1話 魔法使い・ジン
人々が行き交う石造りの街並みの上を、風を切って飛ぶ者があった。先の尖った平たい道具に乗り、若い青年が翼もなく飛んでいく。これはこの世界ではそう珍しい事ではない。青年の乗るこの道具は“魔導機”と呼ばれ、その名の通り魔法と機械を組み合わせた道具の一種である。魔導機は一般市民も容易に手に入れる事ができ、生活の一部として親しまれていた。もっとも、彼の扱うこの“蒼斬”という魔導機は、彼専用に改造されてはいるのだが。
しばらく飛んでいくと、前方にぼうっと光るドーム状のバリアが見えた。
――あれか。
青年はすぐさまそう確信した。あの場所が、依頼の目的地だと。
時は数刻前にさかのぼる。
数々の依頼を受ける秘密会社、デザーテッドカンパニーに、客が訪れていた。依頼主はアルガス国にある街、オーンの役人だ。それに受け答えしているのは、見た目弱冠15歳程度の少年。彼こそが、このデザーテッドカンパニーを取りまとめるマスターである。彼らがしばらく依頼内容について話していると、部屋に一人の青年が入ってきた。
「お呼びでしょうか、マスター」
「おお、来たかの。紹介しよう。こちらが今回依頼を遂行する、ジンじゃ」
マスターは先ほど部屋に入ってきた青年をオーンの役人達に紹介する。その姿を見、役人達の間にどよめきが起こった。それもそのはず、ジンと呼ばれた青年は18歳。体格はいい方だが、それでも華奢という印象を捨てきれない。今回の任務を遂行できるかどうか、疑惑を持ってしまうのも無理はなかった。
「本当にこの者に任せてよいのですか? どう見ても子供ですが…」
役人の一人が、不平を隠さずに言い放つ。それを見かねて、マスターが笑った。
「なに、心配することはないわ。ジンは我が組織内で若年者ではあるが、1、2を争うほどの実力者じゃ。よって、この依頼も無事遂行できるであろう」
愉快そうに笑うマスターの後ろで、ジンは恐縮ですと頭を下げた。彼の謙遜と礼儀正しい態度に、いったんは役人も引き下がった。
「さて、改めて依頼内容の説明といこうかの」
マスターの言葉をきっかけに、役人の一人が説明を始めた。
「我々の街オーンでは、魔物の驚異に対する対策として、機械によるシステム開発が試行中です。兵器ロボットを中央の管理システムで制御していたのですが、先日その管理システムが暴走を起こし、一般市民にも被害が及びそうになっているのです。今のところは対機械性のバリアでしのいでいるのですが…。長くは持ちそうにないのです。お願いします、管理システムを破壊してください。そうすれば、兵器ロボットも止まるはずです」
ジンは大人しく話を聞いていた。しかし説明が終わると、不意に口を開いた。
「今回の依頼は管理システムの“修復”ではなく“破壊”でよろしいのですね?」
ジンの質問に、役人は頷く。彼の意図を読み取ったようだ。
「はい。暴走の原因は分かっているのですが、肝心の管理システムには近づけなくて…。兵器ロボットが動かないように破壊してくだされば、修復はいつでも可能です」
「承知致しました。では、アルガス国オーンの街にて、管理システムを破壊してきます。」
ジンは軽く頭を下げると、後ろの扉から出て行くのではなく、2階にあるこの部屋の窓を開け放った。何事かと役人達が見ていると、ジンは背負っていた魔導機――蒼斬を床に置き、それに乗って空へと飛んでいった。
眼前にバリアに包まれた街が見えた時、ジンはその街へ降り立った。そこだけ見放されたかのように人が見当たらない。しんと静まりかえった街を歩く。その異変に気付いたのか、殺意無き者達がジンに向かって襲いかかってきた。慌てることなく、ジンは腰の刀を抜き放ち、武装したロボットを斬っていく。その間になにやらつぶやくように口を動かすと、ロボット達の足下から雷がわき上がった。強力な電圧に、ロボット達はバタバタと崩れ落ちていく。
そうこうしながら、管理システムのある街の中心部を目指す。中心に近付くにつれ、警備をするロボット達の数も増えてきている。あまりの多さに、息をつく暇すらないが、むしろその状況がジンの集中力を続けさせた。
ふと、逃げ遅れたのか一人の少女が戸惑って右往左往しているのが目に入った。そして、彼女を標的にしているロボットが、今にも襲おうとしている。間に合わない――そう直感し、ジンは背中に担いだ蒼斬を少女とロボットの間に投げ込む。先の尖った魔導機は地面に刺さると、すさまじい音を立ててロボットの攻撃を受け止めた。その刹那、ジンは雷を発生させてロボットの動きを完全に停止させた。近くにこちらを狙うロボがいないのを確認し、ジンは少女に駆け寄った。少女は怪我を負ってはいないようだ。周囲に注意を払いながら、少女を見下ろす。
「大丈夫か? 危ないから家に入ってろ。」
そう言うと、少女はジンの後ろの方を指さした。どうやら、彼女の家らしい。ジンは攻撃を受けて形が大幅に歪んでしまった蒼斬を担ぎ直し、少女を抱えて一気に跳躍。彼女が指さしていた家へ送り届け、すぐさま扉を閉めた。その間に、既に敵は迫っていたのだ。バリアの張られた家内までは入る事はできないから、完全にジン一人が狙われている。そんな危機的状況にも関わらず、ジンは不意に口の端をニヤリとあげた。こうなる事を予測していた彼は、既に魔法の詠唱を完了していたのだ。ロボット達の周りに強力な電磁場が現れたかと思うと、それらは一気に動作を停止した。ちらりと歪んだ自分の魔導機を見やる。蒼斬が壊れたのは今更仕方がない。そう考え直し、ジンは急いで駆けだした。
ようやく、街の中心にどっかりと腰を下ろした管理システムを見つけた。簡易な屋根で風雨をしのいでおり、今だ機械がむき出しになっている。ジンはおもむろに近付いた。すると、システムを守っているらしい見えない壁にはじき飛ばされてしまった。
「へっ、やってくれるじゃねえか」
どこか楽しそうに、ジンは笑った。異常事態に、兵器ロボットが集まってくる。ジンはすぐさま体勢を立て直し、ロボット達を睨み返した。右腰からもう一本の刀を抜いて二刀流の構えをとる。二本の刀に、魔力をまとわせ始め――
勝負は一瞬でついた。魔法の刃が両翼のように、集まってきたロボットを一刀両断したのだ。バラバラになった残骸が、ごろごろと転がる。ほぼ無防備になった管理システムに向かって、不敵な笑みを浮かべる。ジンは呪文を唱えながら、刀を鞘に収めた。直後、管理システムの足下から巨大な拳が出現し、宙に向かって殴りあげた。兵器を統御していた機械は、見えなくなるほど高く放り上げられ、地面に叩きつけられて見るも無惨な姿になってしまった。
「やべっ、ちょっとやり過ぎたか…?」
そう心配するジンをよそに、いつの間にか来ていたらしい役人が、賞賛の言葉を浴びせに来た。
「いや~、素晴らしいです、ジン君。さすが、組織が太鼓判を押すだけありますなあ!」
わいわいと集まって褒め称える彼らの姿が、ジンには滑稽に思えた。最初は疑っておきながら、任務を遂行したら態度をコロッと変えるのだから。それでもきっちり報酬をもらうと、歓喜に浮かれた人々の前から、ジンは突如姿をかき消した。