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ロボットと殺人  作者: 皐月零御
2/3

解決編

「……刑事さん、何か分かったんですか?」


 鷹山と咲良は同じベッドでの起床の後、弘田の自宅へと向かった。


 前回と同じく、無表情な男が玄関から出てきた。


「えぇ、少しお話したことが出来ましてね」

「……どうぞ」


 先日と同じく、リビングへと通される。相変わらずツーショット写真に囲まれた場所だ。


「それで、話って何ですか?」

「単刀直入に聞きますが、奥さんはどこにいらっしゃるのですか?」

「そんなの知るわけがないですよ。僕だって知りたいぐらいです」


 弘田は無表情で答えた。


「あなたの奥さんである椿さんは7年前に失踪しましたよね。理由に心当たりはあるのですか?」

「いいえ、まったく」

「では、アイリスのツバキさんはいつ購入しましたか?因みに、調べればすぐに購入履歴は確認できますが、直接聞くのが早いんでね」

「寂しさを紛らわす為に、1年後ぐらいには購入しました」

「だいぶ早いですね。――まるで、もう帰ってこないことが分かっているかのようですね」


 鷹山はあえて挑発的な言い回しで弘田を煽る。彼は眉間にシワを寄せて攻寄る。


「つまり、僕が妻を殺したと?」


 声は荒立っていないが、明らかに不機嫌だ。畳みかけるように鷹山が続ける。


「――ところで、この部屋の写真なんですがすべて楓さんの写真ではないですね?アイリスのツバキさんとの写真ですよね」

「あ、私アイリスなんで、人間とアイリスの違いが判るんですよ」


 咲良が合間を入れずに言葉を添える。それを聞いて弘田は何かを諦めたように肩を落とした。


「えぇ、そうです。この部屋の写真すべて、ツバキとの写真です」

「そうですか。……これでこの事件の全貌が見えてきました」

「本当ですか!」


 鷹山は胸ポケットから弘田に貰った写真を取り出した。


「この写真は失踪した椿さん唯一の写真なんですね?」

「はい」

「この写真に写る赤い花が咲いた木、この家の庭にある切株ですよね」

「その通りです」

「なぜ切ってしまったんですか?」

「それは…………」


 弘田は答えを口にせず黙り込んだ。


「ここからは僕の予想ですが、椿さんを忘れるためじゃないですか?この部屋の写真はすべて、江ノ島で亡くなられたツバキさんとのものですよね?」

「……えぇ、あなたの言う通りですよ」


 そう言って本棚の上に置いてある写真を手に取った。江ノ島を背景にツバキさんがこちらに向かって微笑んでいる写真だ。


「椿を忘れるために庭の木を切った。彼女の痕跡を消そうとした。――椿を忘れて、ツバキを愛するために」

「まさかあなた、アイリスに恋心を……」


 咲良は冷たい視線を送った。人間がアイリスに恋心を抱いたなんてのはよく聞く話だ。


「最初は椿の代わりでしたよ。でも、日を重ねていくうちにツバキは一人の女性としての存在になっていったんです」

「だからこそ、なんですよ。一体、ツバキさんとの間に何があったんですか?ツバキさんが亡くなる数日前、ツバキさんが盗難されたと署に来られたんですよね?僕はその日に何かが起きたと考えているんですよ」

「刑事さん、もうわかってるんじゃないですか?それでいて、僕から話を聞こうっていうんですか?」

「あくまで推測ですからね。それに、その日起こったことが奥さんと関係していることぐらいしか思いつきませんよ」

「……意地悪ですね。ほぼ答えですよ。――僕が、妻である椿を殺した。そのことがツバキにバレたんですよ」


 弘田は写真を伏せて元の位置に置いた。


「なぜ椿さんを殺したんですか?」

「それは……言いたくありません」

「分かりました。とりあえず、いまはいいでしょう。それで、どうしてツバキさんにそのことが?」

「僕はワザと椿を殺した証拠を残していました。後で自首するつもりだったんです。ですが、その日、ツバキは証拠を運悪く見つけてしまった。そこから彼女と喧嘩になった。……その時に僕は命令してしまったんです『僕の前から消えてくれ!』、と」


