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6話 闇夜に在りし黒

 風がざわめいた。そこは闇。わずかな月明かりに、輪郭がぼんやりと浮かぶ。細身でありながらも引き締まった体は、強者であるという印象を与える。闇の中で目立つ白い外套が、中に着込んだ黒衣を際立たせていた。彼はじっと闇を睨む。その先にあるのは、植物。だが、それはただの植物ではない。

 ふいに風にもてあそばれていただけの細長い葉が、ピクリと動いた。そのまま辺りの地面が盛り上がる。土の中から植物が出てきたのだ。通常はそれの根に当たる部分が人の形をしていた。それらは地面から出てしまうと、足のように分かれた根で歩き始めた。

「やはり、マンドレイクか…」

 男は誰へともなくつぶやく。そして、自分の得物を手に取った。闇に一閃の光が煌めく。マンドレイクは耳障りな悲鳴をあげ、ぐったりと崩れ落ちる。男の長剣が彼らを斬ったのだ。残った歩行植物は驚き恐れ、気が狂いそうなほどけたたましい声で泣き叫んだ。が、男はそれを意に介した風もない。迷いのない一閃が闇を切り裂く。その度にマンドレイクの体が倒れていった。一体、また一体。動かなくなった体を見ようとはせず、男は剣を振るう。


 夜風が渡った。月明かりの下、動いているのは例の黒衣の男だけ。わずかに息を上げながら辺りを見回し、そして剣を担いだ。彼は表情を変えることなく、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。マンドレイクはもはや動かない。人型の根がその情景をいっそうグロテスクなものにしている。彼は軽くため息をつくと、手袋をはめた。そして、息の根が止まった死骸を袋へと詰めていく。

「……こんなものを薬にしたがる奴の気が知れんな」

 愚痴をこぼしながらも、彼は作業の手を止めない。マンドレイクは金切り声を上げて相手を殺すと言われている魔物の一種であり、グロテスクな見た目に似合わず様々な薬も作られる。討伐しただけではもったいないのでマンドレイクの体を持ってこい、という依頼だったのだ。軽々と倒していたのはもちろん彼が強いからで、ただの人間にはなかなか手に負える相手ではない。

 彼は渋々マンドレイクを袋に詰めていく。その顔は不機嫌そのものであった。依頼でなければこんな作業をする必要が無いのに。そう言っているかのような表情だ。

 やがて袋はいっぱいになり、辺りは再び静かな闇夜に包まれる。男はゆっくりとした動作で立ち上がると、踵を返して人里へ帰り始めた。白い外套を夜風になびかせながら――




 日もいくらか昇った頃。デザーテッドカンパニーのダイニングルームで、サファイは一人洗い物をしていた。そこへ階段を上ってくる音が聞こえてくる。部屋に入ってきたのは、黒衣に白い外套を羽織った男であった。

「あ、おはよう、ジル」

 サファイが彼に気付き、洗い物をしながら笑いかける。ジル、もといヴァージルは、不機嫌そうな顔のまま乱暴に腰掛けた。黒髪はいくらか乱れ、黒い瞳もまだ眠たげだ。サファイはそんな彼に優しく声を掛ける。

「何か食べるかい? あいにく朝食はみんな済んじゃったけど、待ってくれれば軽く作るよ」

「何でもいい。…頼む」

 サファイの問いに、ヴァージルはぶっきらぼうに答えた。そのままサファイが調理しているところをぼんやりと眺める。

「ルビネスは?」

「ルビネス? まだ研究室に籠もってるんじゃないのかな」

「……そうか」

 自分で尋ねておきながら、ヴァージルは特に興味ない様子であった。何かあるのかとサファイは疑ったが、彼がそれ以上何も言わないので結局聞かずじまいになってしまった。

 と、下から階段の音が聞こえた。ゆっくりとした足取りで現れたのは、白衣を着た茶髪の女性。たった今話題に出た、ルビネスであった。眠たげに部屋を一瞥し、そのまま上がっていこうとする。

「おい」

 そんな彼女を、ヴァージルは呼び止めた。ルビネスは階段にかけていた足を止める。

「なんだ?」

 答える代わりに、ヴァージルは「ん」と腕を突き出した。ルビネスはわずかに眉をひそめたが、黙って彼の手に握られていたものを受け取る。それは小さな、スポンジのように柔らかいもの。耳にもすっぽりと入ってしまうほどの大きさである。そこまで来てようやく、ルビネスも状況を理解したようだった。ヴァージルはまた座り直す。

「役立った。礼を言う」

「そうか。また後で詳しく聞かせてくれ。今は眠い」

「ああ」

 それだけの短い会話で、ルビネスは自分の部屋に戻るべく階段を上っていった。ヴァージルはぼんやりと上を見上げた。

「はい、おまちどおさま」

 ことり、と彼の前に皿が置かれる。サンドイッチがそっと自らの存在を主張し、コーヒーが湯気を立てている。ヴァージルはそれを食べ始めた。ふと食べる手を止め、サファイをみやる。

「パンの耳、残ってるか?」

「え? あるけど……」

 唐突な話題にサファイはきょとんと首をかしげた。ヴァージルはそれ以上何も言わない。ただ、くれ、というジェスチャーだけ示した。意味が分からないまま、サファイはサンドイッチに使った残りを袋に入れて手渡す。それを受け取り、ヴァージルは下の階へ下りていった。



 建物のそばに、裏庭がある。木漏れ日が差し込み、柔らかい明るさが辺りを包んでいる。そこに鳥たちが集まってきていた。地面に落ちたパンくずを懸命についばんでいる。色とりどりの小鳥たちは、奪い合うように食べていた。そんな彼らに囲まれるようにして、一人の男性が腰を下ろしている。パンの耳をちぎっては、辺りにばらまく。驚くものもいれば、食べ続けるもの、新たに飛んでくるものもいた。ときには男性の方に乗り、もっとくれと催促するかのように行動するものまでいる。

 ヴァージルはふっと微笑んで、またパンくずをまいた。わっと鳥たちが反応する。彼らに囲まれ、戯れる彼の表情はそれまでのものとは全く違っていた。不機嫌さはどこにもなく、ただ穏やかに笑っている。彼は鳥たちと戯れていた。鳥たちの彼が普段魔物退治をしている人間だと思っていないのか、それを心地よさそうに受けていた。

 この場にいるのは小鳥の他にはヴァージル一人だけ。幸せそうに微笑む彼の周りは、穏やかな時間が流れていた。

ということで、Arthurさんのキャラクター、ヴァージルでした。

ギャップのあるキャラは書いていて楽しいです。

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