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ボーイ・ミーツ・ガールと異世界転生

10メートルはゆうにある巨体。黒い腰巻をした、頭に短い一本角、顔に大きな一つ目の、鈍い黄金色の肌をした鬼みたいなのが草原に悠々と立ちはだかっていた。大きな手には、巨大な棍棒が握られている。 

俺やアリーチェさんを包む光の球体は、森を出てすぐの所で止まっていた。鬼と俺達との距離は20メートルあるかないか。すぐ気づかれるだろこれ⁉

巨大な鬼はこちらに……、あれ? 向かってこない。鬼の目線は下に向いており、何やら地面とにらめっこしている? いや! 違う‼ 鬼の足元には‼

褐色のローブをまとった小柄な人間がいた。フードを頭まで被っており、顔は見えないが、巨大な鬼を見上げている。

おいおい⁉ やばいって‼ 

「アリーチェさん‼」

俺が慌てて声をかけると、アリーチェさんは、ただ真っ直ぐにその様子を見守っていた。「あの子は……」とぽつり呟くアリーチェさんに俺は声を張り上げる。

「何してるんですか‼ 助けないと―」

「彼女なら……、大丈夫ですよ」 

「なっ⁉ 何言ってるんですか‼」

 怒気を含んだ俺の言葉を無視し、アリーチェさんはただ見守る。その瞳はどこか寂し気で。俺は視線を急いで鬼に戻す。

鬼が巨大な棍棒を天高く掲げていた。

ローブをまとった人間はただその場に立ち尽くしている。

 あの人、殺される。

そう脳裏によぎったと同時に、俺の全身が震える。今まで浮かれていた自分がバカだった。異世界の非情な現実に、俺はただ、あそこにいる人と同じ、立ち尽くすことしかできないのか。

 鬼の持つ棍棒あたりから、何かが強くこ擦れる音がした。まるでバッドを強く握りしめるかのような。

「に、逃げろー‼」

 その音が聞こえたと同時に発した俺の叫びは、鬼の振り下ろす棍棒が奏でる轟音にかき消される。

 ローブの人間がサッと片手をあげた。

一瞬だった。

真っ赤な円柱が、突如、ローブの人間を真下から貫くかの如く湧き上がる。

 俺の頬に熱風が張り付く。

 炎柱。

 いや、

 豪炎の柱。

「グオオオオオオオオ‼」

鼓膜を破るような、鬼の悲痛な叫び声。

巨大な棍棒は消え去っていた。それを握りしめていた片手も一緒に。

 豪炎がしだいに収まっていく。そこにいたのは、紅蓮の長い髪をした少女。熱風にあおられ派手に揺れる髪は、怒りに燃えている様に見えた。彼女は鋭い眼つきで鬼を睨んでいる。

 今度は、彼女が、細く白い片手を天高く掲げる。

鬼は苦悶と怒りが交ざり合った顔付きで、襲いかかる。

突如、今度は鬼の真下から豪炎の柱が吹き上がる。紅蓮の炎に閉じ込められた鬼。炎が消え去ると、そこには何もなかった。地面は山焼きの様に漆黒に染めあげられていた。再び感じた強い熱風の中に、微かに異臭を感じた。

紅蓮の髪の少女は、手で軽くローブをはたきながら、黒く焼け焦げている地面を見つめている。先ほどの鋭い眼つきとは打って変わって、どこか悲し気で寂し気な瞳の色をしている。

すると、彼女は急に視線をあっちへこっちへと上空に漂わす。

やっ、やばい⁉ ばれる⁉

だが、彼女はこちらに気付かない様子。少し肩をすくめたように見えた。そして、何やら口を動かし何かを呟く。すると、彼女の周り全体が明るい光に包まれ、地面から少し離れて浮きだす。そのままゆっくり上昇し、そして、どこかを目指し飛び去ってしまった。

俺はただ茫然と飛び去る彼女を見つめていた。

「大丈夫ですか」

ハッとして、その声の主に振り向く。

アリーチェさんは、心配そうに見つめる。俺は、一呼吸置き、口を開く。

「彼女は一体……」

 アリーチェさんは一呼吸置いてから、ゆっくり告げる。

「勇者の1人です」

「なっ⁉ ゆ、勇者⁉」

あの紅蓮色の髪の少女が⁉ 小柄で中学生のような子が⁉ 嘘だろ⁉ いやでも巨大な鬼を一瞬にして葬り去ったあの豪炎。納得できないことはない。いやむしろ勇者に相応しい力だよな。

