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ロボットと殺人  作者: 皐月零御
1/3

事件編

鷹山(たかやま)、部長から電話だぞ」


 その一本の電話が、今回の事件の始まりだった。


「はい」


 その時は、どうせ上司からのお怒り電話だと思っていた。だから気軽な気持ちで電話を受け取る。


『江ノ島で殺人事件が起きた。至急現場へ向かってくれ』


 その電話こそ、前代未聞の事件が始まった合図だったのだ――――。


     *


 20XX年の日本。この国はロボット工学の分野が目まぐるしく成長した。特に、イギリスのベンチャー企業、アイレックス社の開発した【アイリス】が世界中で大ヒットした。アイリスは人型の人間そっくりなロボットで、今や、各家庭に一体はアイリスを保有しているとの報告もある。


 アイリスは高度なAIを搭載しており、流暢に人並の言葉を話す。そこまで人間に近しい存在となったアイリスは人間と比べることが難しい。アイリスだけがその区別をつけることが出来るのだ。


「鷹山さん、いい加減にアイリス買ったらどうですか!」


 藤沢駅の南口を出て徒歩5分ほど。行きつけの居酒屋で2カ月ぶりとなった酒の席。

 

 鷹山は何故か対面の女性部下に怒られていた。


「なぁ華山(はなやま)、今日は飲みすぎじゃないか?」

「まだ8杯しか飲んでません!」

「そこそこ飲んでるじゃねえかよ」

「鷹山さんは全然飲んでないじゃないですか!」

「このまえの検査で肝臓が引っかかったんだよ。しばらく休肝日だよ」

「ぐぬぬぬ……」


 5つ下の後輩である華山は手に持っているグラスを空にしてから、店員に向かって「生!ひとつ追加!」と高らかに叫ぶ。


「そりゃあ上司に理不尽に怒られまくったら酒も飲みたくなるよねぇ」


 同期の柴浦(しばうら)が華山に少し同情してみせた。


「それで!どうなんですか!アイリス買いませんか!」


 追加のグラスを受けとった華山はそう言って鷹山に迫る。既に彼女から酒の匂いが漂っている。


「近いって。ほら、落ち着け。俺は一切買うつもりはないから」

「ええぇ!!あり得ないですよ!柴浦さんも言ってやってくださいよ!アイリス持ってましたよね!」

「うん持ってるよ。確かに、アイリスはいいね。家事をしてくれるし、子供の世話もしてくれる。滅多に故障しないからお金もかからない。なにより本物の人間そっくりだ」

「へぇ。そりゃあ便利そうだなー。華山も持ってるんだよな?」

「はい、もちろんです。――みてくださいよ、かっこいいですよね!?」


 そう言って華山はスマホの画面を見せてきた。それは、華山と一人の男がツーショットを決めた写真だった。彼はテレビでよく見る男性アイドルに似ている。


「この男がアイリスか」

「はい、海葉(かいば)くんっていいます」

「名前まであるのかよ」

「そうですよ!最初に起動するときに、名前を決めるんです。柴浦さんのアイリスはなんて名前なんですか?」

「アリスって名前だ。娘が名前をつけたんだ」


 柴浦は少し誇らしげに言う。


 彼は娘大好き人間で、スマホの待ち受けは娘。職場のパソコンのホーム画面も娘。胸ポケットの手帳に挟み込まれてる写真も娘。暇さえあれば娘が可愛いと自慢してくる。

 

 先日、娘の映った動画を見せてもらったのだが、確かに可愛かった。溺愛する気持ちも十分理解できる。


「なんだ、名前は何でもいいのか?俺ならポチにするぞ」

「あー!それロボット差別ですよ!警察なのにそんなこと言っていると捕まっちゃいますよ!」

「冗談だよ、冗談。アイツらの前で言ってたら通報されるかもしれねぇしな」


 この国にはロボット保護条例というものがある。高度な知能を持ったロボットに対して非人道的な言動や行動をしてはならないのだ。要するに、人間と同じ扱いをしなさいということだ。これは、アイリスが発売された時期にアイリスに対しての暴行や虐待が相次いだ為らしい。


