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試作(とある架空リプレイ)  作者: 影法師
1/1

第一話

「本日はよろしくお願いします」

「よろしくです」

「……大変言いづらいところではありますが、本日はお一人様でのプレイとなります」

「構いませんよ、こちらこそ初見プレイにも関わらず付き合せてしまって大変恐縮です」

「いえいえ。さて、それではキャラクターシートを拝借してもよろしいでしょうか?」

「こちらですね、それで事前に打ち合わせしていたところですが……」

「はい、問題ありません。ロールで補強していただけるのでしたら多少の融通は出来るものとして扱いますよ」

「ありがとうございます」

「それでは、堅苦しい前置きはこれくらいにしてはじめましょうか」

「改めてよろしくお願いします」

    -*-


最初は心無い一言だった。

そのときは眉を力なく下げ、笑って済ませた。

それが世間として付き合うというものだと思っていたし、立場の弱い自分には仕方の無いものだと割り切っていた。

いつの間にかその一言は二言、三言とつながりっていく。

言葉が時として暴力になり得ると感じ始めるころには、既成事実とその結果は出来上がってしまっていた。

手遅れだと語ることは簡単で、割り切れと説得されたふりをすることも簡単だった。

部活動は楽しかったし、演奏の間だけは誰にも噂されないから。

いくら感情を整理しても溢れてくるわだかまりを抑えることに慣れた時、そこには……。


    -*-


固い床面の感触を覚えて目が覚めた。

最悪の目覚めにきしむ心と体を抱き起こして周囲を確認すると、ベージュ色のタイル模様が敷き詰められた大きな空間が広がっていた。

横に広く開けられる門戸の前には、人を整理するかのように棚によって通路が形成され、それらには小さな扉がすき間無く取り付けられていた。

見える扉は硬く閉め切られており、ここから出入りは出来ないだろうと、ぼうっとした頭で思案する。

「こつこつ、ごん、ごん」

つま先とかかとで床をたたく、軽い音と鈍い音がそれぞれ中空に響いた。

どうやらこのタイルはすぐ下にある床材に張り付けているものらしい。

自分が少し前まで通っていた、そして今も赴任している高校の玄関を思い出し、クスリと笑いがこみ上げる。

自分しか居ないと理解はしていても生じる気恥ずかしさを背中に残しながら、無言で白衣のほこりをはたはたと(はた)いて前を向く。


イレイザー。

依頼人の記憶の断片、そこに潜むトラウマの体現である影を倒し精神の安寧(あんねい)を与え、対価として報酬を得る。

医学に頼らない精神療法の新たなアプローチ、トラウマを抱える人たちの最後の希望、などと聞こえのいい(うた)い文句をならべて(はや)し立てているがその実、テレビを付ければ(ちまた)では、人心に付け入り金を欲してさ迷う悪魔だと揶揄(やゆ)する声も多くある。

