色とりどりの異世界
女神ことアリーチェさんからのお願い事に、俺は大いに混乱していた。ただでさえ、死んでしまって天界という未知の場所にいるっていうのに。
異世界に転生?
そして、
勇者ご一行の、ご指導ご鞭撻⁉
「む、村上様! だ、だめでしょうか⁉」
「えっ⁉ ええっ⁉」
アリーチェさんは俺の方に詰め寄ってきた。
金色の髪がふわっと俺の頬に触れる。そのすぐ後に可憐な甘い香りが追いかけてくる。透きとおるような白い肌に、頬はほんのり上気し、期待するような眼差しを向けられる。
俺は身動きが取れなかった。アリーチェさんの体に触れるか触れないかのぎりぎりのライン、特にふくよかな膨らみとか。
近い! 近すぎる‼
「ア、アリーチェさん!」
「はい!」
「そ、その、きょ、距離が! 近いといいますか、もう少し、離れて頂くと、あ、ありがたいんですが……!」
「えっ? ……あっわわ⁉」
アリーチェさんは慌てた様子で2、3歩後ろに下がってくれた。白い肌がリンゴのように赤く染まっている。
男心に何かとても大きな損失をした気分だが、これで良かった……、良かったはずだよね? 俺は大きく深呼吸する。
ふうぅー。……良し。
ほんと、俺は何回女神に心を奪われているんだろう……。『女神萌え』というものに目覚めそうだった。いや、今はそれは置いておいてだな……。
俺は落ち着いて声をかける。
「アリーチェさん」
「はっ、はい!」
「その、お願いごとなんですが、異世界に転生? 勇者の……、ご指導ご鞭撻? っていうのは一体どういう……」
「あっ! す、すみません! いきなりそんなこと言われても分らないですよね! えっと、そのこの世には村上様が住んでいる世界の他に、107つの世界が存在していまして。村上様の世界を合わせて108つですね。そしてその各々の世界には村上様がいた世界のように、多様な生物が暮らし、生態系が育まれ、文明も発展しております。その内の1つの異世界に転生して頂きたいのです。そこには、魔物や、魔族と人族、魔法と言った、村上様がいた世界では存在しないものがありまして……、む、村上様?」
俺はアリーチェさんの呼びかけにハッとする。
「あっ! いやちょっと頭の整理がお、追い付かなくて」
108つの世界?
魔物?
魔族と人族?
そして、ま、魔法?
いったい何がなんやら。どう受け止めていいか戸惑うばかりだった。分からない、ほんとこの世は分からないことだらけ。そんなことしか頭に思い浮かばない。
「村上様」
「は、はい!」
アリーチェさんの落ち着いた声音に反応する。
「えっと、今から村上様が住んでいた世界とは違う、異なる世界。異世界をお見せします。口で説明するよりもその方が分かりやすいですよね」
そ、そんな事ができるの?
と思ったときだった。アリーチェさんは右手を前に出し、何やら短く呟いた。すると突然右手が光を帯びたかと思うと、手品のように黄金色の杖を出現させた。2メートルぐらいあるのではなかろうか。アリーチェさんは、まるで重さを感じないかの様に片手ですっと上へ掲げる。杖の先にはサファイア色の三日月みたいなオブジェ、三日月の欠けた間に、真珠のような乳白色の球体がある。
アリーチェさんの体が明るい光を帯びていく。あまりの綺麗さ。神秘的というのがしっくりくる。やっとアリーチェさんのことを女神の様に思えた。
「では村上様、ご覧ください」
杖の先の白い球体が強い光を発したかと思うと、俺とアリーチェさんがいる周りに突如、多くの鮮明な映像が現れた。まるで万華鏡のように俺とアリーチェさんを取り囲む。
SF映画に出てくるような宇宙船が渡り鳥の様に空一面を航行している映像。
恐竜みたいな生物が二足歩行して人間みたいに街で暮らしている映像。
建物の間をホウキに乗った人間が魔女のように飛び交っている映像等々……。
いろんな映画の予告を一気に映したかのようだった。
俺は360度に広がる多くの異世界の映像達に圧倒され続けた。
「これって……本当にある世界?」
「もちろんですよ」
「えっ⁉」
慌ててアリーチェさんの方に向く。
「異世界をご覧になってどうですか?」
優しい声音で尋ねられた。俺は少し逡巡してから、ほがらかに答えた。
「すごいです。見ていて、わくわくしています。……もう33歳といい年なんですけどね」
自嘲気味に笑うと、アリーチェさんが微笑む。
「村上様には、107の異世界の内、こちらの異世界に、転生して頂きたいのです」
そう言い終えると、アリーチェさんは杖を軽く振る。
宙に浮いている多くの映像のうち、ある一つの映像が、俺のそばまでやってきた。