 警察には裏の事情を知られたくないために、盗まれたなんてことを言ったのだろう。


「アイリスには自我はあるが、最終的には三原則に縛られている。だからその命令を遂行したのか」

「GPSが消えたって話はどういうことなの?」

「おそらくだが、アイリスのコアなプログラムに干渉したんだろう。彼の前から消えるっていう命令のためにな」

「そんなことが可能なの?」

「そうじゃなきゃ、江ノ島での自殺に説明がつかなくなるだろ」

「ちょっと、待ってください!ツバキは自殺したんですか!」

「そうよ、あなたが言ったんじゃない!三原則に縛られているって。だったら自殺なんて不可能なはずよ!」


 弘田の抗議は予想していたが、まさか咲良までとは思っていなかった。鷹山は頭を掻いてから説明をした。


「いいや、むしろ三原則に縛られた結果の自殺なんだよ」

「どういうことですか?」

「あなたは『僕の前から消えてくれ』と命令しました。ですが、それは本来ならばアイリスに自傷行為を指示することになり、三原則によって拒否されます。だから一時的に姿を消したものの、すぐにあなたの元に戻って来た。そうですよね?」

「はい、しばらくしたら戻って来たので警察の方にも、僕の勘違いとして連絡しました」

「では何故、彼女は自殺したのか」


 鷹山は弘田に向き直り、宣言する。


「それは――あなたに恋をしたからですよ」


     *


「人間がアイリスに恋することはある。けど、その逆は不可能なはずよ」


 咲良は鷹山の言葉に苦言を呈す。


「ああ、そうだな。人類の繁栄のためにそういう設計になっている。だが、この事件を解くにはそれが前提条件になるんだよ」

「どういうことですか?」

「ツバキさんは弘田さんへの恋のせいで三原則に致命的な不具合を与えていたんだ」

「余計に意味がわかりません」

「ツバキさんは、弘田さんが未だに楓さんを愛していると勘違いしたんですよ。そりゃあ、自分の姿は楓さんそのものですからね。勘違いをするのも無理はない」


 鷹山の言葉に弘田は目を伏せる。


「ここで、現在ツバキさんについてわかることを説明しておきましょうか。三原則において、一条、人間はロボットの指示に従わなくてはならない。この指示を『僕の前から消えてくれ』という言葉が該当されます。次に、二条、ロボットは所有者へ危害を加えてはなりません。これはツバキさんが、自分の存在が弘田さんに心身的な傷を負わせると考えた場合は反すると考えられます」

「……つまり、ツバキさんは弘田さんを傷つけないために自殺したわけ?」


 咲良は到底納得できないと言った視線を鷹山に向けた。


「そういうことだ。そして最後に三原則の三条には自己を守らなくてはいけない、というものがある。咲良はこれが自殺を起こさない理由だと思っているんだな。――だけど、この三条には一条と二条に反することがない限りという条件が付いているんだ」

「言われてみればって感じね。それで、恋が不具合を起こしたって話は何なの?」

「そうですよ。一体どういうことなんですか?」


 二人が口をそろえる。鷹山は弘田家のキッチンをちらりと見る。アイランドキッチンだ。大理石を使っているのでかなり値を張ったのだろう。そもそも、江ノ島に家を建てるぐらいだ。財産に余裕はあるのだろう。


「例えば、アイリスの所有者が料理をしていて包丁で指を切ってしまったとします。この場合、アイリスは所有者の危機を看過していたと言えませんか?所有者が怪我をする可能性があるのなら、アイリスが元々料理をすればいいんですよ。――とまぁ、ようは三原則が適用されるかは効き次第ってことですよ」

「その『効き具合』っていうのが、恋のせいと言いたいのね?」

「そういうことだ。恋愛関係の縺れが原因の事件なんて山ほどあるだろ」


 鷹山の言う通りだった。アイリスによって件数は減っているものの、中身を見ればそう言った事件の割合は大きい。


「というわけで弘田さん、納得いただけましたか?」

「……はい。彼女の死んだ理由。それが聞けただけで満足ですよ」


 弘田は満足そうに頷いた。


「では、椿さんの殺害の件で署にご同行願えますか」


 鷹山が弘田に向かって手を差し出すと、彼は一瞬の迷いもなく大きな一歩を踏み出した。

 


     *



「――――以上が江ノ島アイリス殺人事件、もとい、江ノ島アイリス自殺事件の本末になります」


 最終報告会が終わると、製造元の研究者たちは眉間にシワを寄せ、慌てた様子で議室を後にした。そのあとに部長がその後ろをついていき、その他の職員もぞろぞろと会議室を出ていく。


