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4話 THE☆不死身

 夕暮れ時。1階のロビーには珍しく住民達が集まっていた。とそこへ、勢いよく戸を開ける音が響き渡る。

「ただいまっ!」

 入ってきたのは、こげ茶色の髪の毛をした女性、サンティ。声色からも表情からも、どこか清々しささえ感じさせられる。サファイが彼女に気付いて目を向けた。

「おかえり。って、どうしたんだいその格好…」

 サファイが思わず言葉を詰まらせてしまったのも無理はなかった。サンティの身に纏う衣服は所々焼け焦げたような穴が多数開いており、ズボンの裾は酷く破れかかっていた。まるで戦場を丸腰でくぐってしまったかのような――そんな容姿だったのだ。サンティは自分の姿を見回して苦笑する。

「だら? 酷いら? マシンガンの雨の中地雷原突っ切ってきただに?」

「普通死ぬだろ!」

 サンティの発言に即刻ツッコんだのは当然ニコである。服の穴を見る限り、弾丸は何発と受けたようだ。しかも、下手をしたら1発でも即死に至る地雷を受けてきたという。並の人間からすれば、死なないだけでも異常だ。そんな彼に、サンティはにこやかに一言。

「だってあたし、“不死身”だもん」

 語尾に星でも付けられそうなほど、明るく言い切ったのだ。その清々しさに、ニコは呆気にとられていた。そんな彼に、サンティは近付いて手を差し出した。

「まあまあ、気にしたってしかたない事だれ、深く気にせんでいいに」

 差し出された手を、ニコは自然に握り返した。が、その手が異様に毛深い事に気付き、思わず視線を移す。ニコが握っていたのは人間の腕ではなく、白銀の毛に包まれた、何か獣の腕だったのだ。思考が停止しかけ、すがるようにサンティを見上げた。が、そこには同じく白銀の狼の顔があるばかり。

「うわっ?!」

 ニコはその手を離し、後ろにのけぞってしりもちをついた。その間に目の前の狼はみるみる人間に――サンティの姿へと変わっていく。

「お、お、狼男…」

「うん、そう言いたい気持ちは分かるけど、あたし、女だから。せめて“狼人間(ワーウルフ)”って呼んでくれん?」

 怯えの眼差しを向けてくるニコに、サンティは訂正の意を込めて苦笑した。ニコの金目は今だふらふらと彷徨っている。

「そんなの、どっちでもいいだろっ…!」

 驚きのために思考が空転を続け、ニコはしばし言い返す言葉が見当たらなかった。それ以前に、彼の意識が目の前の事実を受け入れられないでいる。サンティが狼に変化し、そうして戻った。それだけの事だとは分かっているが、すぐには認めがたい。

「サンティ、そのいたずら本当にやめてくれ…。マジでコワイから」

 ジンが呆れたようにこの光景を見つめている。サンティは楽しそうに笑った。

「あ~、ジンくんときはショックで放電されて逆にこっちが驚いちゃったじゃんね」

「言うな」

 冗談っぽく笑うサンティに、ジンは強い口調だ。どうやら本気で怖かったらしい。

「ところでサンティ、マスターの所には行かないのかい?」

 サファイが思い出したように言う。サンティもそうだねと立ち上がる。が、急にその足を止めた。

「やっぱ、この服のままじゃまずいかやぁ…」

 サンティはしみじみと穴の開いてボロボロになった服を見る。そして、抱えていた荷物を傍らに下ろし、服に手を掛けた。ほとんど突然も同様の行動に、男達はうろたえた。しかしそれは憂いに過ぎず、サンティは荷物の中から上着を取りだして羽織っただけだった。慌てたような男性陣を一瞥し、ニヤリと口の端をあげる。

「何だん、いやらしいことでも考えとった?」

「「べっ、別に…」」

 彼らはただ、慌てて目を逸らすだけであった。




 黒を基調とした社長室に、入ってくる者があった。サンティは報告書と報酬の入った封筒を机の上に置き、気を付けの姿勢を取る。

「マスター、ただいま帰りました」

「おお、サンティか。ちょうど良いところへきたのう。今お前さんに頼もうと思っておった依頼が舞い込んだところじゃ」

 何者かと話していたらしいマスターが振り返り、何ですか、とサンティが聞き返す。すると、依頼主である中年くらいの男性二人が話を切り出した。

「実は、私どもの町で怪奇現象が起こっているのです…」


 彼らの話を総合すると、ここ数週間、無差別に切りつけられる事件が起きていたのだという。それだけなら警察沙汰になるだけなのだが、切りつけた相手が“いない”のだ。正確に言えば、“見えない”相手に切りつけられた、とするべきだろうか。魔法の使用の有無も調べたが、一向に手がかりもつかめていないのだという。