 そんなことがあったせいで、国は条例にロボット三原則というものを加え、高度なAIを持つロボットは三原則を組み込む法律を作り上げた。


第一条


 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条


 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


第三条


 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


 この三原則のお陰で、自身に何らかの危険が生じた場合は、警察や病院へ自動通報されるようになっているのだ。この時代、高度なAIを持つロボットには人権に近い権限が与えられている。子供の頃に空想だった世界が、現実となっていることには常々驚きだ。

 

 正直、この時代に付いて行けているか不安を感じていると共に老いを感じる年齢になってきた。


「まったく、どうして鷹山さんはアイリスに対してアタリが強いんですか!」

「……ちょっと、苦手でな」

「ったく、こんなこと言ってるけど鷹山はな、大学の時にロボコンの大会で全国1位を取ってるんだぞ」

「えぇ!!!凄いじゃないですか、先輩!詳しく教えてください!」


 余計なことを言いやがって、と言わんばかりに鷹山は柴浦を軽く睨んだ。柴浦は何故かウインクで返す。


「あのなぁ……、おっと、メールだ。…………ちょっと、署に戻るわ」

「先輩、逃げる気ですか!」

「別に逃げてはねえさ。――じゃあな」


 鷹山は1万円札を雑に置くと、ハンガーにかけてあったコートを羽織って出て行ってしまった。


「って、ちょっと!――――もぉー!何ですかあの先輩は!」

「ははつ、仕方がないさ。まぁ、あの堅物を呑みに誘うことが出来ただけで上出来だと思うけどね」


 柴浦は煙草を取り出し、一服する。


「そ、そうですけど……」

「まぁ、元気だしな。アイツが奢ってくれるってのは珍しい。仲の良い連中しかしないからな」

「仲が良いって、私も入ってるんですよ……ね?」

「もちろんだよ」

「んーっ!それじゃあ今日はどんどん飲みましょう!」

「えーっと、ほどほどにね」


 明日もフツーに仕事なんだけどな、と柴浦は不安の混じる煙を吐いた。


     *


 鷹山は店を出ると、駅前の歩道橋の階段を上って江ノ電の発着駅に向かった。


 12月も中旬。クリスマスを控えた駅前はLEDの色彩で飾られたイルミネーションが映えていた。


 道行く人々は度々、スマホでイルミネーションを撮影している。


 駅に辿りつくと、ちょうど電車が到着したところだった。ラッキーと思いながら電車に乗り込もうとしたところで電話が鳴った。この着信音は上司からだ。


「……何がラッキーだよ」


 1人で悪態をついてから電話に出る。


「もしもし、鷹山です。お疲れ様です」

『ああ、鷹山、お疲れ。ところで、どうして電話をしたのか分かるか?』


 なんで私が怒ってるかわかる?と聞いてくる彼女のようだ。この世で一番の難問。


 女性の場合は自らの気持ちを分かって欲しいだけ、まだマシなのかもしれない。


 この上司、家族と上手くいってないという理由で、部下に突っかかって来るのだ。特に華山対しては目に余るものがある。今日の飲み会はその労いも兼ねていた。


「すみません、わかりません」

『先週起きた盗難事件の捜査だよ』

「その事件は解決したはずですよね?確か、華山が報告書を――」

『その報告書、まだこちらに来てないんだがね』

「……すみません」


 華山め。一万円なんて置いてくるんじゃなかった。


『まったく、あの女は何をしているんだか。明日までにPDFで送ってくれよ』

「わかりました」

『それじゃあ頼んだぞ。お疲れ』

「はい、すみませんお疲れ様です」


 ひとまずは安心して電話を切る。だが、何か嫌な予感がして、華山に電話をかける。だが、しばらくしても応答はない。仕方がないので切ろうと思ったら電話がつながった。


『もしもし』


 だが、電話の声は男の声だった。電話を掛け間違えたのかと思い少し慌てる。


「……もしもし、華山さん、ですよね?」