所詮は独りよがりの偽善者、賞金稼ぎ(バウンティハンター)と言ってしまうなら当人の感情などそれまでだ。

どうして一介の、しかも高校の保健医であるはずの彼女が心療行為と称してイレイザーを公然と行っているのか。

それは、通常イレイザーとして支給されるはずである、銃や剣といった様な直接的な破壊をもたらす武器とは少し(おもむき)が異なるからに他ならない。


彼女はウエストバッグから、栞の挟まれた本を取り出した。

手によくなじむ黒い(かわ)装丁(そうてい)の本には「偽黄金(ぎおうごん)秘奥(ひおう)」と銀の()し字がされていた。

彼女はいつもの通りに左手で支えつつ右手で開き、未だ目は眠たげながらも異音が無いか耳をそばだてる。

耳が痛くなるほどの静寂の中にわずかな呼吸音と

「こつこつかさり、こつこつかさり」

と音が生まれては消えていく。

楽しい読み物というよりも、これから起こる災いへの手引き書を確認するかの様に無感情、事務的にページを手繰(たぐ)る。

依頼主から事前に受け取ったカルテは頭に叩き込んである。

傾向が解れば救済はできる。

そう自分に言い聞かせながら。


角に突き当たり階段を過ぎ去ろうとしたとき、上階より

「ごり、ごりり、ずる、ずりり」

と何かをこすり付けるような音が重なったのを、彼女は聞き逃さなかった。

本を閉じて表紙裏に挟んであった(ぎん)灰色(かいしょく)(あか)()(いろ)がまだらに描かれた栞を抜き出し、視線だけ階段へと向ける。

動くような気配は無く、上階へと続く道が続いていた。

息を潜め注意深く階段を上り、踊り場まで歩みを進める。

首を伸ばした上階の先には、影が見えた。

影はごつごつした印象を受ける1メートル足らずの、先端を進行方向にさだめて異様に大きな底部を床に滑らせ、動かせる様な機構がないはずなのに緩慢(かんまん)な動きで床を滑って進んでいく。


