勇者ご一行のご指導ご鞭撻をよろしくお願いします!
「村上様……、改めて先ほどは取り乱してしまい、すみませんでした……」
平常心を取り戻した女神こと、名前はアリーチェさんが、俯き加減で俺に申し訳なく告げた。
俺は慌てて言葉を返す。
「い、いやまあアリーチェさんも色々と大変だったわけですし。そ、それに俺! 女神様とお話ができて光栄というか。あと、とても親しみやすくて、良い人だなあと」
「ほ、ほんとですか」
俺は力強く満面の笑顔で頷く。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
アリーチェさんは、小さく首を傾け嬉しそうに微笑む。金色の髪が微かに揺れ、どこか少女のような愛らしさがある笑顔を向けられ、俺の心臓が高鳴る。
い、いかん! 恋に落ちてしまいそう! 禁断の恋ってやつに!
俺は意識をそらすため、アリーチェさんが話してくれたことをもう一度慌てて確認する。
「そ、そのアリーチェさん。今俺のいる場所は、天界という所なんですよね」
「ええ、そうですね」
アリーチェさんは穏やかに平然と告げる。
天界、死んだ人間がまず行き着く場所。
建物も、人も、何もない、一面真っ白な明るい光を発している世界。
そこから、善良な人間は天国へ行き、次の新たな命へ生まれ変わる。
犯罪持ちの悪い人間は地獄という場所に連れて行かれ、厳しい刑罰を受けるのだという。
自分が生きていた時に知っていたことが、実際には本当だったんだなあ、としみじみ思う。そして、『生きていた時』、という違和感に今も慣れずにいる。
俺はもう、死んでるんだよな。
自分の手を見つめ、グー、パーと動かしてみる。生きていた時と同じ感覚、なんとも不思議な気分だった。
「大丈夫ですか?」
「はっ、はい!」
思わず慌てた声がでた。アリーチェさんに視線を向けると、不安げな表情だ。
「すぐに現状を受け入れられないですよね……。この場所が天界であるとか、村上様が死んでしまった事とか……」
「あっいや! まあ……、確かにまだ素直に受け入れられてない部分も、ありますかね。その生きてた時と同じ感覚がありますから」
俺は片手を軽く上げ、さっきと同じように自分の手をグー、パーと動かし、おどけた顔をする。それを見たアリーチェさんは少し微笑みながら、小さな口を動かす。
「本来であれば、村上様は光の球体、つまり魂のみの形で天界にくるのですが、その……」
言葉につまるアリーチェさんを見て俺は言葉を挟む。
「俺に話したいことがあるって言ってましたもんね。それで生きてた頃の肉体があったほうが、俺自身が何かと安心するんじゃないかって。ほんと助かります。もし光の球体だったら、そんな自分を受け入れるのに時間がかかったと思いますから。それに今こうしてアリーチェさんとスムーズに会話できていないですよきっと。球体だと口とか耳がないですもんね」
俺はそう言って両手でそれぞれの耳の端をつまみ上げ、口角を思いっきり上げニヤッと笑う。へんてこ宇宙人みたいな表情を作ると、「プフッ」と小さな笑い声が俺の耳に届く。楽しそうに笑うアリーチェさん。うん、良いもんだな、笑顔ってやつは。しかも超美人の女神様ならなおさらだ。
ふと、俺の視線に気づいたのか、アリーチェさんは、少し顔を下にふせどこか恥ずかしそうな素振りを見せる。
いや、ちょっと可愛すぎ……、ちょいちょい女子力が高いですよアリーチェさん。
「村上様を選んで良かったです」
「へっ? な、なんです?」
ほわっとした気分でアリーチェさんを見つめていたら聞き逃してしまった。
「コホン」と小さい音を発し、アリーチェさんは声と表情を整えた。そして俺の目を見つめる。
「村上様」
俺の背筋が自然と真っ直ぐに伸びる。
「あなたにお願いがあるのです」
「お、お願い?」
「はい」
水晶のように純粋で真っ直ぐな瞳に釘付けになる。息を飲む。オーケストラの演奏が始まるときのような、静かで、でも、大きな躍動が今かと待ち受けている感覚。そして、女神こと、アリーチェさんは、息を吸い込み、俺にこう告げたのだ。
「異世界に転生して、勇者ご一行のご指導ご鞭撻をよろしくお願いします!」
……3・2・1
「どういうことだあああああああー⁉」
脳内のスリーカウントをえて、俺は天界に、まるでトランペットのような大きな叫び声を響き渡らせるのであった。