼女たちに称賛の声をかけているが、一部の上層部や昔からキャリアを積んでいるのにも関わらず、彼女たちにあっという間に追い抜かされてしまった警察官たちは、嫉妬し非難の声や差別的な声を上げている…
イザベラ・チャンは、過去の報告書を読みながらそう感じた。
「(現場で活躍できる力は無いくせに、自分より立場が上だからといって、少しのミスを批判するなよ…)」
チャーリーやナルシッサがいなかったら、守れる人はいないというかのように、今日現場の報告のサインを忘れたことをしつこく追及してきた凶悪犯罪部部長に悪態をついた。
警察庁はいくつかの部署に分かれているのだが、未だにいまいち分からないことがある。
チェストラ市の警察庁には総務局・警務局・生活安全局・地域局・刑事局・交通局・警備局があり、総務局では武器の開発・財務・広報・施設管理の仕事を行っている。
警務局では、人事・給料・警察官の教育などを行っており、最高職は局長である。ちなみに最高責任者の下に、人事部長・財務部長・教育部長と続く。
生活安全局では、娼婦やスラムなどの治安の維持を主に行っている。
地域局では、落とし物や観光客とのトラブルの解決など、地域を中心とした業務を行っている。
刑事局では、凶悪事件対策部・暴力団取締部・麻薬取締部がおり、NSSOも大体ここで本領を発揮しているようなものだ。刑事事件は毎日のように起こっているので、凶悪事件対策部だけ殺人事件課・窃盗事件課・暴力事件課に分かれており、ナルシッサは殺人事件課長である。刑事部唯一の役職に就いている女性でもある。
交通局では、馬車などの移動手段で起きた事故や、行事などの警備にあたっている。
警備局では、チェストラ国以外の人が犯罪を犯した人への処遇や政治家を警備を行っている。
過去の報告書を読み終わったイザベラは、時間を確認し、片づけを始めた。イザベラはNSSOの代表であるため、凶悪事件対策部に自身のデスクが置かれているのだ。報告書を書いたり、話し合いを行うのがイザベラの仕事であるため、警察庁にいたほうが楽なのだ。警察庁は各階に1つの部門が設置されており、刑事局の階では部ごとの部屋と課ごとの部屋があり、刑事部に総合的に関わるイザベラのデスクは凶悪犯罪対策部にある。部屋を出て、廊下を歩いているとすみませんと声をかけられた。
「お疲れ様です。朝はうちの部長がうじうじとすみませんでした。」
声をかけてきたのは、凶悪事件対策部部長の秘書であるティモシー・ブルームだった。色白い肌に薄い唇。彼が歯を見せて笑っているところを見たことはない。やっぱりそこらの女性より美人だと思いながら、イザベラは返事をした。
「気にしないでください、そもそもあなたが謝る必要はないですし」
部長の態度が気になっていたのか、イザベラの返事を聞いたティモシーは僅かに目に安堵の色を浮かばせた。
「まぁどちらにせよ、強く言っておきます。私に仕事を任せておきながら、食事に行ったりするような人男ですから…根はいい人なんですけどね」
ティモシーは皮肉たっぷりにちょうど廊下の向こうのほうで出てきた部長を見て小声で誉め言葉を付け足した。イザベラは笑いそうになるのを耐えながら、こっちに向かって歩いてきた部長を軽くにらんだ。
「ティモシー!どこに行ってたんだ?今から総務部の部長たちと会食だぞ。お前も来るだろ?」
「どこってあなたが押し付けてきた書類を出してきたんですよ……あと何回も言ってるじゃないですか、女性が苦手なんで行きたくないんですって」
こんなにズバズバ言う秘書は、彼とチャーリーの秘書になった場合の自分しかいないとイザベラは思った。
「そんなこと言ってたら、ティモシー、いつまでも愛する女性ができないぞ」
「大丈夫です。私はまだあ・な・た・の・仕事が残っているんで帰れないんですよ。楽しんできてください。」
ティモシーはそういうと軽く微笑んで、課長を見送った。
「ブルームさん、結構いう方なんですね。」
「あの人限定ですよ。ほかの人には怖くて言えないです。」
「確かに…仕事、残っていらっしゃるんですよね。ここで私も失礼しますね。」
「終わってるんですけどね。断るための嘘です…じゃあ、お疲れ様です。」
ティモシーはクルッと身をひるがえして、課長が歩いて行った方向に歩いて行った。イザベラは今日は誰がご飯担当だっけと考えながら、階段を降りて行った。
警察庁の広い玄関ホールは最上階まで吹き抜けとなっていて、天井には絵が描かれており、建物全体に陽の光が差し込むように東と西がガラス張りになっていて、何度通っても美しいと感じてしまう。床は大理石で巨大な警察庁のマークが描かれている。玄関ホールの前は段差が浅い20段ほどの階段がある。警察庁のくせに博物館並みに美しい建物なのだ。帰り道に急ぐ人ごみに紛れながら、イザベラはNSSOの館に帰った。