俺は焼け焦げた地面を見つめ、体がまた震える。あまりに強大な勇者の力に。

そして、ふとある事を思い出し、俺はもう一度恐る恐る確認する。

「あ、あの、アリーチェさん」

「はい?」

「俺が転生した後って、な、何をするんでしたっけ?」

「勇者一行のご指導とご鞭撻ですね。……あっ、だ、大丈夫ですよ村上様‼ 今のは悪い魔物だったので、力を振るっていたわけで‼」

 アリーチェさんが何かまずい事に気付いたかのような慌てて弁明をする。だが俺は言わねばならない。

「転生は、その無しで……お願いします」

「えええええ⁉ 困ります‼ 転生してください‼」

「いやいやいや⁉ こんなのみたら一気に気持ち変わりますから‼ 俺に勇者のご指導とご鞭撻は荷が重すぎますって‼」

「そこは、特別に村上様には絶大な力を授けますので!」

「えっ? そ、そうなの?」

 俺のちょっとした心の隙にアリーチェさんが食いつく。

「そうなんです! さっきみたいなキングオーガも倒せる力なんですよ!」

「おおっ……!」

「しかも勇者一行でさえ持ってない力です!」

「おおおおっ……!」

「勇者一行にはきっと尊敬される力ですね~、素敵な講師、って慕ってくれますよ。あっ、あと勇者はみんな、さっきの子と同じ可愛いい女の子達ばかりですよ~」

「おおおおおっ!」

確かに、あの少女、可愛らしかったような。しかも勇者達はそんな子ばかり……。

「転生しま…… あっ、あぶねえ⁉ やっぱ俺には無理ですよ‼」

豪炎の火柱が頭をよぎり踏みとどまった。アリーチェさんは縋るように話す。

「ちゃんと力を授けますので~‼ そ、それに勇者ご一行はうら若き乙女ですよ‼ サア、テンセイ、テンセイスルヨ」

「急に胡散臭く⁉ あなたほんとに女神⁉ いや俺には無理ですって‼ 俺の他に変わりはいくらでも、適任者はいるでしょ‼ あっ」

俺はふいにでたその言葉に、ある疑問が浮かんだ。そもそも、アリーチェさんに、勇者のご指導とご鞭撻をお願いされた時、なぜ真っ先にそれに気付かなかったんだろう。俺は落ち込んでいるアリーチェさんに、その疑問を口にする。

「何で……、俺じゃないとダメなんですか?」

「えっ?」

「その……、俺の住んでた世界も含めて、108つの世界が存在するんですよね? そのなかで俺が選ばれるのって何か不思議で。いやまあ、色々とタイミングとかあるとは思うんですけど。それでも……、何で俺なんですか?」

するとアリーチェさんのしょんぼりした表情が、真剣なものになっていく。

「村上様」

「は、はい」

 俺は息を飲む。アリーチェさんの小さな口がそっと開いた。

 ビイー‼‼ ビイー‼‼ ビイイイー‼‼

「「いひゃあああ⁉」」

 豪快な警報音。俺とアリーチェさんは同時に驚いた。するとアリーチェさんは、手にしていた杖を少し上に掲げる。すると警報音が鳴りやみ、

「アリーチェ! 今どこにいるの‼」

 凛とした良くとおる声。アリーチェさんはあたふたしながら話す。

「す、すみませんアリアさん! いま異世界に少しお邪魔していまして‼」

 アリアさん? ……あっ、確か、先輩女神の。

 先輩女神ことアリアさんの怒気を孕んだ声が響く。

「あなたまだ転生作業が完了していないのに何やってるの‼」

「てっ、転生者候補にですね! 色々と異世界についてご説明していました‼ あと、心にまだ迷いがあるのでその説得を今しておりまして‼」

「あなたが選んだ超凡人の子? もう……、私はその子は辞めておきなさいって言ったでしょ! 異世界や勇者に怖気ついちゃったってとこでしょ。まったく、屈強な人達から選んだ方が良いわよ、ってせっかくアドバイスしたのに」

