腹喰い事件13
「…まあ、探すと言ってもどうするかよね。不審がられるのは間違いないし、もしやましい理由でここに出ることが出来たのなら、出会えたとしても逃げられるかもしれない。」
「そこはNSSOお得意の潜入でやるしかないでしょ…」
ジェシカが予測を立てた場所に到着した三人はスラムよりは環境が良くても、多くの労働者で混み合っている様子を見て、採算が無いのを確信した。
「…駄目。こんな所で時間をかけてられない。本当にチャーリーに怒られてしまう。」
顎に手を当てて、考え事をしていたイザベラはそう言った。
「せめてもう少し、ここを調べる価値がある理由付けをしないと。」
「賭けだけど、チェストラ市の警察として役所に行って、ここ最近追加された住民票を見せてもらえるか聞いてみる?…捜査の一環として認めてもらえるかは分からないけど。」
「まだ、ここで一人一人に声を掛けるよりかは遥かにマシね。この地区一帯を管理している役所は…ここから少し東に歩いた所ね。行ってみよう。」
地図を確認したジュディがそう言うと、2人は頷いて後をついて行った。
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「…で、こういう者なのですが、見せていただけないでしょうか?」
イザベラは胸ポケットから、チェストラ国の警察の紋章と所属している「刑事局凶悪事件対策部」の刺繡が入った手帳を取り出して見せた。
「え、あ、警察…。あぁっ!はい、どうぞ用意しますね。」
職員の男は戸惑った口調でそう言うと、受付の職員に命令した。
「もし、今回の資料提供に訝しんでいるのでしたら、ここに今あった出来事を書いて送ってください。警察官の教育を行っている教育部宛てに連絡が行きます。」
そう言うとイザベラは空いている用紙にチャーリーが所属しているチェストラ警務局教育部の住所と自身の名前を書いて、相手に押し付けた。
「あ、大丈夫です!そんな、不満だなんてありませんよ、ハハハ…」
職員の男は冷や汗を浮かべながら、空笑いをした。
「はい、持ってきましたよ。ここ3か月分の新規の住民票と登記の写しです。住民票だけだと出さない人も多いので。」
受付の職員はそういって書類の束を空いている机に置いた。
「ありがとうございます…とりあえず、この束の中から前の住所が不明な怪しい人物を探せばいいわね。」
「うん、誰かが家族って言っていたから、姓が同じ人が何人かいたら、その人たちかも。」
イザベラがそう言うと2人は了解と返事をし、書類の束を漁りだした。
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「(…マクレガー、マシュー、マゼラン、マナベイン、マライク、マリ、マリラージュ、ミアネフスカ…今のところ、引っ掛かるのは3人家族と前の住所が話を聞いた辺りの人か…)二人は何か気になる人を見つけた?」
「うん、3組ぐらいかな。イザベラは?」
「私も2組よ、3カ月だから、そこまで人の移動は激しくないね。」
「私も気になったのは2組だけ。」
「あまり時間が無いから、その中でも可能性として高い人たちを優先に今から回ってみよう。もし疚しい方法でここに引っ越したとして、私達が嗅ぎまわっていることを他の人たちに知られたら、きっと逃げ出すと思うから。」
ジェシカがそう言うと、3人は気になった人物の情報を書きとめ、書類の束を職員に返して捜査を一歩前に進めるために、区役所を後にした。
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「ここら辺が朝に証言してくれた人が住んでいる場所なんだけど…」
北エリアを担当していた4人をバラバラにして、新たに班を分け直したNSSOはブロッサムが朝であった証言者が教えてくれた居場所に到着していた。
「ローレンスとヴィクトリアも別々の場所からこの近くにいる。教えてくれた人は30代後半の女性で髪色は焦げ茶色、目は緑、服装から娼婦だと思われる。目元にほくろがあったわ。変な輩に話しかけられない程度に周りを観察して頂戴。」
「「分かった。」」
ブロッサムと同チームであるレイとユリエは頷いた。
