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NSSO《国家特別秘密組織》  作者: まっふん
腹喰い事件2章
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腹喰い事件23


数日後、たまたま有給休暇を取っていたイザベラはローリー・アローという謎の男にスラム街の最深部を案内してもらうために、オルケスタ川に向かっていた。警察の誰かに見つかってしまえば、刑事局長らの手によって重い処分が下されるだろうと考えていたイザベラは周りに警戒しながら道を歩いていた。何故なら初対面の相手になら変装して堂々と行けるのだが、二回目ですぐにイザベラを察知した相手に変装して会うのは正体を怪しまれそうな気がしたので、素顔のままで行くことにしたのだ。事前に何も伝えていないが分かるのだろうかと疑問に思いつつ、イザベラはチェストラの大広場のにぎやかさとは程遠い閑散とした待ち合わせ場所に到着した。


「(スラム街の最深部に行くにあたって、誰にも何も伝えていないのは流石にマズいか…。行政の方からも捜査官が潜入しているという話を聞くけど、良い結果を聞いたことが無い。そのまま行方不明になった人もいると聞いたことがある…)」


政府も匙を投げたスラム街の最深部への恐怖からイザベラは、自身の腰に差した短剣の柄を握りしめた。今の時代、剣を差しているのは見回りとして最前で働く警察官と王の衛兵、軍隊とNSSOくらいだ。その剣を振りかざすとなれば、大騒ぎになるのは間違いない。有事の際はどうすれば良いのかと散々迷った挙句、イザベラはまだ狭い所で振り回しても被害が拡大しない古い短剣を持ってきたのだ。


「(それにしてもローリー・アロー…初めて会った時とは雰囲気が全然違った。あの暗がりでも私だと判断出来たからにして、視力は良いのだろう。警戒心が強い私でも分からないくらい気配を隠せるなんて…駄目だ、深く考えていたらまた驚かされてしまう。)」


イザベラはローリーが何処からか見張っていないか探るために、慎重に周囲を見回した。第三地区の西側は工場で労働者の多くが住む地区なので、昼間の今は鳥と赤ん坊の泣き声しかしない。何度も周囲を見回していたおかげか、今回は驚くことなく相手を見つけることが出来た。


「窓から見えていました。来てくれたんですね。」


「貴方を頼りたくはなかったのですが、どうしても。」


暗がりだった上に、二回とも会話した時間が短かったため、背の高くて細い男というイメージしか無かったイザベラは、まじまじと日の下でローリーの顔を見つめた。少し吊り上がった切長の目に高慢さを感じさせないスッとした鼻、薄い唇を持つ彼は、イザベラと同じく黒い髪に黒い目を持っていることから、チェストラではない国から来たことが伺えた。


「では行きましょうと言いたいところですが、クレアさんのその格好ではすぐに素性がバレてしまいます。そう思って古着を持って来たので、これを羽織ってください。」


そう言ってローリーが渡してきたマントからは微かに異臭がしたので、イザベラは怪訝な顔でローリーを見つめたが、上三白眼気味の目は着ろと言わんばかりだった。



「今から通る道はちょっとした隠れ道なんです。ここらの人しか知らない。」


そう言うとローリーは狭い路地の真ん中にあった石の蓋を退けた。するとそこは空洞になっており、下水の異臭が一気に辺りを充した。


「ゔっ…」


「ははっ、キツイ匂いですよね…この匂いは常人は耐えられませんよ。下水以外にもゴミや死体の臭いが含まれていますからね。」


思わず鼻を抑えて呻いたイザベラを見たローリーは笑いながらそう言い、先に降りてイザベラが降りるのを手助けした。


「ここから数キロ歩けば、下水の開けた所に出ます。そらが所謂スラム街の最深部です。チェストラ市の下水道はチェストラ国最大であちこちに繋がっています。既にある街に作ったので、あまり地下が広がっていなくて…でもスラム街の地下は何かあっても賠償金が発生するなどの大きな問題は起こりませんからね。だから、下水道の中心部をスラム街の地下に作ったんです。皮肉なことにチェストラの犯罪者がそこに巣食ってしまいましたけどね。」