「す、すみません……」

 申し訳なくしているアリーチェさん。そして俺はアリアさんに軽くバッシングされて傷つく。だって女神様に言われていますからね……。 

「もし転生が無理だったら、次は自分1人で転生作業しなさいよ。私もう手伝わないから」

「そんな⁉」

「いやなら何としてでも転生させなさい‼ それから他の仕事が山積み‼ だから後10分で説得と転生を、そこで完了させること‼」

「ええええ⁉ そんなの無理ですよ⁉」

「泣き言は聞きたくないわ。強制送還(時限あり)発動! じゃあね、頑張りなさい♡」

「アリアさーーーーーーーん⁉」

 アリーチェさんの悲痛な叫びがこだました後、アナウンスみたいな音が辺りに響く。

『強制送還(時限あり)が発動されました。アリーチェ様、村上様、今から10分後に天界へ強制送還さます。繰り返します、強制送還(時限あり)が発動されました。今から10分後に天界へ強制送還さます』

 俺とアリーチェさんの体が水色の光を帯びる。

「うそ⁉ どっ、どうしよう⁉」

 あたふたしているアリーチェさん。

 なるほど、この水色の光が発動している証拠なのか。まあ俺はこのまま10分すぎるのを待っていれば……。

「む、村上様‼」

「はい⁉」

 わなわなと震えているアリーチェさん。

すんなり無事に10分すぎなさそうな予感。そして突如怒涛の勢いでアリーチェさんが詰め寄ってくる。

「お、お願いです‼ 転生してください‼ 無理は無しです‼」

「もはや説得じゃねえ⁉」

「そうじゃないと、また新たな転生者を選ぶのに色々と手続きがいるんですよ⁉ それに手間もかかるし⁉ 私1人でやらないとだめなんですよ‼」

「転生しなきゃならん理由はそれかよ⁉ 俺じゃなくて誰でも良かったじゃん⁉」

「……、そうでは……、ないです」

「へぇ?」

 アリーチェさんのすがるような態度は一変し、真面目な声音で俺に告げた。水晶のように純粋な瞳で、アリーチェさんは俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に俺は釘付けになる。アリーチェさんは俺に改まって、ゆっくりと話しだした。

「ほんとは私、屈強な人達のなかから、転生者を選ぼうと思っていたんです。その方達は天賦の才を持ち合せていて、特別な力を持っていて、生存時は名をはせた者ばかりで」

 俺はそれを聞いて、思わず口にせずにはいられなかった。

「じゃあ、何で俺なんかを……。アリアさんも言ってましたけど、俺は、超凡人なのに……」

 自分でアリアさんが言っていた事を復唱し切なかった。

するとアリーチェさんは優しい声音で、小さな口を動かしこう告げた。

「ほんと、不思議ですよね」

「えええ……」

 俺が悲しくぼやいた、その時だった。

「超凡人ってところが、良いなって思ったんです」

「へっ?」

「だめ、ですかね」

 少し照れながら笑い告白するアリーチェさんに、俺は気持ちがどきどきする。アリーチェさんは微笑みながら話の続きをする。

「転生者を誰にしようか悩んでいた時、何気なく見ていた地球という世界で、後輩を、火に包まれた秦野様を、全力で追いかけて、全力で助ける人間を見ちゃったんです。自分の命をなげうってまで。天賦の才や特別な力を持っていないそんな『超凡人』さんにですね、良いなあ、って思っちゃったんです」

じんわりと何か全身が温かく満たされた気分だ。ずるいようにも感じる、でもそんな事言われると、転生するのも悪くないという気持ちも……、いやでも……、あっ! そういや!

「あっ、あの!」

「はい?」

「その、秦野はあっちの世界ではどうなったんですか?」

 するとアリーチェさんはにこっと笑い、手を軽くかざし映像を浮かび上がらせる。そこには、俺が生きていた時に働いていた会社が写っていた。そして、オフィス内に切り替わり、窓際のデスクには、元気に働いている秦野の姿があった。

 ほっと安心した。

良かった、無事で。

ふと、ある事に気付いた。

あれ? 秦野の奴なんで部長席に?

俺が怪訝な顔をしていると、アリーチェさんが声をかける。

「秦野様、今じゃ部長なんですよ」

「えっ⁉ そうなの⁉ いやでも俺が死んでそんなすぐに―」

「村上様が亡くなられて10年の歳月がながれています。千堂様は地方に転勤になっていますよ」

「じゅ、10年……」

 俺が天界で目覚めた時、そんなに経ってたのか。もう俺の事なんか頭の片隅にないような感じだな。あんなにはつらつと明るく働いてるとこみると。過ぎ去ってしまった時間に、何だか寂しさを感じる。

