第32話 黒い心臓
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「ご主人様! ご主人様!」
チェルシーが俺の死体の上で泣き崩れている。
それを上からぼんやりと眺めていた。
確かに俺は殺されたはずだ。
あの後、森まで運ばれて捨てられた。
俺はそれをずっと‘‘上‘‘から眺めていた。
死んだ経験など初めてだからこんなもんかと思っていた。
心臓の止まった遺体に必死にヒールをかけているチェルシーがいる。
隣に立つネマは蔓を出して何やらクネクネしている。
「チェルシー! ちょっと変わって!」
「え?」
蔓でチェルシーをどかして、ネマが俺の傷口に蔓を入れる。
「まだ、いる」
俺は何かの力に引っ張られるのを感じる。
「捕まえた」
ネマの髪が逆立って微かに光を放つ。
「ダメ、何かがいる」
ネマがそういうと、俺の指から黒い‘‘何か‘‘が垂れてきた。
「ダメ! こんなのに」
ネマが苦しそうにしている。
「捕まえたのに! 飲まれちゃダメ」
その言葉と同時に俺の中にどす黒い何かが入ってきた。
『殺したいか? 復讐したいか?』
低い、枯れた声が中に入ってくる。
意識が黒く染まる。
俺を騙したレティシアを、俺を殺したアーサーを‘‘殺したい‘‘。
そんな考えしかできなくなっている。
もうどうでも良くなってきた。
とにかく殺したい。
「ダメッ!」
何か声が聞こえる。
俺を諫めるような。
暖かく優しい声だ。
「負けんな! アル! 戻ってこい! 馬鹿野郎!」
「ハッ! ガッ! ゲホッゲホッ!」
泣きはらしたチェルシーとネマが俺に抱き着いていた。
「はぁはぁはぁ」
この二人が頑張ってくれたことは分かっている、お礼を言いたかったが上手く体に力が入らない。
「ご主人様!」
「アル」
チェルシーとネマが俺を呼ぶ。
「はぁはぁはぁ、二人ともありがとう」
「ご主人様本当に良かった! 私が来た時にはもう・・・・・ダメかと、ひっく」
チェルシーが泣きながら想いを伝える。
「ごめん、心配かけたな! ネマもありがとう」
「うん、良かった」
ネマは既にいつものネマだ。
「ご主人様、それ」
チェルシーが何かに気づいて指を指す。
「ん?」
俺の手から心臓の位置までが黒い模様で覆われている。
「神樹と同じ」
ネマが話し始める。
「アルの今の状態は神樹と同じ、生きる源をこの黒い力が支えている」
「黒い力?」
「うん、ドロドロしてて、残酷な黒さ」
ネマが何を伝えようとしているのか何となく分かってしまう。
死んでしまった俺を今‘‘生かしている‘‘もの、それがこの黒い模様だと。
俺の身体に模様を移したからか、指輪が役目を終えたように壊れていた。
そして俺は二人に自分の想いを語る。
「二人とも、本当にありがとう、そして俺にはやるべきことができた」
二人がどういう反応をするか怖いが言わなければならない。
「勇者アーサーとレティシアを‘‘殺す‘‘」
目を逸らしてはいけないと思い、チェルシーとネマの顔を見ながら言う。
「もちろんです! ご主人様!」
「うん」
驚いたことにネマとチェルシーが同意を、しかもかなり肯定的に示す。
「実はご主人様、私はご主人様の命が狙われているということを、先ほどですが知りました」
「え?」
「詳しくは、一旦帰ってからにしましょう」
「わ、分かった」
情報を整理するために一旦帰ることになった。
物語の主人公って1回死んでからが本番ですよね?