『…………柴浦だよ』

「なんだよ、おまえか」


 慌て損だった。


「華山はどうした?」

『いま吐いてるところだけど、代わる?』

「いや、結構。――ところで、先週の盗難事件の報告書について聞きたいんだが、どこまで進んでいるか知ってるか?」

『華山ちゃん、知ってる?……そう。それだよ――うっ――華山ちゃん!?――――うん――うぇぇ―――……なるほど』


 耳の遠くで聞こえる、耐え難い音声に苦い顔を浮かべながら、返答を待つ。


『――――えっと、どうやら、まだ終わってないらしい』

「やっぱりか……」

『もしかして、期日が明日までとか?』

「さすが、名探偵」

『はぁー。すまない。俺がちゃんと確認しておけば……』

「そんなこと言うなよ。仕上げておく。まだ帰ってないんだ」

『だったら俺も――ちょっと華山ちゃん!?』


 ドタバタしているのが電話越しに聞こえる。途中抜けしてからさほど時間は経っていないはずだが、どれだけ追加で飲んだのだろうか。


「おまえは華山を家まで送ってやれ。俺がどうにかしておくから」

『……わかった。それじゃあ、頼んだぞ』

「おまえもな。その酔っ払いに気を付けろよ」 

『うううっ――――ちょっと!華山ちゃ――』


 悲痛な声が聞こえる前に電話を切ったが、その後の悲惨な光景が目に浮かぶ。やはり途中抜けは正解だった。


 肩を落として元来た改札口に戻ってそのまま駅の北口へ向かう。市役所へと続く歩道橋を途中で左に曲がり、そのまま5分ほど進んだ場所に藤沢警察署がある。


 さすがにこの時間にもなれば、窓から漏れる光はだいぶ減っている。しかし、彼の所属する「捜査課」は例外だ。24時間体制で何が起きてもいいように交代制で常駐しているのだ。


「お疲れ様です、銀さん」

「ずずっ――、おお、鷹山。帰ったんじゃなかったのか?」


 インスタント麺を食べている身体の大きな男。彼の名前は烏丸(からすま)銀二(ぎんじ)。藤沢署の捜査課に一番長く勤めている先輩だ。温厚な性格で皆からは銀さんと呼ばれている。彼の年齢であればもっと位の高い役職に就くことができるはずだが、本人の希望により捜査課に居座っているらしい。


「華山にしてやられました。先週起きた盗難事件のレポートが完成してないんですよ」

「先週……ああ、不可思議な事件だったやつか。まさか、盗難されたものがアイリスだったとはな」

「まったく、困った事件でしたよ。結局は所有者の勘違いだったとは思いませんでしたよ」

「自己防衛機能を持ったアイリスが他人に盗まれるわけがないしな。まぁ、GPSが切れていたのは機器の不良としか言えなかったな」


 アイリスにはGPS機能が付けられており、24時間どこにいるのかが監視できる。


 今回、そのGPS機能が故障したために所有主が何処かへ連れられたと勘違いをした。という報告を行う予定だ。


「……うわっ、想像より終わってねぇじゃん」


 残り数ページという淡い期待も水の泡。残りは3分の1と言ったところだろうか。これは長期戦になりそうだ。


「銀さん、飲み物買ってきますけど、どうです?」

「俺はコーラがあるから大丈夫」


 そう言って机の下から1.5Lもある大きなペットボトルを取り出した。


「わかりました」


 廊下に出ると、部屋から一番離れた奥の喫煙室へと向かう。不便なことに、捜査課のある階では自動販売機がそこにしかないのだ。


「あら、鷹山じゃない」


 喫煙室には先約がいた。時代にはそぐわない紙煙草に旧式のライターで火を付ける。すぅ、と煙を吸い込み、ゆっくりと白い煙を吐き出す。


「咲良、煙草はやめとけって言ってるだろ」

「……好きにさせないよ」


 そう言って、もう一度煙を吸う。


「本当に大丈夫なのか?なんかあったらじゃ遅いんだ」

「大丈夫だって。私の身体がロボットだからって何の問題はないわよ。むしろ、何も起きないわよ」


 鷹山が彼女の喫煙を気にしていたのは咲良がロボット――アイリスだからだ。


 彼女は警視庁が採用した計1万体のアイリスの中から派遣された。アイリスたちは全国の警察署に配備され、それぞれの仕事をこなしている。ほとんどは交通課だが、彼女は珍しく捜査課に派遣された。烏丸と同時期の配属だったそうだ。