 会議室に残ったのは、鷹山、咲良、華山の三人となった。


「鷹山さん、どうして私を連れて行ってくれなかったんですか?」

「そりゃあ、起きたのが――」

「偶然、署に居合わせたのよ。興味深い事件だったから無理言って同行させてもらったのよ」

「へぇ、そうなんですね」

「そうだ、華山さん。さっき銀さんが会議が終わったらすぐに来るよう言ってたわよ」

「あっ!報告書がまだだった!すみません、これで失礼しますね!」


 華山は敬礼してから慌てて部屋を出て行った。


「何言いかけてんのよ」

「悪い悪い」


 この関係を誰かに知られることは躊躇われる。人間同士ならばまだしも、人間とロボットだ。


「気をつけなさいよ。――それじゃあ、私も用事があるから失礼するわね」

「ああ」


 そう言って咲良は立ち上がったのだが、その場から動こうとしなかった。


「どうした?」

「……まぁ、いっか。それじゃ」

「ん?」


 彼女はその言動を説明せずに部屋を出た。それと同時に入れ替わりで柴浦がやって来た。


「よぉ、自分から呼んでおいて遅いじゃねえか」

 

 鷹山は何もなく会議室にいたのではなく、柴浦を待っていたのだ。


「悪いね。ちょっと銀さんと話をしててね」

「まあいいさ。それで、話っていうのは――ってまぁ勿論、この事件だよな」

「その通りだよ」


 柴浦は鷹山の2つ先の椅子に座った。


「この事件のまとめ方、妙に違和感があると思ったんだ」

「そうか?」

「普通は分からないさ。でも、俺は気づいた」

「何に気づいたんだ?」


 一瞬の間が生まれた。一秒にも満たないものだったが、柴浦が口を開くまで、鷹山にはそれがとても長く感じた。


「――おまえ、アイリスの事件を解決するつもりなんて無かっただろ?」


     *


「…………」


 鷹山は机に置かれた缶コーヒーを見つめている。柴浦の問いに彼は無言を貫いている。


「鷹山にとって、アイリスの事件は重要なことじゃなかった。たぶん、咲良ちゃんも分かってると思うよ」


 ここでようやく「あぁ……」と小さく答えた。


「アイリスが殺されようが自殺しようが、鷹山には一切興味がなかった。そんなことよりも、弘田って男が『人間を殺した』ってことの方が重要だったんだろ?」

「そうだな。俺にとっての江ノ島殺人事件はアイリスじゃなかったさ。それに所詮アイリスはロボット――いや、たかが機械にすぎないさ」

「おまえ……」

「俺にとって、アイリスは人間を脅かす存在でしかないのさ。分かっているとは思うが、報告書にまとめた推察、()()()()()()()()()()()。それっぽいことを並べただけ。恋のせいで三原則に不具合が起きたなんて笑えるね。それじゃあ致命的な欠陥じゃないか。全国のアイリスを即刻回収するべき事案だよ」


 鷹山はコーヒーを手に取ると一気に飲み干した。


「たしかに、アイリスは感情を持ち合わせる。だけど、それは人と同じものではない。アイリスが人と同じ感情なんて持てるはずがない。持たせてはいけないんだ」

「アイリスが人間と同じ感情を持ったら人間を脅かす存在になるって言いたいのか?」

「その通りだよ。アイリスが人と同じ感情を持ったなら、それは新たなる人類として成り立つ。人とアイリスに上下関係はなくなる。三原則は消え、アイリスが上に立つ存在になるんだ。その時、人間は終わりさ」


 鷹山は缶コーヒーを人類に見立てたように握りつぶした。


「まさか、研究者たちが焦っていたのは――」

「そう。この考えの恐ろしさはアイリスの研究者が一番わかっているはずだ。ツバキってアイリスはすぐに調べられて、所有者の元には帰らずに長らく研究対象になるだろうな」

「でも推察はデタラメなんだろう?」

「恐らくな。……あるいは、もしかしたら真実かもしれないがな。でも、デタラメだからいいんだ。俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう言った鷹山の目に揺らぎはなかった。その目に恐怖すら覚えた。


 柴浦は恐る恐る尋ねる。


「……どうしてそんなことするんだ?」


 鷹山は立ち上がって会議室の扉へと向かう。ドアノブに手をかけたところでこめかみを掻いてから振り返った。


「――そりゃあ、ロボットが嫌いだからさ」

次で終わりますう

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