「…それ、本当に怪奇現象だかん? ピアノ線とかじゃないの?」

 不信気味にサンティは尋ねる。二人の男は必死の形相で否定した。

「ピアノ線なんかじゃありませんよ! 我々は懸命に捜索したのです。それでも…何も、分からなかったのです……」

 一人が悔しそうにうなだれた。もう一人が、サンティにいくつかの写真を突き出す。それは、被害に遭った人達の写真。傷口はいくつもあり、大きなそれは酷くえぐれていた。凶器が刃物であるなら、恐ろしく下手な切り口。サンティはふっとため息をついた。

「…なるほどね。まあ、どのみちあたしが行かんかったらこれが超常のものかどうか分からんら?」

 ニッと口の端をつり上げ、笑ってみせる。そして、右手の人差し指と中指を上に突き上げ、片目をつぶった。

「とりあえずはあたしに任せときん!」

 快活にそう言うと、サンティは依頼された町へと出かけていった。



 綺麗に舗装された街並みを、夜風が渡っていく。わずかに差し込む月明かりに、一人の女性――サンティが照らし出されていた。彼女は教会の屋根の上で辺りを見回す。ちなみに教会なのは周りで一番高い建物だからだ。見晴らしも良く、また風もよく通るが故に、異変に気付きやすい。

「見たところはただの町なんだけどな……」

人通りのない道を見下ろしながら、サンティはぼやく。怪しげな邪気などは感じられない。ひょっとしたら、今宵は現れないのかもしれない。そんな不安に駆られながらも、サンティは精神を集中させ、相手が来るのを待った。


 ふと、サンティが顔を上げる。闇を渡る風が、人間の血の臭いを運んできたのだ。それも少量ではなく、大量に出ているようだ。一人の物であるらしいが、うかうかしていたらまた別の人間が襲われかねない。サンティは風向きを確認し、屋根を伝って跳ぶように駆けていく。疾風のごとく駆けると、薄闇の中に二人の人影を捉えた。一人は腰が抜け、もう一人は何かを持って仁王立ちしている。その姿がはっきりするにつれ、わずかなガソリンの臭いと高揚したような金属のすれる音が大気に混じっているのが分かった。足場を思い切り蹴り、二人の間に跳躍する。

 原因は一目瞭然だった。足と腕は写真で見た物と同じように切りつけられ、スーツを羽織った壮年の男性は腰を抜かして震えている。サンティはもう一人の、仁王立ちをする若そうな男を睨みつけた。彼が手にしていたのは、電動のチェーンソー。それは人の血を吸い、嬉しそうに唸っている。男もその凶器同様に不気味な笑みを浮かべていた。そう、こいつが原因だ。元は人でありながら、この世に未練を残したが為に人ではなり得なくなった存在。平たく言えば、幽霊、あるいは亡霊だ。

「なるほど? 幽霊が犯人じゃ、警察も手に負えんね」

 男を冷たく睨みつけながら、サンティはつぶやく。それを聞き、今まで腰を抜かしていたサラリーマン風の男は小さな悲鳴をあげて逃げていった。サンティは引き留めようかとも思ったが、むしろこの状況では余人のいない方がやりやすい。追いかける事はせずに、彼女はチェーンソーを持つ男の霊に笑いかけた。

「それにしても危なっかしいもん持っとるね~。何があったか知らんけど、とりあえずそれしまいん。何か悩みがあるならあたしが相談に乗ってあげるで」

 サンティは相手の気を刺激しないように極力気を付けながら話しかける。相手は仮にも人間だったのだから、いきなり暴力に訴える事はできない。これで霊の未練が晴れるのならそれに超した事はないのだ。男はチェーンソーを手に持ったまま、黙っていた。が、突如サンティに向かってそれを振り上げた。サンティの上着は破られ、同様の場所から鮮血が飛ぶ。