「そうだな」

「でもそれ以上に、私のカラダが人間だってことは、よく知ってるでしょ?」

「……もちろんわかってるさ。でも、ほどほどにな。――それで、今日も夜勤か?」

「えぇ、そうよ。ロボットは眠らないからね。性に合っているのよ。もちろん……」

「――よく知ってるさ」


 咲良は灰を落としてから満足そうに笑った。


「どうせコーヒー買いに来たんでしょ。奢ってあげるわよ」


 そう言って煙草を灰皿で押し潰すと、自販機でペットボトルのコーヒーを買って鷹山に投げた。


「っと、さんきゅ」

「貸しだからね」

「奢りって言っただろ」

「久しぶりに私の家に来てよ」

「…………考えておく」

「ふっ、……そう、わかったわよ。――さて、私も戻るとしましょうかね。銀さんが寝てるかもしれないし」

「ああ」


 鷹山は頷いて彼女と共に喫煙室を後にした。


     *


「ホントに寝てる……」


 部屋に戻ると、烏丸は咲良が言っていた通りに寝ていた。


「まぁ、緊急出動は月1程度。こうなっちゃうのも解るわよ」


 アイリスによる犯罪抑制はかなりの効果を発揮していた。けれども、当初はアイリスの大量投入について懐疑的な意見が多かった。国民の税金を使っているのだから慎重になるのも分からなくはない。


 結果的には大成功。お陰で警察の仕事は少なくなった。アイリスのおかげ治安が良くなったと世間ではもっぱら好評。最近では、アイリスの追加配備も検討されている。いよいよ生身の人間の仕事がなくなりそうだ。


「さて、終わらせるか」


 肩を鳴らしてパソコンの前に座る。華山の置き土産を終わらせよう。キーボードの上に手を乗せた時だった。


――プルルルル……プルルル……


 電話が鳴る。いち早く反応した咲良が受話器を手にした。


「――はい、藤沢警察署捜査課です。あ、お疲れさまです。――――鷹山(たかやま)、部長から電話だぞ」


 そこは夜勤担当の銀さんだろ、と思いながら鷹山は電話を受ける。


「はい、鷹山です」


 どうせ上司からのお怒り電話だと思っていた。


――――それが間違いだった。


『江ノ島で殺人事件が起きた。至急現場へ向かってくれ』


     *


「こんなところでお陀仏するとはな」


 烏丸は椅子に座る女性の死体を前に手を合わせる。首から赤い液体が滴り落ちている。亡くなってから時間が経っていないようで、身体がまだ温かい。


 江ノ島のシンボルとなっている展望灯台。死体が発見されたのは、その真下にある植物園の中だった。


「今のところ、判断できる外傷は首の切り傷か。手にはカッター。自殺かいね」

「銀さん、彼女……アイリスです」


 咲良は死体の右腕を持ち上げる。手首を軽く押すと手の甲が青白く光る。すると、ガチャガチャと機械らしい音をたてながら頭の両側頭部が開く。


「メモリを確かめます」


 開いた場所から記憶媒体を取り出し、自分の左手首に突き刺す。これで死体の記憶を読み込むことが出来るのだ。


 アイリスには目に映っていた映像を記録するメモリが存在している。身体に不具合が起きて全身パーツの交換が必要となった時、記憶媒体の交換だけにすることで、コストの削減と管理者による記憶再構築の簡素化を図っている。


 それに、このような事件または事故が起きた時、メモリを回収することで直前に何が起きたのか知ることが可能だ。


「アイリスってことは自殺の線は消えた。殺人事件だな」


 アイリスに搭載された「ロボット工学三原則」において自己を守ることが義務付けられている。さすがはロボットと言ったところだろうか。人間相手に殺されるような脆い存在ではないのだ。


 ――よって、アイリスの死亡原因は事故と殺害しか存在しないのだ。


「自殺に見せかけた殺人ですか。わざわざ面倒なことしますね。メモリを確かめられれば、すぐにバレてしまうのに」


 鷹山は灯台を見上げて呟く。クリスマスが近いせいか、灯台が七色に彩られている。

 

