どうも初めまして女神様
む……、……ま。
むら……、さま。
むらかみ、さま。
……誰かが、俺を呼んでいる?
「んん……」
まるで朝の寝起きの様に、ぼんやりした意識でゆっくりと瞼をひらく。
目の前には……、見覚えのない美女の顔があった。
超美人、近い、あっ、何か甘い、バニラ? の様な良い香りがする。
俺がぼんやりとその端正な顔付きを見つめていると、スッと彼女の顔がはなれた。そして鈴の音の様なきれいな声が、俺の耳に届く。
「良かった。お目覚めになられて」
その女性は肩までかかった金色の髪を少し揺らし、ふわっと微笑んだ。
俺の頬に彼女の手が優しく触れる。ほんのり温かくて、絹の様な肌触り。
今まで生きてきて最高の目覚めだった。こりゃあ夢の様。ふうぅー。(健全なただの吐息)。
ブワッサ。
ん?
急に場違いな音が耳に飛び込んでくる。
何か、鳥が羽ばたく様な……。
そう思ったとき、彼女の可愛い顔越しに、大きな羽が見えた。2対の純白の羽がゆっくりと上下に動いている。
ゆらゆらっと、俺の前髪がそよ風になびき、ほんのり甘い香りが漂う。
ああ、なるほど。この甘い香りは、彼女がさっきから羽を動かして風を送ってくれているからかぁ~。あと俺今きづいたけどさ、その、膝枕、してもらってるよね?
俺は仰向けに寝そべっていて、頭は彼女のやわらかな膝の上。嬉しそうに微笑みながら、なおも純白の立派な羽、いや翼で優しく扇いでくれる。
なにこの最高のシチュエーション。まるで南国バカンス、いや! 天国見たいじゃんここ‼ 天国最高‼
気持ちが一気に盛り上がる。そして下の息子も一気に盛り上がり……、いや、ちょっと待て。……天国みたい?
あほな事を考えてた頭が、急に真面目に今の状況を分析しだした。
Q:あなたにこんな美人の彼女はいますか? そもそも彼女がいた事がありますか?
A:今も、昔も、いません。
Q:あなたに美人の女性の知り合いがいますか?
A:今も、昔もいません。
Q:あなたに優しい女性がいるとお思いですか?
A:今も、昔も、いません。未来もいないかも……。
残酷な自問自答に死にそうだった。
ん? 死にそう……だと?
目が見開き視界が広がる。あたりは、少しだけ眩しさを感じる真っ白な世界。
記憶の波が押し寄せる。
眩しい光。
車のヘッドライト。
激しい体の激痛。
そして、
後輩の、悲痛な表情。
「秦野‼」
「きゃっ⁉」
俺は一気に体を起こす。座ったまま上半身をせわしなく左右に向け辺りを見渡す。一面真っ白な、明るい光を発している世界。建物も、人も、そして秦野もいない。俺の知らない世界が広がっていた。
俺は自分の体に目をやる。スーツを着ている。レフ版をあてられているかのように紺のスーツは僅かな光沢を放っている。自分の体をせわしなくペタペタと両手で触った。
俺は確か車に跳ねられて、それで意識がなくなって! あれ? どこも怪我をしてない? スーツも全然キレイだし。いったい何がどうなってんだ?
「あっ、あの」
後ろから聞こえた声にビクッとする。ゆっくり体をそちらへ振りむかせる。
さっきまで浮かべていた微笑みは薄れ、心配そうな表情を浮かべている彼女を見つめる。乳白色のまるで大理石のような美しい肌、そして整った目鼻立ち。そして優しい光沢を放つ純白の、ウエディングドレス? みたいなのを身に着けている。両肩は開けており、白い肌にかかる金色の髪がとても綺麗で映える。そして、豊かな胸の膨らみ。
目が離せん。って……違う! 一番注目すべき所はそこじゃない!
彼女の後ろ、まるで、背中から生えてるような、純白の立派な翼に目を向ける。今も穏やかに揺れ動いている。俺は……、ばかげていると頭のなかで思っていても口にせずにはいられなかった。
「て、天使、ですか?」
俺の伺う言葉に、彼女は目を丸くする。どこかキョトンとした顔。
可愛い……。いやそうじゃなくてだな!
俺が内心焦っていると、彼女は急に「プフッ」と小さく笑った。なぜ⁉ やっぱ間違っていたか⁉ そうだよな! 普通初対面の女性に、天使ですか? って聞かんし! いやでもこの今居る場所とか、彼女のその翼みたいなのを見ると、この質問はおかしくないというか。ああもう! あ、頭がこんがらって、きたああああああああ‼
目薬を差した織田裕二ばりの、きたああああを心の中で叫んでいると、朗らかな声が耳に入る。
「急に笑ってすみません。えっと、私天使じゃないんです」
「そ、そうですよね! いや~、いきなり天使だなんて言ってすみま―」
「その女神なんです」
すこし気まずそうに彼女はそう口にした。
えっ……? なっ、なんだと?
俺は優しく微笑む彼女、いや女神を見つめる。……なるほど、天使と勘違いしてた俺を笑ったのか。ははは、そういう事か、納得納得♪ 俺ってばドジなんだから♪ 女神ね、女神。めが……み。
「めがみイイイイイイイイイ⁉」
「いひゃあ⁉」
俺の叫び声に女神が驚き後ろに下がる。カッと見開かれた俺の瞳を、女神が怯えているかのように少し肩を震わせながら、早口で話す。
「ご、ごめんなさい! 女神になったばかりなのに調子に乗るなよ、ってことですよね⁉ そうなんです! 私天使歴が長くて、やっと女神になれてすごく嬉しくって! で、でもちゃんと立派な女神として振る舞わなきゃって、村上様には凛とした姿勢で臨んでいたのですけど! やっぱり、浮いた気持ちがでちゃってたんですよね⁉ ううぅ、ごめんなさい! こんなんじゃ先輩女神のアリアさんに笑われる⁉ はっ! もしかしたら厳しいお叱りを受けるのでは⁉ そ、そんな威張るつもりじゃなかったんですぅうう‼ 私は女神としてしっかりお勤めしたい一心でー‼」
「いやいやいや⁉ 女神さん⁉ 女神様落ち着いてー⁉ そうじゃないから! 全然そんな威張ってるとか微塵も思ってないから‼ そもそもそんな事情知らないですから‼ 俺が言いたいのは、そう言う事じゃないんですー‼」
申し訳ないオーラー全開、そしてうるうるした瞳に、今にも泣きだしそうな超美人の女神様。聞きたい事は山ほどあるのだが……。
今はそんな場合じゃない‼
俺はしばらくの間、この女神と名乗る、女性を慰めるため、全力でフォローするのであった……。
俺いったい、これからどうなるんだろう……。