 男が振り上げたチェーンソーがサンティを切りつけ、彼女の鮮血が飛び散った。

「ちょっ…何するだ! そんなん向けられたら怪我するに決まっとるら!」

 はだけそうになった服を腕で押さえ、男に向かって叫ぶ。対して男の方は、歯を見せて嗤っていた。

「お前、俺が見えるんだなあ? まあいい、威勢のいい女は嫌いじゃない」

 彼の持つチェーンソーが、一層嬉しそうに唸った。サンティは奥歯をかみしめ、男を睨みつける。どうやら話合う気は毛頭無いらしい。

「なるほどね。そっちがその気なら…あたしも容赦せんで覚悟しりん!」

 言うやいなや、サンティの口が耳の辺りまで裂け、その口からは鋭い牙が覗いた。衣服は体から生えた白銀の毛並みと同化し、全身が毛で覆われる。手や足からは、鋭い爪が現れた。サンティはあっという間に狼の姿に変身したのだ。同時に、先ほど男につけられた傷も跡形も無く消える。狼となった彼女の鋭い瞳が、まっすぐに男の霊を捉えた。男は最初こそたじろいだものの、すぐにあの不気味な笑みに戻って得物を振り上げる。サンティは腕を敵の武器に向かって振る。鋭い爪と悪意のこもった刃が激突し、甲高い音が響く。急に動きを止められたチェーンが軋み、ちぎれる。そして金属音が響くと、チェーンソーの刀身は割れた。破片はあらぬ方へ飛び、男はあっという間に蒼白な顔になる。サンティは刃の折れた男のチェーンソーを左腕でなぎ払うと、無防備となった男に突っ込んで左腕に食らいついた。実体を持たぬはずの体から腕がちぎれ、そのまま霧散する。腕を失った男は、怯えた目で真っ白い狼を見る。それは尾を立てて敵意の眼差しを向けるのみ。

「い、嫌だ! 消えたくない!」

 男は腰を抜かしてしりもちをつき、泣き叫んだ。狼となったサンティは、先ほどの女声とは似ても似つかぬ低い声で唸る。

「ようやく分かったか? 今まであんたはこういう事しとっただに」

 そういわれ、男は大粒の涙を流してむせび始めた。

「能力のねえクズは、死んだって代わりはいる――そうやって、ひょうひょうと生きてきた人間が、許せなかった。能力がないからって、俺はいつも死と隣り合わせの現場で働かされていた。あいつらにとって、俺の命なんかどうなっても良かったんだ。俺みたいに能力がないと思われた人間を、気に掛ける奴なんかいない……そう思ったら、腹が立ってきたんだ……」

 男はあぐらをかいた姿勢でうつむき、涙を流した。サンティは人間の姿に戻ると、男に近付いてかがみ込む。

「あんたを愛してくれた人間はおるよ」

「嘘だ! 大体、見ず知らずのお前に何が分かる!」

 男は、強く叫んだ。一般の人間には聞こえない声が、寝静まった町にこだまする。そんな彼に、サンティは優しく笑いかけた。

「誰からも愛されんかったら、死んだその日まで生きようなんて思わんら?」

 男は弾かれたように顔を上げた。その脳裏に浮かんだのが一体誰なのか、サンティは知り得ない。けれど、彼を気に掛けてくれた存在がいる事は間違いないようだった。

「そんな人が、あんたの行動を知ったらどう思うかね。自分の事を思ってくれる人間を、悲しませちゃいかんよ」

 震える肩を、サンティは優しく叩く。男はサンティを見つめたまま、ボロボロと涙をこぼし続けた。

「俺…俺…」

「大丈夫。自分のやった事がどんな事か分かっていれば、“次”までに罪は償えるで」

 言葉を受け、男の泣く声は今までよりもいっそう響いた。彼の体は徐々に薄くなり、昇天して消えてしまった。サンティはしばらく、彼の消えた空を眺めていた。



 翌朝、サンティは依頼主の元へと訪れていた。心配そうに事の成り行きを尋ねる彼らに、サンティは明るく笑う。

「もう大丈夫だと思うに。恨みが消えて、去っていったで」

 また何かあったら呼びんよ、と言って報酬を受け取る。去り際、彼女はドアに手を掛けて立ち止まり、後ろを振り返った。

「そうそう、今から言う事をできるだけ広く伝えてくれん? 『命を粗末にすると、今回みたいに祟られるよ』ってね」

 冗談っぽく笑ってそう言い残すと、驚く彼らをよそにサンティは部屋から出て行った。

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