「はぁ…アローさんはよくここに来るんですか?」


「僕、散歩…いえ、探検が好きなんです。ここへの入り口は他の人から聞いて…ふらふらを彷徨っていたら、段々地形を理解したって感じですね。」


イザベラはへぇと空返事をしながら、この男の賢さに舌を巻いた。ローリーはいつの間に出した蝋燭に火をつけて、細い下水道を歩き始めた。下水道の壁はレンガで出来ており、天井はローリーが手を伸ばせば、手が付きそうな高さだ。人が一人歩けるほどの細い道の横には腐臭の漂う水が流れていた。


「チェストラの下水道は道路と同じ形状で流れているんです。だから、分かりやすいでしょう?」


「この汚水って何処に流れているんですか?まさかオルケスタ川に…」


「ええ、全部オルケスタ川に流れています。でもこの街の外れで流しているそうです。だから、この街のオルケスタ川はそこまで汚くないでしょう?見てわかる通り、この下水には家庭や工場で出たゴミやスラム街の身元不明の死体、最深部で殺された者の死体が含まれています。この下水が流れ込む水域では、大きな公害が起こっているそうです。伝染病が流行り、住民は少しでも川を美しくするためにゴミを掻き出そうとしている。チェストラ市に住む人は知らない真実です。行政はなんとか汚染問題を解決しようとはしていますが、ここに住む者が変わらなければ、何も解決出来ない。」


「私、知らなかったです…」


「おや、警察官は知っていると思っていました。チェストラは美しさは表面上の話です。人口が多ければ多いほど、表面下はどす黒く濁っている。まるで客引きする年老いた女性の厚化粧のようだ。この街は貴方が思っているほど、美しくない。」


ローリーは冷たい目でイザベラにチラリと目をやった。絶望していた時に辿り着いたこの街に憧れを抱いているイザベラの心を見透かしているようだった。この世の不条理さを淡々と受け止め、身が危険な場所に案内するような男にイザベラは早くも魅了されかけていた。しかし、数分歩いた後に遠くの方に小さく蝋燭が灯っているのを見つけたイザベラは目の前のことに集中しようと、煩悩を振り払った。


「この道を知る人は少ないので、自然に紛れ込めるよう灯を消します。あの蝋燭が付いている辺りは最深部の端なので、死にかけのアハン中毒者ばかりです。まだ身の危険は無いですが、突然暴れ出すこともあるので注意してください。」


ローリーはそう囁くと蝋燭の灯を吹き消し、二人は暗がりの中を無言のまま、進んでいった。蝋燭が灯っている場所までにいくつかの崩れた死体があり、その度にイザベラは驚きで大声を上げそうになったり、下水道に落ちかけそうになったが、ローリーは全く動じることなく黙々と進んでいった。


「う"ぅぅ…あ"ぁっ…」


イザベラたちが通ると、壁に寄りかかって座り込んでいた住人が呻きながら、急に動き出した。彼らの何処を見ているのか分からない目は血走っていて、髪は艶がなくフケやゴミが付いている。手足は骨と皮しかなく、服も服と言えない状態になっていた。


「…アヘン中毒者の末路だ。金が尽きれば盗人となり、追放されれば狂人となる。売人の懐が温かくなるだけで、アヘンに利点など無いことは売人が一番分かっています。人間の逃げ道に漬け込むとはタチが悪いですね。」


「スラムに住む貴方なら目を瞑っていると思っていました。」


「いいえ、僕はアヘンは嫌いです。アヘンというより、自らの寿命を縮めるようなものが嫌いだ。こう見えても僕は図太く生きていたい性格なんですよ。」


ローリーはそう言って少し微笑むと、ガヤガヤと人の声がする方にイザベラを引っ張っていった。


「ここは第一と第二地区の各所に流れる下水を一箇所に集めた場所なので、さっきと比べると広いんです。犯罪者や暴力組織がここには潜んでいます。あちこちでアヘンや違法物の取引も。何を見ても騒がず、睨みつけず、目立たないでください。」


「分かりました。」


イザベラはローリーの目をしっかり見て頷き、スラム街最深部を彷徨う人々の中に紛れ込んだ。







次話は4/2予定です。

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