二人は北エリアは人が少なく、後ろから襲われたらひとたまりもない場所だと思っていたが、思っていた以上に人で混雑し、路肩で火を焚いて何かを温めている人や人を呼び込む娼婦の姿が見られた。
「思っていた以上に人が多いんだね。」
「チェストラ市の人口は約60万人、そのうちスラム街に住む人数は3割の約18万人。この人数の割合は年々増加しているそうよ。政府はスラム街を抑え込もうとしているから、人口密度が高くなっているの。」
ブロッサムは火を囲み、無口で温まる人を見つめながらそう言った。
「日が暮れたら、互いの顔の判別がつかないだろうし、行こうか。」
レイがそう呟くと、3人は行きかう人の顔を見ながら、歩みを進めて行った。
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「こ、ここが北エリア…」
ジョーとヴィクトリアに連れられて北エリアに初めて入ったケリーは小声で絶句した。ケリーも同じくスラム街出身だが、住んでいるエリアはまだ日が差し込み、子供が自由に走り回っている所だからだ。
「君たち、君たち、これはどうだい?ちょっと吸うだけでこの嫌な空気を忘れられる。こんなところにいるのは嫌だろう?」
突然、肌が泥やすすで黒ずみ、歯が黄ばんで所々欠けている老人がラベンダーの腕を掴んだ。
「ひっ…!」
「僕たちにそんなものは必要無い。離せ。」
ジョーは真顔でそう言い放つと、老人の骨ばった腕を掴んで捻り上げた。バランスの崩れた老人は壁に身体を打ち付け、よたよたとしながら細い路地へと消えて行った。
「ありがとう…怖かった…」
「ああいうのはまともに意思が取れないから、振り払えば問題ない。慣れだよ。」
「今のは何だったの?」
老人が消えた路地を見つめながら、ケリーが尋ねた。
「アヘンだよ、アヘン。幻覚症状とか見えるやつ。あんなの一度でも吸ったら、もう人生終わりよ。爺さんが消えて行った路地、よく見たらたくさんの人がうずくまっているでしょう。」
ヴィクトリアが小声で言って、路地を指した。確かに目を凝らすとうずくまった人たちが、何人もいる。時折呻き声や、身体が横に倒れる音がした。
「アヘンは金持ちがタバコに混ぜたり、娼婦が商売で使ったりする物。どうやってこのスラム街にアヘンが普及したのかは分からないけど、たぶん何処かにアヘンを秘密裏に売り捌いて製造している所があるんだろうね。」
「確か、5日後に警察が突入するって…」
ヴィクトリアの言葉を聞いたラベンダーがふと思い出したように呟いた。
「突入の名目は今回の事件じゃなくて、アヘンの取り締まりだろうね。恐らく警察は拠点に目星をつけているのか、粗さがしをするのかどっちかかな。過去に一度、アヘンの拠点をNSSOが摘発したことがあるけど、あんなの氷山の一角だからね。」
ジョーがあっさりと言った。どうやら北エリアの2人は前前から予想がついていたらしい。
「そろそろ動かないと。また変な奴に目を付けられる。」
周囲を警戒していたケリーがそう言うと、4人は北エリアの奥へと進んだ。
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「…同じスラム街でもこんなに違うんだ…」
ローレンスとルージュと共に北エリアに入ったスーザンは地面に座り込む親子を見て悲しそうにつぶやいた。
「ここはチェストラ全土に渡る下水道の入り口付近だから、北エリアの中でもかなり僻地よ。政府は公言していないけど、下水道にもスラム街が広がっていて、約2万人が住んでいると言われているわ。」
「下水道のスラム街に行ったことはある?」
「いいえ。あそこは軽率に行ってはいけない場所よ。陽の光が入ることは無く、下水の匂いで鼻が直ぐに効かなくなる。下水道は住民が住んでいるというより、犯罪グループがそこを拠点としているような所だって聞いたことがある。」
「ここより危険なのね…」
ローレンスの言葉にルージュは不安気に呟いた。
「変に目立たなければ大丈夫よ。証言してくれた人が教えてくれた住んでいる場所はまぁ、広めのエリアを指しているの。探すのに時間がかかるから、さっさと行きましょう。」
ローレンスの言葉に二人は無言で頷き、顔を隠すようにフードを被って歩き始めた。