「…………メモリの確認終了しました」


 そう言ってメモリを手の甲から引き抜く。


「どうだ、犯人の顔は見えたか?」

「それが――」

 

 その問いに咲良は少し俯いた、


「なんだ、分からなかったのか」

「いいえ、そうじゃないんです。彼女……カッターで自分の喉元を切ったんですよ」

「…………アイリスの自殺かよ――」


     *


「やっぱり、ありえませんよ!ロボットが自殺なんて!」


 江ノ島でのロボット自殺事件が発生してから3日が過ぎた。


 アイリスの製造元を呼んで自殺の可能性について確認を取っていたが、そんなことは有り得ないそうだ。しかし、実に興味深い話だと言い、死体の引き渡しを要求してきた。


 さすがに、事件の真相を特定するまでは簡単に引き渡しは出来ない。けれども、アイリスの安全性について根底を覆すことも考慮しなくてはならない。


 根底にあるのは警察と製造元の関係だ。製造元は警察が良い取引先だと考え、警察はコスト削減と安全性を謳ったアイリスを導入したいと考える。両者ともどうにか揉み消したい案件だろう。


 そんな真っ黒い大人の事情に揉まれながら部長から言い渡れた命令は、「一週間以内に真相を解明しろ」というものだった。


「あと一週間でその真相を調べるのが、今回の仕事だ」


 いま向かっているのは、死亡したアイリスを所有していた男の家だ。場所は片瀬海岸の近く。少しおおきな一軒家だった。庭には切り株が椅子のようにポツンと存在している。


「……はい」


 チャイムを鳴らすと髪がぼさぼさの眼鏡をかけた男が外に出てきた。彼が死亡したアイリスの所有者である弘田(ひろた)だ。


「藤沢署のものですが、お話を伺ってもよろしいでしょうか」

「……えぇ、どうぞ」


 弘田は表情ひとつ変えることなく、二人を家に招き入れた。


「あれ?」

「どうした華山」

「……いえ、後でお話します」

 

 華山が何かに気づいたようだが、ひとまずは彼の話を聞かなくてはならない。

 

 廊下を抜けると広いリビングに案内された。中央に長テーブルが1つ。椅子が2つ置いてある。


「すみません、椅子が2つしかなくて」

「いいえ、お構いなく。私は立っていますので」

「すみません」


 鷹山と弘田が向かいあって座り、華山は鷹山の後ろに立つ。


「……ではまず、あなたの所有していたアイリス――ツバキさんについて少々お話を伺いたいのです。よろしいでしょうか?」

「えぇ。もちろんです。彼女――椿は妻がいなくなった後、彼女の代わりに購入したアイリスなんです」


 そう言って弘田は一枚の写真を鷹山に渡した。そこには、赤い花の木を背景に、弘田と死亡したアイリスによく似た女性が笑顔で写っていた。よく見渡せば、周りには彼女との思い出が沢山飾られていた。


「彼女が椿(つばき)です。椿がいなくなってから寂しさを紛らわすために購入しました。……けれど、まさか、死んでしまうなんて――一体誰に殺されたんだ!!!」


 弘田は悔しそうに頭を垂れる。


「その、殺されたことついてですが――」

「犯人の目星がついたんですか!?」

「いえ、そうではないんです。実は、自殺の可能性が出てきました」

「馬鹿な!」


 机を思い切り叩く。隠していた感情が表に現れたのだ。


「アイリスが自殺なんてするはずがないでしょう!三原則があるじゃないですか!」

「ええ、そうです。ですから詳しい話を聞いて犯人を突き止めたいんです。でないと、ツバキさんの遺体は一生戻ってこない可能性があります」

「ちょっと、鷹山さん!その話は秘密だと――」

「そんな!」

「上からは一週間以内に犯人が特定できない場合は、ツバキさんを製造元に引き渡すという旨を聞いています」

「僕のことは考えていないんですか!」

「上はそうでしょう。しかし、少なくとも、私はあなたのことを助けたい。ですから、全面的な協力をお願いしたいんです!」


 心の底ではそんなこと思っていない。けれど、これが仕事なのだ。


     *


「――ふぅ。それで、もうすぐ一週間経つけど、事件は解決しそう?」


 ホテルの一室。ベッドの上でスマホを弄る咲良が鷹山に尋ねる。彼女は衣類を一切纏わず、そのままの姿で寝転がっていた。


「どうだかな。とりあえず弘田って男が怪しいことは分かった」

「へぇ。じゃあ、実は彼が犯人とか?」

 

