腹喰い事件26
「何で犯人はわざわざバレるようなことを?」
ステラからイザベラの話とレオナルド刑事局長の話を聞いたジェシカは怪訝な顔で呟いた。
「自分は警察になど捕まらないよというアピールでしょ。警察があまり動いていないから、つけあがっているのよ。」
「でも一度は人影に隠していたんでしょう?死後数日経った死体をわざわざ見つけて移動させるなんておかしいわよ。」
ジェシカの問いにラベンダーが答えた。
「確かにそれはおかしいわね。バレたくないという気持ちと警察を煽りたい気持ちが同時に存在するだなんてあるのかしら。」
「もしかしたら、犯人は複数人いるかもしれない。隠した人間と晒した人間が存在しているのならば、説明がつくわ。」
「複数人の犯行ね…なくはないかもしれない。でもこのことをアランに言えば、イザベラの立場がもっと危うくなってNSSOにも影響が出るから、私たちなりに捜査するしかなさそうね。」
ジュディの推論にステラはそう言ってため息をついた。
「それよりもナルシッサさんによるとチェストラ病院の内科医に事情聴取を行うか考えられているらしいよ。」
「え?何で?」
ローレンスの言葉にラベンダーは素っ頓狂な声を上げた。
「それは臓器を摘出できるのはごく僅かな人だからでしょ。」
「クレアのパパがフォニーチャイズっていう国では医療が発展していて、医師会でもしばしば話題になるって言ってたよね?確か人体投資を行っていて、投資している人も少ないって…同じ医療業界にいるチェストラの医師も臓器の摘出の方法を知っているかもっていう考えから、嫌疑をかけたのかもね。」
ジェシカの言葉にラベンダーはああと言って納得した顔をした。
「ただ前のアヘン事件のこともあるから、チェストラ病院との交渉が難航しそうなのが問題ね…内科医に嫌疑をかけたところでアリバイが証明されたらまた嫌な顔をされるから…」
「ほんと…良い活躍を見せられない人ばっかりね。」
ローレンスはそう呟くと、呆れた表情で天井を見上げた。
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その夜。
「イザベラ!メグさんから手紙が来てる!」
郵便受けの確認から帰って来たジュディが手紙を振り回しながら、居間に飛び込んできた。
「メグさんから?もしかしてヴァンパイア事件の…」
「そうかもしれない。開けてみて!」
ジュディから手紙を受け取ったイザベラは中の便箋を破らないように注意深く開けた。そして便箋を開き、居間にいた他のメンバーにも聞こえるように読み上げた。
『イザベラ、ジェシカ、ジュディ。そして他の皆。手紙を送るのは久しぶりだね。皆とはなかなか会えないが、チャーリーから何度か手紙で皆の活躍は知っている。だから、今回の事件の進捗具合については私も把握している。以前言っていたように、過去にヴァンパイア事件の捜査に関わった刑事との連絡がついた。彼が言っていた結論をいうと、ヴァンパイア事件の犯人とチェストラの腹喰い事件の犯人は別ものだろう。ヴァンパイア事件の遺体状況に比べると、チェストラのは計画的だ。ヴァンパイア事件と同一人物だとすれば、心理に考えると臓器だけを抜いて元に戻すというより、完全に破壊する方があっていると言えるだろう。身体のあちらこちらを切り刻み、血までを抜いて捕まらなかった犯人が今日まで逃げ続けているのだとすれば、身体を細分化して、川に流す方が最適だという考えに至っているはずだというのが当時の担当刑事の主観だ。』
イザベラはメグの手紙を読みながら、背中に鳥肌が立っていくのを感じた。どちらの犯人もまだこの世の何処かに潜んでいるという事実がイザベラの不安を増幅させたのだ。他のメンバーも同じことを思っているのか何人かは隣のメンバーの手を握ったり、身を寄せ合ったりしていた。
『チェストラで起きている殺人事件の話を聞く限り、イザベラたちがたどり着いた臓器移植の技術を人間に適用している線で考える方が変質的な快楽犯で考えるよりもよっぽど自然だと言っていた。ただ、少年の縫合に使われていた糸がチェストラでは入手できない糸だったということが気になる…人間の技術の進歩を認めなられない人ほど過去に囚われやすい、だがイザベラの考えも飛躍しすぎているところもあると彼は考えている。確かに内蔵の一部が無いまま、生活を送ることは想像できない上に人間と動物の構造は全く違う。動物で成功したからと言って、人間で成功する可能性はゼロのこともあるし、倫理観の問題もある。あまり固執しない方が良い。』
手紙の続きには刑事とメグのイザベラの考えに対する意見が綴られていた。確かに本当に実現可能なのか自分自身で疑問に思うことはあるが、犯人がスラム街の子供を一時的にしか生かせるつもりがない上に、元々毎日のように身元不明の遺体が出ている場所で起こった事件なので、一人目の少年のように内臓の一部が無くともしばらくは耐えることが出来るのではないかという考えがあった。
『一部否定したりもしたが、この事件はただの殺人事件じゃない。周りから何度も言われているだろうが、くれぐれも気を付けてね。公演が終わったら、皆に会いに行くよ。』
手紙を読み終えたイザベラはテーブルに便箋を置くと、周りを見回した。
「二人の殺人鬼がこの世に野放しだなんて…物騒ね。」
沈黙を破ったステラの言葉に皆は苦笑いするしかなかった。
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夕食後、イザベラは自分だけの隠れ家がいた。この場所はNSSOのメンバーには知られてはおらず、イザベラだけが借りている部屋でNSSOの誰にも知られたくないやりとりを行うために使っている部屋だ。以前、ローリーに教えた住所もこの場所であり、彼や他の知り合いからの手紙が無いか確認するために来ていた。埃の積もったテーブルの上で大量に郵便受けに詰められていた手紙やチラシを捌いていると、“クレア様”という文字を見つけ、イザベラは中の便箋まで破いてしまいそうな勢いで封を開けた。そこには達筆な字で簡潔に書かれていた。
“次のオークションの日程が判明しました。金曜日の夜の1時からで、僕の付添人として来てください。大聖堂の裏側で待っています。”
追記としてイブニングドレスなどの正装で来るよう指示があった。あの薄暗く異臭のする場所に金持ちが集まるという絵面がイザベラにはどうも想像できなかった。万が一のために動きやすいドレスにしよう…否、変装時はいつもスーツだったからドレス自体を着るのは久方振りだなとイザベラは考えながら、手紙をジャケットの内ポケットに入れると、軽く埃を叩いてから部屋を後にした。
メグからの手紙を読んだ後から、イザベラはずっとヴァンパイア事件に携わった刑事に指摘された飛躍しすぎた発想という言葉が頭にこびりついていた。頭の何処かでは難しいということは分かっていたが、似た事件に関わった者から否定されるとなると、少し気が滅入ってしまうのだ。
「(それにしても…ケイトからの報告の後に遺体が発見されるだなんて…)」
イザベラは青白い月を見上げながら、不安を覚えた。偶然にしてもタイミングが絶妙すぎると感じてしまうのだ。
「(もしかしたら、犯人がケイトとトミーのことを監視しているのかもしれない。明日、警戒するよう伝えに行こう。)」
イザベラはそう決意すると、少し冷えてきた秋の夜の匂いを胸いっぱいに吸い込み、館に戻る道を急いだ。
一か月遅れの投稿になりました…話をつなげるのが難しい…。