そこまで見止めると、彼女の脳は思考に沈む。

この世の全てには必ず原因があり、それがゆえに結果が生まれる。

かたちを変容させずに動くものがある場合であれば、他に動かす機構があると考えられる。

物理的にしろ概念的にしろ、物理に()る限りなにがしかの動力がなければ動かない。

影の動力源を、見えざる動きを見る必要がある。


考え終わるが早いか、慣れた手つきでゴーレムの章を開き文節を栞でそっとなぞり、そのたび栞がまたたいて呼応する。

傀儡造核 命は万物に宿り、心は万象(ばんしょう)に宿る。

視覚憑依 世界と同じく、視点はひとつでは無い。

回路看破 見えざるものは見えるものと共に在る。

鉄紋付与 始めの石よ、黄金の(いしずえ)と成せ。

右手人差し指と中指でつまんだままだった栞を挟み、本を閉じる。

本がほのかに光り、光はしずくの形を作り垂れ下がる。

生まれ落ちたしずくはそのまま床ではじけ、文様を描きながら展開、霧散する。

タイル床を割り裂きながら現れるのは、鉄骨を芯に岩が肉付けされ練り合わされた岩質のゴーレム。

モルタルは岩石を繋げ動き与える関節に、動力には火の要素を与え土の要素を昇華させる核となる。

感覚器は視力のみを与え、その脚先には鉄の紋様が刻まれており、鉄骨を引き出して伸ばせるギミックになっている。


彼女は踊り場の壁に体を預けて寝転がり、目をつむりながらゴーレムに本をかざして思い描いた意思を投影させる。

すると視界の赤暗(せきあん)がゆっくりと解けて外界を自分の目以外で知覚する。

こればかりはいつ味わっても慣れるものではない。

気を落ち着かせてから簡単に動作と機構の確認をした後、影の後を追う。

上階の構造はコの字を描くように曲がっており、影の姿は見えなかったもののタイルに付けられた白い()り傷が影の進路を示していた。

何度も同じルートを辿っているのだろう、タイルがところどころ耐え切れずえぐれてしまっている。

えぐれて剥げた裏面には何か繊維の様なものが見える。

追跡ルートに曲線を見つけ通路の先に視線を向けるが、どこにも影は居ない。

曲がり角の先、擦り傷に違和感を覚えて視覚を揺らしもう一度確認する。

はずだった。

瞬間、床に着いていた耳から衝撃音がした。


壁へと走る破砕の風に(こた)えようと視界を回すと、そこには先ほどの細長い影を掴んでいるエネルギー体が低空に浮いていた。

その背後には教室の扉が開いており、床に続く擦り傷からそこから不意を打たれたと判る。

動力核は見えないが、エネルギー体は発散することなくゆらめき、形を保ったまま循環(じゅんかん)している。

核そのものを武器とするタイプだと考え至る間もなく、ゴーレムの胴に向かって突き下ろされる。

砕かれた岩は視界を舞い、動力を失った脚部が崩れてゆく。

あっけなく破断したゴーレムを冷徹に一瞥(いちべつ)し、背を向ける影を見やる。

鉄の紋様を起動させ鉄骨を伸ばし、二つの前脚で打ち鳴らす。

さらにそのまま床に殴りつける。

「きぃん!」

火花の散る数瞬ののち、甲高い音がここまで微かに響く。

短長それぞれの音波に反応しないところを見ると、聴覚が無いのだろうか。

そして進路を妨害された後も擦り傷と同じルートを取っている、まるでルーチンワークを妨げる障害を潰す機械の様に正確に。

手早くゴーレムの動力核を励起(れいき)させ、身体をつなげて引き返す。

ゴーレムの使役は憑依せずとも可能だが、相手の特徴を安全に観察することに関して有効な手段になりうる。

一通りの診察は終わった、あとは最善を尽くすだけだ。


    -*-


その時には、私の手元に楽器があった。

いじめを受け、忘れようと必死になった感情が影の形を成し、顕現していた。

誰を傷つけることなく感情を殺し、誰を許すことなく表情を殺したはずだった。

なのに。

影はどこまでも崇高な偽悪と諧謔(かいぎゃく)に満ちた瞳で、ただ暗くこちらを射すくめるようにたたずんでいる。

そう、彼女の影とは自分自身だったのだ。


    -*-


目を覚ませ、頭を起こせ、状況整理をしよう。

影は見えないタイプであり、空中に浮いていると見える。

可視の部分は流動の形を見るに動力核である可能性が高い、この機能停止が大前提になる。

属性としては不可視・動体であることから純粋な風の要素である可能性が高く、影響を与えるには同じ不可視体である火、また動体である水が望ましい。

状況整理、ここまで。


ゴーレムの生まれた付近のタイルを調べると、事前調査の通りに裏地に草布の手触りを感じた。

植物油脂特有の光沢と擦り傷のつき方、カンプティコンと思い至るまでには、そう時間は掛からなかった。

思いをかたちに変えるには手段が必要で、今の彼女には容易(たやす)かった。

本を手繰り寄せて、一心に装束の章を開いてはなぞり、栞は唄う。

錬機装甲 傀儡(かいらい)を御すことなく、人意に反することなく。

聴覚憑依 静かに耳をそばだて、傀儡の声を聴け。

熔錬機構 増幅する火によって、更に魂は昇華する。

火紋付与 見えざるもの、しかしてそこにあるもの。

呼応する光は火のように傍にあったゴーレムを飲み、押さえきれずに周囲を包む。

亜麻で出来た布地は岩を滑らかに包み込む、その上から樹脂に覆われ熱で灼け黒変(こくへん)し、滑らかな甲殻となり焼成(しょうせい)される。