 弘田という男を調べると怪しい点がいくつか見つかった。まずは、少しまえに起きたアイリス盗難未遂事件との関連性だ。


 弘田の家へ赴いた時、華山が気づいたのはその事件との関連性だった。なんと、その事件を起こしたのは彼だったのだ。事件を担当したのは咲良と柴浦だった。その時、レポートをまとめていたのが華山だったお陰で彼の顔写真を見ていた為に気が付いた。


「なんの証拠もないけど、消去法で考えるなら彼が殺したとしか思えない」


 経過報告の際、上層部も同じことを考えていると言っていた。


「あとは、殺害方法と動機ね。植物園の監視カメラには彼の姿は映っていなかった。それに、彼女のデータにも彼の姿は確認できなかった。……殺害方法はとにかく、そもそも、男が彼女を殺す理由はなんだったのかしら」

「それこそ、まったくわからない。弘田はアイリスをいなくなった妻の代わりだった。そんな彼女を殺すなんて意味不明だ」

「そうだ、それよ。弘田って男の奥さん、亡くなったわけじゃないんでしょ?」


 弘田の妻についても調べた。妻である椿は7年前に失踪。事故か病気で亡くなっていたとばかり思っていたのだが、そうではなかった。それに、死亡届けも出ていない。


「あの時、弘田は奥さんの事を『亡くなった』と言わなかった。消えてから7年が経っているが彼女を死んだことにはしたくないんだろうな」


 鷹山は手帳にしまってあった2人のツーショット写真を渡す。帰り際に貰ったものだ。


「仲良さそうだろ」

「……そうね。それに、あのアイリスと本当にそっくり。見分けが付かないわね。……それにしても、椿さんだっけ。後ろの椿みたいに美しい人ね」

「ん、後ろの木って椿だったのか」

「そうよ。――ふふっ、同じ名前の木を植えるなんて奥さんに相当惚れこんでたのね」

「おかしい」

「何が?」

「実はその木、今は切り株になっているんだ」

「何かの病気にかかって切っちゃったのかもよ?」


 確かにその可能性は大きい。リビングには奥さんとの写真が大量に飾られていた。椿さんとの思い出は大切なものなのだ。


「……いや、待て。俺には違いが判らないんだ」

「何言ってるの?」

「咲良、人間とアイリスを見分ける方法を教えてくれ」

「それは無理よ。アイリスは顔を見て人間かそうじゃないかを判断するの。それも、人間では分からない細かな違いなんかでね」

「そいつは写真でも判断がつくのか?」

「そうね……。このツーショット写真ぐらいの距離なら見分けがつくわよ」

「…………事件の鱗片を掴んだ気がする」


 鷹山は上半身を起こして、テーブルに置いてあったスマホに手を伸ばした。


「へぇ。アイリスの自殺の謎を解き明かせそうなの?」

「もしかしたら、だがな。――咲良、明日付いて来てくれるか?」

「ええ、もちろんいいわよ。ただし、もう一回付き合ってくれたらね」

「まてまて、明日のは仕事なんだから、そういうのは――――」

「だから人間の女と上手くいかないの……よっ!」


 咲良が鷹山の上に被さり、上半身を押さえつけて倒し込んだ。鷹山は少し驚いて困った顔をしたが、彼女の額にそっと唇で触れる。


「……この関係、いつまで続けるんだ?」

「人間とロボットの間には『愛』なんてものは存在しないわ。正確にはロボットに感情なんてものはないんだから。だからこそ、《《あなたから》》この関係を求めたんじゃないの?私がとやかく言う義理はないわよ」


 彼女は目を細めて鷹山の頬を撫でる。


「――それに、嫌いなんでしょ。ロボットが」


 

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