「秦野様、売り上げすごく優秀なんですよ」

「えっ……?」

アリーチェさんの言葉にしばし考えた後、ふつふつと怒りが湧いてくる。あっ! あいつ‼ まだお客に必要のない高額な保険プランを売りつけて―

 突然、映像が秦野のデスクに置いてある書類を映し出す。そこにはいろんな保険プランの規格書があった。各年代、職業などを考慮したもので、何十種類も置いてある。さらに、映像は社内の掲示板を映し出した。ある中高年女性向けの保険プランが、顧客満足度1位と表彰されている。そして、企画者の名前が、秦野、と書いてあった。

「こ、これって……」

「村上様が亡くなられたから、秦野様は今までの仕事のやり方を変えていったんです。まるで、村上様の顧客重視のやり方をなぞるように」

「あいつ……」

 そして、映像はまた秦野を映し出す。満面の笑顔で生き生きと仕事していやがる。

 たく……、俺が生きている時にその姿を見せてほしかったっつうの。でも……ほんと良かった。

「村上様、この異世界で、勇者ご一行のご指導ご鞭撻のために、転生して頂けないでしょうか。その、秦野様よりも手を焼く子達なのですけど」

 苦笑するアリーチェさん。

勇者達の、ご指導ご鞭撻か……。

「勇者って、何人いるんですか」

 俺は自然とそんなことを口にしていた。アリーチェさんは微笑み、落ち着きながら応える。

「4人です」

「4人、ですか」

「ええ。それぞれが大きな力を持っている子達です。この異世界の平和のため、今も力を振るってくれています。でも、彼女達はその大きな力を持つがゆえに悩み苦しんでいます。そして、勇者としてのあり方に答えを見いだせないまま、それぞれが力任せに、戦い続けているんです」

 俺は先ほどの紅蓮の髪の少女を思う。

そして、まだ見ぬ少女達のことを思う。

大きな力を持つ彼女達。

大きな力に悩み苦しむ彼女達。

勇者としてのあり方に、答えを見いだせない彼女達。

答えを見いだせないまま、力任せに戦い続ける彼女達。

俺は……。

それが悪い事だ、と否定はしない。

でも、

紅蓮髪の少女が一瞬見せた、あの悲し気で寂し気な瞳の色。

「俺は、彼女達の力になれますか」

 俺の問いかけに、アリーチェさんは真っ直ぐ力強く応えてた。

「もちろんです」

 俺はその言葉を、胸にそっと大切にしまう。そして、次に言う事はもう決まっていた。

「転生よろしくお願いします」

 アリーチェさんの瞳が見開き、満面の笑みを俺におくってくれる。また女神に萌えてしまいそうだ。

ビイー‼‼ ビイー‼‼ ビイイイー‼‼

「「いひゃあああ⁉」」

 またもの警報音に2人して驚く。

『強制送還まで残り1分です。繰り返します。強制送還まで残り1分です』

「「ええええええ⁉」」

アリーチェさんと俺の全身が水色に強く光輝く。

や、やばい⁉ 時間が⁉ 俺、転生できんの⁉

「村上様‼ 転生いきます‼」

「はい⁉」

アリーチェさんが何やら早口で詠唱を始めると、俺の周りを包んでいる水色の光が、金色に変わる。俺を取り囲んでいる光の球体の光度が増していく。すると一瞬、だけど閃光のように、球体が眩しい光を放った。

「転生完了‼ 村上様、今生き返りました‼」

「うそ⁉」

「あと特別な力を授けました‼」

「まじで⁉ いやちょっと⁉ どう使うの⁉」

「チュートリアル付けて置きましたから‼」

「めっちゃ簡略的⁉ いや見方わからんし⁉」

「転送作業に移ります‼」

「無視⁉ あと転送ってなに⁉」

 アリーチェさんがそういうと、杖の先についている白い球体が輝きをます。

『強制送還まで残り10秒です。繰り返します。強制送還まで残り10秒です』

 割り込んでくるアナウンス。

 転送がなんのことか言ってる場合じゃない⁉ 間に合うのか⁉

「村上様‼」

「はい⁉」

「彼女達をよろしくお願いします‼」

 その言葉に、俺は全力で応える。

「任せてください‼」

 アリーチェさんは嬉しそうに一瞬笑う。そして「転送魔法、準備完了」と小さく呟いたあと、大きく叫んだ。 

「バシルーラ‼」

「それ転送魔法じゃなくないですかああああ⁉ ぎゃあああああああああああ⁉」

俺は強い光に包まれながら、紅蓮色の髪の少女が飛び去った方向に高速でぶっ飛んでいったのだった。


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