関節部には火の要素で打ち直された鉄があてがわれ、胸部では動力核が燐光(りんこう)を瞬かせる。

火の紋様が描かれた腕部にはポンプを備え付けており、熱線の射出のみならず植物由来のワックスを使い火炎をも放射出来る。

視覚憑依と聴覚憑依によって隔絶(かくぜつ)された鎧の内でも違和感なく世界と接続されている。

かくして、人とゴーレムは一つとなった。


先ほどとは違い、相手を理解している今ならわざわざ探す必要も無い。

相手の武器の弱点は、天井の低い廊下ではまともに振り回せないということだ。

大振りできない長物の威力はたかが知れている、そのための装甲であり、短い射程で有効な武器となる。

「ざりり、ざく、ぞるる」

ゆらり、と空気の色が揺れて影が現れた。


改めて見るその色は(あん)(りょく)によどみ、引きずられるように核が現れる。

体感を憑依させて無いため、反動を気にかけ片手だけで熱線を撃つ。

命中こそしたが、影の(よど)みを少し削ぎ払った程度の威力しかない。

そして、ルート通りの動きでこちらを視認し、突撃の構えを取ると同時にゴーレムが反応した。

人の知恵によって戦術を覚えこませゴーレムの経験によって最適解を得る、これが錬機装甲の真髄である。

影が武器を突き出して一閃、轟風を引き連れる暴力に対して支えた手を地に着け体幹(たいかん)をずらし、道を空けると同時に熱線を放った右手で火炎放射を仕掛ける。

熱線を樹脂で溶かし、指向性を得た蒸気が(あぶ)られ燃焼する。

「しゅぼうっ!」

影は火達磨になることも意に介さず後ろ手に切り払い振り返り、足が無いゆえの自由な身体捌(さば)きが頭を叩き潰すように払い抜ける。

勢いに合わせるように頭部を屈めてギリギリと縮こまり攻撃を避け、武器は壁を破砕する爆音を伴って壁に叩きつけられていく。

影は続けざま、払い抜けるはずだった威力をそのままに叩き潰す動作を取る。

その風圧さえも置き去りにしながら、左腕と右脚で身体をばね仕掛けのように跳ね飛ばして前へ駆ける。

そして地面を割り裂く衝撃が起こる前に駆け出した威力を載せた足部から火の紋様が生まれ、輝く。

えび反りからの爆発的な加速により、身体が宙に舞うに任せてその身は一度、狭い天井に着地する。

体勢を維持するために下に向けていた左腕で影の腕、下へと飛び上がる。

「ごしゃあっ!」

振り下ろされた爆砕の音と共に、狙いを定めた先へ火炎が()える。

「ごぼぉおう!」

武器が炎を噴き上げて燃えていく。

動力核に燃え移った炎はひと時も(ゆる)むことなく燃やし尽くし、敵を見失った影は呆然としたまま立ち尽くし、失意のうちに掻き消えた。


彼女は記憶の欠片からの帰路に付くまでに、燃焼を終えて未だ(くすぶ)っている抜け殻をためつすがめつしながらルーツを探っていた。

柄に見えた部分は筒状をしており、柄から急に平たく膨らんでいて剣の様にさえ思えるのに、先端に向かうと一転して大きく張り出し鈍器のような風合いをはらむ。

そう、単なる武器として見るにはあまりにも奇妙な引っかかりを覚えるのだ。

焼き付いた煤を白衣でちょいと拭うと表面がぼろぼろと崩れてゆき、そこには夜色の光沢が見えた。

彼女がこの真意を理解した後、もう二度三度火柱が巻き起こったのは言うまでも無い。


    -*-


本は人を渡ることであまねく知識を獲得し、数限りなく存在する自身を媒介して世界を体験してきた。

本とは知識を媒介に他人を知るものであり、世を渡り歩く中で数多(あまた)の人の姿を眺めていた。

彼女に憑いた時でさえも、単なる気まぐれなのかもしれないしそうでないのかもしれない。

けれども。

青い果実は見ているだけで美しいと思うものだし、無垢なる心に(ほだ)されたのは確かだ。

そう、どこまでも続く人への憧憬(しょうけい)こそが本を本たらしめる感情なのだろう。

今はそれだけを思い、彼女のために言葉を紡ぐ。


    ―*-


後日、経過観察に保健室に呼ばれた少女に彼女が渡したものは夜色に輝くトランペットだった。

核の燃焼によって損耗(そんもう)した部品を再構成し、何とか見れる形にしたものだ。

少女は驚き、これが何かを聞き返す。

彼女は至って落ち着いた口調を装い、ゆっくり、言葉をつむいでゆく。

「大切にしてもらったものの魂は、本当に必要な人の元にしか現れないから。」

少女は嗚咽(おえつ)を隠すことなく泣き、彼女はいつも皆にしているように優しく、しかししっかりと抱きしめる。

ここはとある高校の保健室、心を癒す保健医のいるちいさな心療所。


「これにて、シナリオを終了したいと思います」

「お疲れさまでした」

「何か報酬などは必要でしょうか?」

「あの楽器を元にキャラクターを作る権利をいただければなぁと」

「わかりました。ではそれに加え必要経費を自由に出せるよう認可証を発行することにしましょう」

「ありがとう御座います」

「こちらこそ、付き合ってくださり感謝感激です」

「照れちゃいますね」

「それでは、時間も良い具合ですしここで解散としますね、次回がありましたらよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、ありがとうございました」

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